星乃 砂

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【岐路】

 [5/19 恋物語
 [5/26 降り止まない雨
 [5/27 月に願いを
 [5/28 天国と地獄
 [5/30 ごめんね
 [6/5 狭い部屋
 [6/7 最悪
           続編

登場人物
 鬼龍院 加寿磨
   (きりゅういん かずま)
   ユカリ (母)
    加寿豊(かずとよ 父)
 犬飼 藤吉 
    (いぬかい とうきち)
    宗介   (そうすけ)
    親兵衛  (しんべい)

「ここは鬼龍院さんの病室ですか?」
「はい、どちら様ですか?」
「君が、加寿磨君ですか?」
「はい、そうですけど、あなたは」
「私は、犬飼藤吉といいます。そこで寝ているユカリの父です」

「それはつまり、僕のお爺さんという事ですか?」
「そうです」
「どうして、ここが分かったのですか?」
「それは、話すと長くなるので、ユカリが目を覚まして落ち着いたらゆっくり話そう。それと、入院費はワシの方で払うから心配しなくていい」
母は2日後に退院して、お爺さんと3人でアパートに戻った。
「こんな所に住んでいるのか」
「会社が倒産したので...それより、どうしてここが分かったのですか?」
「あの日、お前と加寿豊君が出て行って直ぐに、引き戻そうとして居場所を探そうとしたが、なんの手がかりもなく諦めるしたなかった」

お爺さんの話をまとめると...
父(加寿豊)は鬼龍院家を勘当され放浪の末、母の居る町へたどり着き、お爺さんの会社で働き出した。
母には兄が3人いたが、次男は母が幼い頃、川で溺れている母を助けようとして、代わりに溺れて亡くなっていた。
母が学校を卒業すると、兄達とお爺さんの会社で働く事になった。
そして、父と出会ったそうだ。
ふたりは少しずつ気持ちを確かめあっていった。
だが、母には許婚がいた。
相手は、お爺さんの会社で若手有望株の青年だ。
そんな訳でふたりは駆け落ちをするしかなかった。
行方知れずのまま時は流れ5年後、お爺さんの知り合いが偶然に母を見かけ、お爺さんに知らせ。
お爺さんは直ぐに会いに行ったのだが、幸せそうな母を見て、幸せならばと、声を掛けずに帰った。
その後も何度か様子を見に来ていたそうだ。
最近では、足腰が衰えてきたので、知り合いに頼んでたまに様子を見に行ってもらってたそうだ。
そして最近、家が売りに出されている事を知り、興信所に頼み居所を探してもらったそうだ。

「ユカリ、帰っておいで、加寿磨君にとってもその方がいい」
「帰ってもいいのですか?」
「当たり前だ、お前の家だ」
「ありがとう、お父さん。私、帰ります」
「母さんも喜ぶよ」
「お母さんも元気なんですか?」
「それが、最近では寝込む事が多くなってるんだ。ユカリの顔を見れば元気もでるだろう」
「そうだったんですか。兄達はどうしているのですか?」
「その話しは帰ってからにしよう。母さんが心配するから、ワシは先に帰って待ってるよ」
そう言うと父は部屋を出て行った。

1週間後、不安を抱えたまま僕を連れ、20数年ぶりに実家の敷居をまたいだ。
「お母さん、只今帰りました。そして息子の加寿磨です」
「お婆さん、初めまして加寿磨です」
「おかえり、ユカリ。元気そうでよかったわ。加寿磨さん、初めまして、歩ける様になって本当によかったわ」
「お母さん、兄達はどうしているのですか?」
「それは、ワシから話そう」
「お父さん、聞かせて下さい」
「もう10年になるかな、宗介は仕事中の事故で亡くなった。残された親兵衛は、ワシの後を継いでくれたが、不況の波が襲ってきた。何とか会社を立て直そうとしたが落ち込む一方で、ノイローゼになったあげく先月...自殺した」
「そんなことって、私は何も知らなかった、知ろうともしなかった、何もしてあげられなかった」
「ユカリが責任を感じることはないのよ」
「今からでも、私に出来ることはないのでしょうか?」
「ありがとう、そう言ってくれるとワシも話しがしやすい」
「あなた、帰ってきたばかりですよ、まだいいじゃありませか?」
「こうゆう話は早い方がいい」
「お父さん、何の事ですか?」
「さっきも言ったが、会社はもう自力では立ち直れないところまできている。だが、有難いことに合併話しが持ち上がった」
「それなら、倒産はないんですね」
「ただ、先方はとんでもない条件を出してきた。単に合併するのではなく、合併をより強固なものにする為にユカリとの結婚を条件としてきたのだ」
「えっ、私とですか?どうして私なんですか?」
「相手はユカリの知っている人物だ」
「まさか、私の許婚だった..」
「彼ではない、彼はすでに結婚して子供もいる。今は我が社の社長代理をしている」
「じゃあ、誰なんですか?」
「会えば分かるさ、悪い奴じゃない」
「もしかして、私を呼び戻したのはその為なんですか?」
「そう取ってくれてもかまわん」
僕は背筋がぞっと凍り付いた。なんて親だ、会社の為に母を利用するなんて。
「3ヶ月、それが限度だ」
「ユカリ、イヤなら断っていいのよ」
「お前は黙っていなさい」
母は大変な岐路に立たされた。

           つづく

6/9/2024, 6:21:15 AM