星乃 砂

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6/11/2024, 7:20:40 AM

【やりたいこと】

 [5/19 恋物語
 [5/26 降り止まない雨
 [5/27 月に願いを
 [5/28 天国と地獄
 [5/30 ごめんね
 [6/5 狭い部屋
 [6/7 最悪
 [6/9 岐路
 [6/10 朝日の温もり
           続編

登場人物

 金城小夜子
     (きんじょうさよこ)
    玲央     (れお)
    真央     (まお)
 若宮園子 (わかみやそのこ)
   大吉    (だいきち)
 椎名友子  (しいなともこ)


若宮サイクルの仕事にもだいぶ慣れてきて、顔馴染みのお客さんもできてきた。
「おはよう、サヨちゃん」
「おはようございます、源三さん今日は、どうされましたか?」
「昨日一杯飲んだ帰りにフラついて土手から落ちちまってよ、ハンドルが横向いちまったんだ」
「あー、これは軸が曲がっちゃってますね。とりあえず調整しておきますけど、運転しにくかったら交換しますのでまた来て下さい」
「わかった」
「今回は調整だけなのでお金は結構です」
「良いのかい、後で親っさんに怒られないかい?」
「大丈夫です、今は居ませんから」
「ありがとう、またな」
話しを聞いていた園子が奥から出てきた。
「サヨは商売に、向いてるかもね。今みたいなサービスが次に繋がるんだよ」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」
「ところで、もうすぐクリスマスだけど、何か欲しい物ないのかい?」
「私は、なにもいりません。でも弟と妹には普通のクリスマスをしてあげたい」
「サヨだってまだ子供なんだから何でもひとりでやろうとしないで周りを頼りなさいよ」
「園子さんには沢山助けて頂いてます、私が頑張らなくては申し訳ありません」
「ほら、それよ。もっと肩の力抜いてリラックスよ」
「はい」
「それと、イブの夜にサヨの家でパーティしたいんだけど、どうかな?」
「私の家でですか?」
「アタシ達、子供がいないからイブに旦那とふたりじゃ、罰ゲームだからさ、仲間に入れてもらおうと思ってさ」
「わかりました、狭いですけどお待ちしてます」
 ーーそしてイブの夜ーー
「メリークリスマス、玲央君真央ちゃん、プレゼントだよ」
大吉と園子はふたりに自転車をプレゼントした。
「「ありがとう」」
「園子さん、ありがとうございます」
「いいんだよ、お客さんが買い替えで置いていったのをメンテナンスしたやつだから、気にしないでおくれ、それと、ケーキと、チキンの丸焼きだよ。みんなで食べよう」
弟達は大喜びでイブを楽しんだ。
そして、あっという間に正月がきた。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。園子さん」
「おめでとう。こちらこそよろしくね、サヨ」
新年の挨拶を交わし、勝負の年が始まった。玲央と真央は小学一年生に。そして、小夜子は中学を卒業して、弟達のためにも就職しなければならない。
「サヨは、高校には行かないのかい?」
「はい、就職します」
「そうかい、で、当てはあるのかい?」
「いいえ、これから探します」
「どんな仕事がやりたいんだい」
小夜子は思いを園子にぶつけてみた。
「私、自転車屋の仕事がしたいです」
「嬉しいこと言ってくれるね。でもうちではバイトを雇うのが精一杯で社員を雇う余裕はないのよ」
「そうですよね。大丈夫なんとかほかを探します」
「そこでなんだが、ちょっとアンタ」
園子に呼ばれて大吉が出てきた。
「田中の野郎がよ...」
「今度サヨの家の近くにサイクルショップ田中の2号店を出すんだって、それでね」
「田中の野郎がよ...」
「2号店の店長を探してるのよ、それでね」
「田中の野郎がよ...」
「誰かいないかって聞かれたのよ、それでね」
「田中の野郎によ...」
「サヨの事を話したのよ、そしたらね」
「田中の野郎がよ...」
「会って話しがしたいって言うんで」
「田中の野郎がよ...」
「もうすぐ来るって」
「私が店長ですか?」
その時ちょうど田中が店に入ってきた。
「アケオマコトヨロ」
「こちらこそ、田中さん。この子が金城小夜子ちゃんです」
「君が小夜子君か、修理の腕前がいいそうだな」
「私なんか、まだまだです」
「そこで、ワシが持ってきた自転車を修理してみてくれ」
外にはボロボロの自転車が置いてあった。
「これを修理するのですか?」
「やってみてくれ」
小夜子は自転車を丁寧に観察して考えていた。
「どうした、直せないのかな?」
「この自転車を治すにはいくつかの部品を交換しなくてはなりません。修理費も高額になります。でしたら、その修理費に少し足してこちらの自転車はいかがでしょうか」
「うん、なるほど商売上手だな。
店長の素質がありそうだ」
「よかったねサヨ」
「ただし、条件がある」
「条件ですか」
「店長となると、中卒では困る。従業員も付いてこないだろう」
小夜子は思った、やっぱり中卒では就職は無理なんだろうか。
「そこで、君には2号店で働きながら、夜学に通ってもらう。学費の半分はこちらで出そう。しっかりメカの勉強をしてくれ。そして、卒業したら2号店は君に任せよう」
「本当ですか、学費も半分出して頂けるのですか?」
「未来投資だよ」
「ありがとうございます」
「よかったねサヨ」
「はい」
こうして、小夜子の未来は大きく開けていった。

           つづく

6/9/2024, 11:31:57 PM

【朝日の温もり】

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 [5/30 ごめんね
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 [6/7 最悪
 [6/9 岐路
           続編

登場人物
 鬼龍院加寿磨
    (きりゅういんかずま)
   ユカリ (母)
    加寿豊(かずとよ 父)
 犬飼藤吉
     (いぬかいとうきち)
   宗介    (そうすけ)
   親兵衛   (しんべい)
 倉橋智樹 (くらはしともき)
 相沢恵子 (あいざわけいこ)


母は実家に戻ってから5日後の日曜日に、相手の男性と会うことになった。
僕は春から高校に通えるように手配してくれるそうだ。
「母さんどうするつもりなの?」
僕は率直に聞いてみた。
「母さんは今でもお父さんの事が好きよ。でも、相手の人と結婚しなければ、会社の人達がみんな職を失ってしまうわ」
確かにその通りだ。母さんの気持ち次第で、数十人の社員・数百人の家族が路頭に迷うことになる。
「でも、母さんが犠牲になることはないよ」
「ありがとう加寿磨さん」
次の日、母と家の周りを見て周ることにした。ここには駄菓子屋があったとか、この橋は人ひとり通るのがやっとだったなど教えてくれた。だいぶ変わってしまった街並みを見て、時の流れを実感しているようだ。
僕が通う高校にも行ってみた。
そこは、母も通っていた学校だった。
「懐かしいわ、あの古い校舎で母さんたちは勉強してたのよ」
すると、
「犬塚、犬塚じゃないか?」と声をかけられた。
「えっ?」
「俺だよ俺、倉橋智樹だよ」
「あの、泣き虫だった倉橋君」
「そうだよ、懐かしいな、いつ帰って来たんだ」
「一昨日着いたの、紹介するはひとり息子の加寿磨よ」
「初めまして鬼龍院加寿磨です」
「初めまして、僕はお母さんとこの高校で一緒だった倉橋です。よろしく」
「倉橋君とは、小学校から一緒だったのよ」
「いつまで、居られるんだ?」
「ううん、実家に帰って来たの」
「そうなんだ、今晩空いてる?みんな集めるから一緒に飲もう」
「うん、ありがとう。倉橋君はどうしてここにいるの?」
「俺、この高校で先生してるんだ」
「そうなの、4月から加寿磨が通うのでよろしくね」
「そうか、改めてよろしくな」
その夜、ユカリは地元の友達と思い出話に花を咲かせた」
平日ということもあって、早めのお開きとなった。
「ユカリ、私の家でもう少し話せる?あんた、なんか隠してるでしょ」
そう言ってきたのは親友の恵子だった。
「やっぱり恵子には分かっちゃったか」
「当たり前でしょ」
こうしてユカリは、全てを打ち明けた。
「なるほどね、苦労してきたんだね。そしてまた、一苦労か。私に出来る事ならなんでも協力するから、遠慮なく言いなさいよ」
「ありがとう、私ひとりで心細かったの」
「あんたはひとりじゃない、私や仲間がいるんだから、もっと頼りなさい」
ふたりの話しは尽きる事なく朝まで続いた。
ユカリは親友と共に朝日を見ながら暖かい温もりに包まれていた。

           つづく

6/9/2024, 6:21:15 AM

【岐路】

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 [5/28 天国と地獄
 [5/30 ごめんね
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           続編

登場人物
 鬼龍院 加寿磨
   (きりゅういん かずま)
   ユカリ (母)
    加寿豊(かずとよ 父)
 犬飼 藤吉 
    (いぬかい とうきち)
    宗介   (そうすけ)
    親兵衛  (しんべい)

「ここは鬼龍院さんの病室ですか?」
「はい、どちら様ですか?」
「君が、加寿磨君ですか?」
「はい、そうですけど、あなたは」
「私は、犬飼藤吉といいます。そこで寝ているユカリの父です」

「それはつまり、僕のお爺さんという事ですか?」
「そうです」
「どうして、ここが分かったのですか?」
「それは、話すと長くなるので、ユカリが目を覚まして落ち着いたらゆっくり話そう。それと、入院費はワシの方で払うから心配しなくていい」
母は2日後に退院して、お爺さんと3人でアパートに戻った。
「こんな所に住んでいるのか」
「会社が倒産したので...それより、どうしてここが分かったのですか?」
「あの日、お前と加寿豊君が出て行って直ぐに、引き戻そうとして居場所を探そうとしたが、なんの手がかりもなく諦めるしたなかった」

お爺さんの話をまとめると...
父(加寿豊)は鬼龍院家を勘当され放浪の末、母の居る町へたどり着き、お爺さんの会社で働き出した。
母には兄が3人いたが、次男は母が幼い頃、川で溺れている母を助けようとして、代わりに溺れて亡くなっていた。
母が学校を卒業すると、兄達とお爺さんの会社で働く事になった。
そして、父と出会ったそうだ。
ふたりは少しずつ気持ちを確かめあっていった。
だが、母には許婚がいた。
相手は、お爺さんの会社で若手有望株の青年だ。
そんな訳でふたりは駆け落ちをするしかなかった。
行方知れずのまま時は流れ5年後、お爺さんの知り合いが偶然に母を見かけ、お爺さんに知らせ。
お爺さんは直ぐに会いに行ったのだが、幸せそうな母を見て、幸せならばと、声を掛けずに帰った。
その後も何度か様子を見に来ていたそうだ。
最近では、足腰が衰えてきたので、知り合いに頼んでたまに様子を見に行ってもらってたそうだ。
そして最近、家が売りに出されている事を知り、興信所に頼み居所を探してもらったそうだ。

「ユカリ、帰っておいで、加寿磨君にとってもその方がいい」
「帰ってもいいのですか?」
「当たり前だ、お前の家だ」
「ありがとう、お父さん。私、帰ります」
「母さんも喜ぶよ」
「お母さんも元気なんですか?」
「それが、最近では寝込む事が多くなってるんだ。ユカリの顔を見れば元気もでるだろう」
「そうだったんですか。兄達はどうしているのですか?」
「その話しは帰ってからにしよう。母さんが心配するから、ワシは先に帰って待ってるよ」
そう言うと父は部屋を出て行った。

1週間後、不安を抱えたまま僕を連れ、20数年ぶりに実家の敷居をまたいだ。
「お母さん、只今帰りました。そして息子の加寿磨です」
「お婆さん、初めまして加寿磨です」
「おかえり、ユカリ。元気そうでよかったわ。加寿磨さん、初めまして、歩ける様になって本当によかったわ」
「お母さん、兄達はどうしているのですか?」
「それは、ワシから話そう」
「お父さん、聞かせて下さい」
「もう10年になるかな、宗介は仕事中の事故で亡くなった。残された親兵衛は、ワシの後を継いでくれたが、不況の波が襲ってきた。何とか会社を立て直そうとしたが落ち込む一方で、ノイローゼになったあげく先月...自殺した」
「そんなことって、私は何も知らなかった、知ろうともしなかった、何もしてあげられなかった」
「ユカリが責任を感じることはないのよ」
「今からでも、私に出来ることはないのでしょうか?」
「ありがとう、そう言ってくれるとワシも話しがしやすい」
「あなた、帰ってきたばかりですよ、まだいいじゃありませか?」
「こうゆう話は早い方がいい」
「お父さん、何の事ですか?」
「さっきも言ったが、会社はもう自力では立ち直れないところまできている。だが、有難いことに合併話しが持ち上がった」
「それなら、倒産はないんですね」
「ただ、先方はとんでもない条件を出してきた。単に合併するのではなく、合併をより強固なものにする為にユカリとの結婚を条件としてきたのだ」
「えっ、私とですか?どうして私なんですか?」
「相手はユカリの知っている人物だ」
「まさか、私の許婚だった..」
「彼ではない、彼はすでに結婚して子供もいる。今は我が社の社長代理をしている」
「じゃあ、誰なんですか?」
「会えば分かるさ、悪い奴じゃない」
「もしかして、私を呼び戻したのはその為なんですか?」
「そう取ってくれてもかまわん」
僕は背筋がぞっと凍り付いた。なんて親だ、会社の為に母を利用するなんて。
「3ヶ月、それが限度だ」
「ユカリ、イヤなら断っていいのよ」
「お前は黙っていなさい」
母は大変な岐路に立たされた。

           つづく

6/8/2024, 10:17:19 AM

【世界の終わりに君と】

【あの頃の私へ】

 [5/3 優しくしないで
 [5/5 耳をすませば
 [5/25 あの頃の私へ
 [6/2 梅雨
            続編

登場人物
 琴美
 葵
 昴
 響

 〈お泊り合宿  その2〉

「ゴメーン遅くなった」店の扉を開け響が入って来た。
「わー、響すっかり都会人だね」
「流石、医者の卵だな」
「よしてくれよ、俺は何も変わらないさ。それより、何の話をしてたんだい」
「幼稚園のお泊り合宿の話」
「あー、あの伝説の話。俺が転校する前の事だな。俺にも聞かせて」
「う〜ん、次はどんな話しがいいかな?」
「虫取り」
「あー、そうだね。あれも面白かったよね。」
「面白くないよ、最悪だったよ」
「へー、どんな話しなの?」
「あれはねー...」

  ーー再び16年前ーー

今日は葵の家にお泊りです。
天気がいいので、3人で虫取りに行くことになった。
葵の家から10分程歩いた所に、小さな山があり、そこにはカブトムシやクワガタにセミがいるので、子供たちの人気スポットになっていた。
「ボク、虫はあんまり好きじゃないかも」
「アタシ セミは気持ち悪いから嫌い、コトちゃんは?」
「大好き」
と言ってニヤッと笑う琴美を見て、ふたりは、背筋がゾ〜ッとした。
「あそこにいる」
虫を探し出してすぐに、琴美が木の上にいるカブトムシを見つけ
た。
「あっ、本当だ。でもこのアミで届くかなぁ」
葵は手を伸ばしたが、届きそうもない。
「ボクが木に登ってみるよ」
昴が木に登り出した時、琴美が木を思いっきり蹴った。
ドガーン、木は大きく揺れて昴が木から落ちた。オマケに毛虫が昴の上に落ちてきた。
「ギェ〜‼️ 何するんだよ琴美ちゃん?」
「こうすれば、虫が落ちてくるから」
「ボクも落ちたじゃないか。それに毛虫まで」
「カブトムシは落ちなかったな」
琴美は悪びれもせず、今度は自分で木に登り出した。
「葵、アミ貸して」
葵からアミをもらい、カブトムシではなく別な物を取ろうとしているようだ。
「昴、これあげる」
そう言って昴にアミを渡した。
「何これ?」
「ハチの巣」
「「え〜ハチの巣〜」」
ブーンブーン。どこからかハチが向かってきた。
「逃げろー」
3人は全力で駆け出した。
「昴、池に行って」琴美が叫んだ。
「わかった」
「ねぇコトちゃん、どうして池なの?アタシたちは行かなくていいの?」
「昴から離れれば、ハチは追ってこない」
「え〜〜、昴くんハチの巣を捨ててー」
昴はハチの巣を草むらに放り投げた。その時運悪く足を滑らせて池に落ちてしまった。
「昴くん大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ、酷いよ琴美ちゃん。ボクもうお家帰る」
その時、葵のお母さんが迎えにきた。
「みんな、そろそろ帰ってご飯よ。今日はハンバーグよ...??
昴くんどうしたの。びしょ濡れじゃないの、お風呂先にしましょうね」

   ーーー現 在ーーー
「はははっ、そんな事があったんだ。さすが、琴美だな」
「昔の事よ」
「そのコトちゃんが今は、薬剤師になろうとしてるんだものね。不思議よね」
「俺はあの時思ったんだ
“世界の終わりに琴美とだけは絶対に居たくない”ってな」

6/7/2024, 9:49:14 AM

【最悪】

 [5/19 恋物語
 [5/26 降り止まない雨
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 [5/30 ごめんね
 [6/5 狭い部屋
           続編

登場人物
 鬼龍院 加寿磨
   (きりゅういん かずま)
     ユカリ (母)
 犬飼 藤吉 
    (いぬかい とうきち)

「母さん、着きましたよ」
「これからここに住むのですか?」
それは2K(6畳と3畳にキッチン)のアパートだった。

こうして、母さんとふたりの生活が始まった。
「加寿磨さん、母さんが働くからあなたは心配しなくて大丈夫ですからね」
「いいえ、僕も働います」
「そう言ってくれるのは嬉しいですけど、あなたはまだ子供なのですから、心配しなくていいのですよ」
「僕と同じ年で頑張っている子がいるのです。僕も頑張らなければ彼女に会う資格がなくなってしまいます」
「小夜子さんの事ですね。私も気に病んでいます」
「でも今は、ボクたちだけの事を考えましょう。これからの事だけを」

そして母さんは就職活動を始めたが、僕を産んでから15年間仕事らしき事はしてこなかったブランクと就職難という事もあり、なかなか決まらなかった。
僕の方も散々なものであった。学校にも行かず、松葉杖を突いている子供など、相手にもしてくれない。
事情を説明して同情はしてくれても、そこまでだ。
世の中そんなに甘くない。
母は事務の正社員を希望していたが、事務経験のない中途採用の道はなかった。
なんとか、食堂の仕事が決まったのは、引っ越してからひと月が経ってからだった。
1日3時間 週4日のパートでは親子ふたりはとても食べていけない。
母は他の仕事を探しながらパートを続けていたが、貯金を食いつぶしての生活が長く続くはずもない。
母はやむを得ず夜にスナックの仕事もする様になった。
僕は何も出来ずにいた。
「加寿磨さんは、リハビリに専念していればいいのですよ」
そう言ってくれる母が、日に日に痩せていくのを黙って見ているしかない自分が、情け無くて仕方なかった。
何か無いのか、こんな僕にも出来る事が、なにか。
それでも、時間だけは過ぎていく。
そして、
母さんが倒れた。

   最悪だ。

スナックの仕事で飲めない酒を飲んで、体を壊したのだ。
僕は病室のベッドて眠る母さんの側で泣いた。
何も出来無い自分が情け無くて、悔しくて涙が溢れてくる。
母さん、これからは僕が...その先の言葉が見つからない。

コンコン 誰かがドアをノックしたて入って来た。

「ここは鬼龍院さんの病室ですか?」
「はい、どちら様ですか?」
「君が、加寿磨君ですか?」
「はい、そうですけど、あなたは」
「私は、犬飼藤吉といいます。そこで寝ているユカリの父です」

           つづく

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