星乃 砂

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【最悪】

 [5/19 恋物語
 [5/26 降り止まない雨
 [5/27 月に願いを
 [5/28 天国と地獄
 [5/30 ごめんね
 [6/5 狭い部屋
           続編

登場人物
 鬼龍院 加寿磨
   (きりゅういん かずま)
     ユカリ (母)
 犬飼 藤吉 
    (いぬかい とうきち)

「母さん、着きましたよ」
「これからここに住むのですか?」
それは2K(6畳と3畳にキッチン)のアパートだった。

こうして、母さんとふたりの生活が始まった。
「加寿磨さん、母さんが働くからあなたは心配しなくて大丈夫ですからね」
「いいえ、僕も働います」
「そう言ってくれるのは嬉しいですけど、あなたはまだ子供なのですから、心配しなくていいのですよ」
「僕と同じ年で頑張っている子がいるのです。僕も頑張らなければ彼女に会う資格がなくなってしまいます」
「小夜子さんの事ですね。私も気に病んでいます」
「でも今は、ボクたちだけの事を考えましょう。これからの事だけを」

そして母さんは就職活動を始めたが、僕を産んでから15年間仕事らしき事はしてこなかったブランクと就職難という事もあり、なかなか決まらなかった。
僕の方も散々なものであった。学校にも行かず、松葉杖を突いている子供など、相手にもしてくれない。
事情を説明して同情はしてくれても、そこまでだ。
世の中そんなに甘くない。
母は事務の正社員を希望していたが、事務経験のない中途採用の道はなかった。
なんとか、食堂の仕事が決まったのは、引っ越してからひと月が経ってからだった。
1日3時間 週4日のパートでは親子ふたりはとても食べていけない。
母は他の仕事を探しながらパートを続けていたが、貯金を食いつぶしての生活が長く続くはずもない。
母はやむを得ず夜にスナックの仕事もする様になった。
僕は何も出来ずにいた。
「加寿磨さんは、リハビリに専念していればいいのですよ」
そう言ってくれる母が、日に日に痩せていくのを黙って見ているしかない自分が、情け無くて仕方なかった。
何か無いのか、こんな僕にも出来る事が、なにか。
それでも、時間だけは過ぎていく。
そして、
母さんが倒れた。

   最悪だ。

スナックの仕事で飲めない酒を飲んで、体を壊したのだ。
僕は病室のベッドて眠る母さんの側で泣いた。
何も出来無い自分が情け無くて、悔しくて涙が溢れてくる。
母さん、これからは僕が...その先の言葉が見つからない。

コンコン 誰かがドアをノックしたて入って来た。

「ここは鬼龍院さんの病室ですか?」
「はい、どちら様ですか?」
「君が、加寿磨君ですか?」
「はい、そうですけど、あなたは」
「私は、犬飼藤吉といいます。そこで寝ているユカリの父です」

           つづく

6/7/2024, 9:49:14 AM