星乃 砂

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6/1/2024, 4:10:02 AM

【無垢】

私の小さい頃の夢は、綺麗なお嫁さんになることでした。
偶然見かけたお嫁さんは真っ白な服を着て、すごく眩しく輝いて見えました。
いつかきっとあんなキレイな服を着て、お嫁さんになるんだ。
そんなありきたりな夢を描いた私は、結婚式場でウェディングプランナーをしている。
人の結婚に興味などない。
すべては、自分が結婚する為の予行練習だ。
ウェディングプランナーになって、1年。
何人もの花嫁さんを見てきたが、小さい時に見た花嫁さんほど綺麗な人はいなかった。
思い出は美化される。そんなところだろうか。
ウェディングドレスに身を纏い人生の主人公としてカレンに歩くその姿はとても綺麗に映る。
でも、私が憧れるお嫁さんはこれとは違う気がする。
今回私が担当する花嫁さんは、30歳を過ぎ、あまりパッとしない小柄な女性だ。
お相手の方もヒョロッとして、モヤシのような人でお似合いというか、似た者同士という感じだ。
「この度はおめでとう御座います私、お二人を担当させて頂きます進藤と申します」
「よろしくお願いします。僕は佐藤幸治で彼女が田中幸子です。あまりお金をかけずに挙式と披露宴をしたいのです」
「かしこまりました。御招待人数は何名様でしょうか」
「20人くらいです」
「かしこまりました。式は和風洋風どちらになさいますか?」
「和風でお願いします」
「お衣裳はレンタル衣裳でよろしいでしょうか?」
「いいえ、母から譲り受けた白無垢を着たいのです」今まで黙っていた彼女が話し出した。
「その白無垢は、祖母が結婚する時に曽祖母が縫い上げた物です。曽祖母は若い頃、呉服屋で働いていて、娘が結婚する時に着せようと、反物を安く譲ってもらったそうです。
その後、戦争が起き、空襲からも戦後の辛い中も、その反物だけは手放さなかったそうです。
そして娘(祖母)が結婚する時に花嫁衣裳を縫い上げ、袖に幸せの象徴のカスミソウの刺繍をしました。
ひと針ひと針、心を込めて丹念に仕上げられています。
私の母もその花嫁衣裳を着て式を挙げました。
だから私もその衣裳を着て式を挙げたいのです」
「幸子の気持ちはよく分かるよ、僕もお義母さんの式の写真を見たけど、単なる白い着物で...悪いけど白装束にしか見えなかったよ」
「私も最初はそう思ったの、でも手にした時、とても暖かい気持ちに包まれたの。お願いよ幸治さん、あの衣裳を着て式を挙げたいのよ」
「分かったよ、幸子がそこまで言うならそうしよう」

その後、何度か打ち合わせを行い式当日を迎えた。

花嫁の着付けをした係りを見つけたので様子を聞いてみた。
「最初に見た時は、少し黄ばみもあったので本当にこれを着るのかって思ったの。でも花嫁さんに着せてるうちに、私まで幸せな気持ちになってたのよ。
あの衣裳には作った人の心が籠っているんだね。
私もこの仕事は長いけど、こんな気持ちになったのは初めてだよ」

式が始まり花嫁が入って来た。
うっ、眩しい!
花嫁が真っ白に輝いて見える。
その衣裳は、私が子供の頃に見た花嫁衣裳だった。
彼女が言っていた気持ちがよく分かった。
私もこんな花嫁になりたい。

           おわり

5/31/2024, 11:22:27 AM

【終わりなき旅】

登場人物
 影丸(かげまる)
 楓(かえで)


「影丸、私を連れて逃げておくれ」
「お嬢様、そいつは出来やせん」
「このままだと、あの大店の金持ちで背は高く粋で誰からも慕われまるで非の打ち所がない前途有望で二枚目の若旦那と婚姻させられちまうんだよ。お前はそれでいいのかい」
「お嬢様、こんな良縁他にはありやせん。アッシの事は構わず幸せになっておくんなせい」
「意気地なし、薄情者、馬鹿、デブチビハゲ」
「お嬢様、お言葉を返すようですが、アッシは馬鹿ですがデブでもチビでもハゲでもありやせん」
「そんな細かいこと気にしないで、とっとと私をさらって逃げなさい」
「お嬢様、堪忍してくだせい」
「それなら、品川宿まで美味しい団子を食べに行くならいいでしょ」
「それならお供しやすが、本当にそれだけですよ」
「いいわよそれで」

こうして、影丸とお嬢様が品川宿で団子を食べていた頃。

「旦那様、お嬢様が何処にも見当たりません。それに、部屋に文がありました」
「何だと、その文を貸しなさい」
そこには、こう書かれていた。
「お父っぁんへ
私は影丸に拐われました。
助けに来て下さい」
「何と言う事だ。婚姻は明日だというのに。まだ遠くへは行っていないだろう。手分けして連れ戻して参れ」
「はい、必ず連れ戻して参ります」
「それにしても影丸の奴、恩を仇で返しよって。許さん。簀巻きにして、海に放り込んでやる」

「あー美味しかった。追手が来る前に先を急ぎましょう」
「追手って?帰るんじゃないんですかい」
「帰らないわよ。それより、捕まったら、お前殺されるよ。それでもいいのかい?」
「えっ、どう言う事でやんすか?」
「出て来る時に、お父っぁんに文を置いてきたのさ」
「どんな文ですかい」

〈お父っぁんへ
私は影丸に拐われました。
助けに来て下さい〉

「お嬢様、堪忍してくだせえ。そりゃあんまりじゃありやせんか。
アッシは何もしちゃいませんよ」
「だって、そうしないと私のせいにされるじゃない」
「お嬢様~~~」
「わかったでしょ、もう逃げるしか無いのよ」
影丸は仕方なくお嬢様に付いて行くしかなかった。
日暮れ前に川崎宿に着き、宿屋を探した。
「私綺麗な所じゃないと嫌よ」
「分かりやした。ここは、いかがですか」
「そこより、あっちの方がキレイじゃない?」
「お嬢様あそこはいけやせん。あそこは岡場所です。行ったら売られてしまいやす」
何とか宿屋を決め中へ入る。
「いらっしゃいませ。おふたり様ひと部屋でよろしいですか?」
「それで、結構よ」
「何を言ってるんですかいお嬢様、ふた部屋お願いしやす」
「影丸って随分贅沢なのね」
「お嬢様と同じ部屋に泊まったなんて旦那様に知れたらアッシは魚のエサにされやす」

食事を済ませると、歩き疲れたせいか、楓はすぐに寝てしまった。
一方、影丸は眠れるはずがない。
どうしたものかと考え込んでいると、人の気配を感じた。
すかさず布団から飛び出し陰に潜む。
天板が連れ、そこから影が降りてきた。
「何者だ?」
「さすが影丸だな。気配は完全に消していたのだがな」
「何用だ」
「オヌシ自分が何をしているのかわかっておるのか?」
「うっ...お嬢様を放っておく訳にはいかぬのだ」
「来るべき使命を何と思うておるのか?」
「分かっておる。お嬢様を家へ帰したら、無論、来るべき使命に備える」
「よかろう、2日待つ。それを過ぎても来るべき使命に備えていなければ、抜け忍とみなし追手を差し向ける。よいな」
「よかろう。ところでオヌシはひとりで来たのか?」
「いや、もうひとり見張りに付けている」
「見張り?そんなもの必要無かろうに」
「見張りを置くのは、忍びの基本だからな。では、御免」
フー大変な事になるところであった。明日にでも帰らねば。
その頃外の見張りは、気絶していた。
「おい、誰にやられたのだ?」
「分からぬ、気配すら感じぬまま...不覚であった」
その頃、楓は大の字で大イビキを掻き爆睡していた。

こうして影丸と楓の終わりなき旅が始まった。
          
          つづく?

5/30/2024, 10:38:19 AM

【ごめんね】

 [5/19 恋物語
 [5/26 降り止まない雨
 [5/27 月に願いを
 [5/28 天国と地獄
           続編

登場人物
 鬼龍院 加寿磨
 (きりゅういん かずま)
 金城 小夜子
 (きんじょう さよこ)
    玲央 (れお)
    真央 (まお)
 園子 (そのこ)
 椎名 友子(しいな ともこ)
  
「会社が倒産してしまったのよ」

父は社員100人程の会社を経営していた。社員の為に人力を尽くす人で、社員に慕われていた。
父が亡くなり母があとを継ぐには仕事の事を知らなすぎた為、創立当初から父と二人三脚で会社を支えてきた。常務が後任となった。
新社長の取り計らいで母は会長の座に着いた。反対する役員はひとりも居なかったらしい。父の人となりが伺える。
その会社が倒産してしまったのだ。
「加寿磨さん、ごめんなさい。この屋敷も手放す事になります」
ボクの地獄には底が無いのか。
返す言葉が見つからなかった。

その頃
♪ピピッ、ピピッ♪
小夜子は目覚ましを止め静かに起き上がった。まだ朝が明ける前である。
「お姉ちゃん、もう食べられないよ」玲央の寝言が聞こえる。
玲央、いっぱい食べさせてあげられなくてごめんね。
着替え終えると自転車に乗り30分の道のりを急ぐ。
母の実家へ越してきて住む所は心配無くなったが、働けるのが母だけでは、とても一家5人は養えない。
中学生ではアルバイトもままならない。
小夜子は高校生だと偽り新聞配達を初めた。
近くではバレる恐れがあるので、学区外でバイトしている。
配達を終え、帰りの途中でパンクをしてしまった。これでは帰れない。幸い今日は日曜日だ。近くの自転車屋さんで修理して帰るしかない。母に連絡を入れ、自転車屋さんが開くのを待った。
「おはようございます」
「おはよう。開くのを待ってたのかい、呼んでくれてよかったのに、パンクかい?」
「はい」
「どれどれ、あーこれはタイヤが裂けてるね。これは私じゃ無理だわ。今、父ちゃんが会合に行っていてまだ帰って来ないんだよ。悪いけど帰ってくるまで待っててくれるかい?」
「道具をお借り出来ませんか?自分で直します」
「大変な作業だよ。出来るのかい」
「はい、やった事ありますから。でも、今は、修理代を持っていなくて、後で必ず返しにきますからお願い出来ますか」
おばさんは小夜子をじっと見て。
「いいよ、あんたを信じるよ」
「ありがとうございます」
お礼を言い小夜子はタイヤを外しだした。
「あんた見かけない顔だけど、この辺の子じゃ無いのかい?」
「はい、隣り町に住んでます」
その後も作業をしながら、自分の置かれている状況を全て話した。
普段からそんな話しはしないのだが、この人は信じていい、この人なら私を助けてくれるかもしれない、そんな事さえ思えた。
「そうかい。まだ、中学生なのに大変な事だね」
テキパキと作業を進め修理が終わった。
「おや、もう終わったのかい。随分と早かったね」
「ありがとうございました。お金を取りに行ってきます」
「あんた、この後用事とかあるのかい?」
「いえ、ありませんけど」
「ひとつ、頼まれてくれないかい」
「なんでしょうか」
「実は私、これから出かけなくちゃならないんだけど、父ちゃんがまだ帰ってこないから困ってるのよ」
「はい」
「そこで、よかったら店番してもらえないかい」
「私がですか?」
「何人かパンク修理が来るくらいだから頼むよ。もちろんバイト代も払うし、今の修理代もタダでいいよ」
小夜子にとっては願っても無い事だ。
「分かりました。やってみます」
「私は園子。あんたは?」
「私は金城小夜子です。よろしくお願いします」
「父ちゃんにはメモを書いとくから、帰ってきたら見せとくれ」
昼近くになってご主人が帰ってきた。少し酔っているようだ。
「あんた誰だい?」
「私は金城小夜子といいます。おばさんから、お店番を頼まれました。これ、おばさんからの、メモです」
その時、丁度電話が掛かってきた。
「もしもし、あんた今帰ってきたのかい」
「田中の野郎がよ...」
「また呑んできたんだね」
「田中の野郎がよ...」
「そこにいる子にお昼食べさせてやってちょうだい。もうどこにも行かないんだろ?」
「田中の野郎がよ...」
「田中の野郎は、明日にしなさい」
「はい」
3時過ぎに、園子さんが帰ってきた。
「お疲れ様、ありがとう助かったよ」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
「これ持って行っとくれ」
園子はお惣菜を小夜子に渡した。「そんな、頂けません」
「もらってくれないと、内も困るんだよ。ふたりじゃ食べきれないからさ」
「ありがとうございます。弟と妹が喜びます」
「新聞配達の帰りは内に寄っとくれ。あんたの顔が見たいからさ」
「今度、内で作った野菜持って来ます」
「楽しみだね。ありがとうよ」
その後、園子の家に行く回数が増え、日曜日は園子の自転車屋を手伝うようになった。
「ただいま、今日もお惣菜もらってきたよ」
その時、電話が掛かってきた。
「友子、久しぶり。実はね...」
「小夜子、大変な事になったの」
「えっ」
「カズ君のお母さんの会社が倒産して、カズ君引っ越してどっか行っちゃった」

           つづく

5/29/2024, 10:27:36 AM

【半袖】

「おい春樹、今度の土曜予定あるか?無いよな、一緒に合コン行くぞ」
相変わらず秋満は強引な奴だ。
「それでよー、プレゼント交換やっから用意しておけよ。じゃあなー」
「おい、何だよそれ、おーい」
まいったな、今月は風邪でバイト休んじまったし、そんな余分な金無いよ。
金額は言ってなかったから、ドンキで安いの見つけよ。

そして土曜日
「「「かんぱ〜い」」」
合コンだって言うからどんだけ来るのかと思ったら2vs2かよ。
「じゃあ、まずは自己紹介から、
俺は秋満、こいつは春樹、高校からのダチ、よろしく」
「私は冬子、短大1年です」
「わ、わはひは......」
「ゴメンね、この子すごい人見知りなの、さっきまで帰る帰りたいって駄々こねてたのを無理やり引っ張ってきたの。名前は夏子、私たち幼稚園からの親友なの」
ずいぶんと対象的なふたりだな、他人から見たらオレたちもそんなもんかな。
合コンは和気あいあいと進み、最も話してたのは、秋満と冬子ばっかりで、オレと夏子はほとんど会話がないままお開きの時間になった。
「おっと、忘れるとこだった。最後にプレゼント交換をしよう。
はい、交換!」と言って秋満は冬子と交換しだした。仕方なくボクな夏子と交換をした。
「開けてひひ?」夏子が聞いてきたので「どうぞ」と言いボクも夏子からのプレゼントを開けた。
パワーストーンのブレスレットだ。これ、高かったんじゃないのかな。
夏子は袋を開け、目が点になり口を半開きのまま固まっていた。
そりゃそうだよな、ドンキで買った500円のTシャツそれもクマだからな、無理もない。
「あ、ありがとふ...」
完全に下を向いてしまった。
もう、会うこともないし、気にする事も無いな。
「じゃあ、これでお開き、俺は冬子ちゃん送って行くから、お前は夏子ちゃん送って行けよ」
「オレがかー!」参ったな。
ゆっくり振り返って見ると、彼女は硬直していた。
「じゃあ帰りますか、家はどこなんですか?」
「ここはら5つ先の駅れふ」
何だ、送ってほしいのか?(いえ結構です)って言うと思ったのにな。
彼女の家の最寄り駅に着いた。(ここまででいいですよ)と言われると思った。でも、まだ後ろを付いてくる。せめて前を歩いてくんないかな、道が分からないんだからさ。
「そこ右です」
「はいはい」10分ほど歩いてやっと着いた。
「ありがとふござひまひた」
「うん、じゃあな」
「あのー、ア、アドレフ教へてもらへまへんか?」
「ヘッ?」断るのも何だから教えあった。
「連絡ひまふ、おやふみなさひ」
変わった子だな。
数日して、メールが届いた。
「今度の日曜日会えませんか」
面倒くさいので無視した。
1週間後、またメールが届いた。
「今度の日曜日会えませんか」
またかよ。仕方ないので「用事があるので無理」とメールを返した。
1週間後、またメールが届いた。
「今度の日曜日会えませんか」
しつこいなコイツ!
「みんなで会うなら」と返した。
次の日、秋満から「日曜日、この間のメンバーで会うって?」
「なんで知ってるんだ?」
「冬子から聞いた。俺達あれから付き合ってるんだ。お前は夏子ちゃんと会って無いんだって?冬子が心配してたぜ」
「大きなお世話だ」
「夏子ちゃん人見知りが酷いけどいい子だって冬子が言ってたぜ。それに、化粧の仕方教えてほしいって、ガンバッテルらしいぜ」
化粧したって変わらないと思うけどな。まぁいいや一回くらい合ってやるか。

そして日曜日

「お待たせしました」
そこには、クマのTシャツを着たとびっきりの笑顔があった。

           おわり

5/28/2024, 9:16:01 AM

【天国と地獄】

 [5/19 恋物語
 [5/26 降り止まない雨
 [5/27 月に願いを
           続編

登場人物
 鬼龍院 加寿磨
 (きりゅういん かずま)
 金城 小夜子
 (きんじょう さよこ)
 椎名 友子
 (しいな ともこ)

「もしかして君は金城さんの引っ越し先を知っているかい?」
「知っているわ」
その時、雨が止み日が差してきた。
「お願いです。住所を教えて下さい」
「分かった。明日また、ここに来て」
「ありがとう。ところで、君の名前を教えてもらえますか」
「私は、椎名友子」

自宅に戻り、この数ヶ月の事を思い返す。長かった、辛かったでもやっとあの子の居場所が分かる。一度は諦めかけた。地獄の底に堕とされた。でも、一本の蜘蛛の糸が降りて来たのだ。ボクは必ずあの子の所まで登ってみせる。

次の日、ボクは約束の場所へ向かった。椎名さんはまだきていなかった。10分、20分たってもまだ来ない。昨日の事は夢だったのか?と思いかけた頃、椎名さんが現れた。
「こんにちは」ボクは挨拶をしたが、椎名さんはおじぎをするだけで、何だか浮かない顔をしている。
「どうかしましたか?」
「実は昨夜、小夜子に電話をしたんです。貴方が会いたがっている事を伝えました」
「小夜子さんは何と?」
「来てほしくないから、居場所は教えないで。と言われました」
「どうしてですか?」
「ごめんなさい、長い話しになるの、私、今日は塾で時間がないから、土曜日の午後まで待って下さい。もう一度、小夜子とも話してみますから」
‘プツ!’ 蜘蛛の糸が切れた。
再び、地獄へ真っ逆さまだ。
ボクは今までの事、あの子の手紙の事を思い起こしてみた。
あの子は、会って謝りたいと手紙に書いてあったのに、なぜ?
不安を取り除けないまま、土曜日の午後を迎えた。
「こんにちは、随分待たせてしまい、すいませんでした。小夜子の気持ちを話す前にカズ君は小夜子の事をどこまで知っているの?」
ボクは今までの経緯を全て話した。
登下校で彼女を見かけた事、ダメ元で飛ばした紙飛行機が奇跡的に彼女にとどいた事、彼女が事故の加害者の娘だった事、お父さんが亡くなり引っ越した事、そして、彼女がボク以上に傷ついている事。
「だから、君のせいじゃない、君は何も悪くない事を伝えたいんだ」
「引っ越した理由は知っているの?」
「それは、お父さんが亡くなったからじゃないですか」
「それはそうなんだけど...」
友子は少し間を置いてから再び話し出した。
「これから話す事は、言わないでほしいって小夜子に言われたんだけど、言わなければカズ君も納得しないと思うから話すわ。小夜子の家はお父さんが入院する前からサラ金からお金を借りてたの、お父さんが入院してからは尚の事、もう返せる金額では無かったらしいの、そして、引っ越し。
ううん、夜逃げだったの。今でも生活はとても厳しいそうよ。だから、そんな姿をカズ君には見られたくないのよ。小夜子の気持ち、分かってあげてほしいの」
言葉が出なかった。まさか、そんな事になってるなんて想像すらしなかった。ボクの地獄はどれだけ深いのだろうか。
「小夜子はどんな事にも絶対に負けたりしない。カズ君が会いたがっている事は伝えてあるから、小夜子から会いに来るまで待っててあげて、小夜子は必ずカズ君に会いに行くから」

ボクはどうすればいいのか、何かしてあげられる事はないんだろうか。幸いにもボクの家は裕福だ。
母さんに事情を説明すればお金を用立ててくれるだろう。でも、あの子が素直に受け取ってくれるだろうか。母さんに相談してみよう。
家に帰り母さんを呼んだ。
「母さん、話しが有ります」
「加寿磨さん、大変な事になったわ」
「どうしたんですか?」たとえ何を言われようと、これ以上落ちることはないだろう。
「会社が倒産してしまったのよ」
ボクの地獄には底が無いのか。

           つづく

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