星乃 砂

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【無垢】

私の小さい頃の夢は、綺麗なお嫁さんになることでした。
偶然見かけたお嫁さんは真っ白な服を着て、すごく眩しく輝いて見えました。
いつかきっとあんなキレイな服を着て、お嫁さんになるんだ。
そんなありきたりな夢を描いた私は、結婚式場でウェディングプランナーをしている。
人の結婚に興味などない。
すべては、自分が結婚する為の予行練習だ。
ウェディングプランナーになって、1年。
何人もの花嫁さんを見てきたが、小さい時に見た花嫁さんほど綺麗な人はいなかった。
思い出は美化される。そんなところだろうか。
ウェディングドレスに身を纏い人生の主人公としてカレンに歩くその姿はとても綺麗に映る。
でも、私が憧れるお嫁さんはこれとは違う気がする。
今回私が担当する花嫁さんは、30歳を過ぎ、あまりパッとしない小柄な女性だ。
お相手の方もヒョロッとして、モヤシのような人でお似合いというか、似た者同士という感じだ。
「この度はおめでとう御座います私、お二人を担当させて頂きます進藤と申します」
「よろしくお願いします。僕は佐藤幸治で彼女が田中幸子です。あまりお金をかけずに挙式と披露宴をしたいのです」
「かしこまりました。御招待人数は何名様でしょうか」
「20人くらいです」
「かしこまりました。式は和風洋風どちらになさいますか?」
「和風でお願いします」
「お衣裳はレンタル衣裳でよろしいでしょうか?」
「いいえ、母から譲り受けた白無垢を着たいのです」今まで黙っていた彼女が話し出した。
「その白無垢は、祖母が結婚する時に曽祖母が縫い上げた物です。曽祖母は若い頃、呉服屋で働いていて、娘が結婚する時に着せようと、反物を安く譲ってもらったそうです。
その後、戦争が起き、空襲からも戦後の辛い中も、その反物だけは手放さなかったそうです。
そして娘(祖母)が結婚する時に花嫁衣裳を縫い上げ、袖に幸せの象徴のカスミソウの刺繍をしました。
ひと針ひと針、心を込めて丹念に仕上げられています。
私の母もその花嫁衣裳を着て式を挙げました。
だから私もその衣裳を着て式を挙げたいのです」
「幸子の気持ちはよく分かるよ、僕もお義母さんの式の写真を見たけど、単なる白い着物で...悪いけど白装束にしか見えなかったよ」
「私も最初はそう思ったの、でも手にした時、とても暖かい気持ちに包まれたの。お願いよ幸治さん、あの衣裳を着て式を挙げたいのよ」
「分かったよ、幸子がそこまで言うならそうしよう」

その後、何度か打ち合わせを行い式当日を迎えた。

花嫁の着付けをした係りを見つけたので様子を聞いてみた。
「最初に見た時は、少し黄ばみもあったので本当にこれを着るのかって思ったの。でも花嫁さんに着せてるうちに、私まで幸せな気持ちになってたのよ。
あの衣裳には作った人の心が籠っているんだね。
私もこの仕事は長いけど、こんな気持ちになったのは初めてだよ」

式が始まり花嫁が入って来た。
うっ、眩しい!
花嫁が真っ白に輝いて見える。
その衣裳は、私が子供の頃に見た花嫁衣裳だった。
彼女が言っていた気持ちがよく分かった。
私もこんな花嫁になりたい。

           おわり

6/1/2024, 4:10:02 AM