喜村

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2/15/2023, 12:15:07 PM

 高校三年生の卒業前、10年後の私へ手紙を書け、という授業があった。
 10年後というと、28歳。そろそろ結婚しているだろうか、仕事ももちろんしているだろう。
高校生だった私は、とりあえず、私生活も仕事も頑張って、と書いた。

 そんな手紙を、離婚をして実家に戻った私は読んだ。
古びた学習机の引き出しに、封筒に入ったままの状態で。
 仕事も辞め、所謂、ニートとなったので、お金もないから、実家に住む。部屋は昔使っていた自室。
フリマアプリで売れるものはないか、もしくはお金はないかと部屋を片付けていた時に、茶封筒をみつけ、思わずお金かと思ったが、そんなものではない、過去の私からの手紙だった。

 くだらない。
一気に冷め、私は椅子に腰かける。ギィっと音がなった。
 その時、茶封筒の隣にもう一つ嫌いな便箋が置いてあった。まだ封には入っておらず、書きかけのようだ。
 誰かに宛てた手紙を書きかけで止めるようなことはした記憶はないのだが……
手には取らず、目線だけを便箋に落とす。

【28歳の私へ。38歳の私からのアドバイスをここに記す。読むか読まないか、信じる信じないかは、28歳の私が決めて。信じて続きのアドバイスを読む場合は、一番下の引き出しを開けて。】

 何これ……
 私は生唾を飲み込んだ。
 10年後の私から届いた手紙……?
 止まっていたはずの自室の時計の秒針が、何故かやけに大きく聞こえた。


【10年後の私から届いた手紙】

2/14/2023, 12:27:55 PM

 俺の彼女は料理が苦手らしい。
昔、手作り料理がんばる!、と意気込んでご馳走してもらったけど、調味料の味と焦げのジャリジャリ感しかなかった。
 世間がバレンタインデーだと受かれているが、彼女は明らかにどんより模様。

 そして本日、当日の二月十四日、バレンタインデーである。平日であるため、仕事終わりに駅で待ち合わせ、という話であった。
 駅を出て、ロータリーまで行くと、大きな花束を持った彼女がいた。
「ど、どうしたの、その花!」
 咄嗟にそう口走ると、彼女は花束に隠れながら一言。
「ハッピーバレンタイン」
 そして花束を俺に押し当てるように渡す。
ピンクや赤やオレンジといった、温かみのある色合いで、花束の真ん中にはメッセージカードと、お気持ち程度の小さなチョコレートらしきものがあった。
「えー! ありがとう! 食べていい?」
 無言で頷く彼女。

--ガリッ

 歯が欠けた。血の味のチョコレートだ。
でも、ハッピーにかわりはない。
岩より固いチョコレートと温かい花束。
「あ、ありがとう……!」


【バレンタイン】
※【花束】の続き

2/13/2023, 12:05:28 PM

 空が真っ赤に燃えていた。きっともうすぐ日が沈む。
 スマートフォンを片手に彼女は駅前の像の前で誰かを待っていた。時刻を見ると夕方五時と表示されている。
「ごめーん、ミナ待った?」
 駅口から、急いだ様子で制服姿のショートヘア女子が走ってくる。手には紙袋が二つ、中身は大量のチョコレートとラッピング用品が見てとれる。
「全然。それよりユウカちゃんから一緒にチョコ作ろうって言われたから何事かと思ったよ」
 ミナは駆け寄ってきたユウカから袋の片方を受け取り、歩みを進めた。
「えへへ、実は最近、恋人ができまして」
 照れ臭そうにユウカは口を開く。夕日のせいか、照れてるせいか、彼女の顔は赤かった。
「そうなの!? おめでとう! だからチョコ作りするのかぁ!」
「ミナも好きな人いるんでしょ?」
 歩きながら目をそらすミナ。ぎこちなく、うん、と伝える。
「僕から告白してオッケーもらったんだ、ミナも待ってるだけじゃなくて、自分からアタックしてみたら?、と、思って誘ってみました」
 ユウカは、へへ、と笑って見せたが
「そう言って、お菓子作りとか未経験だから失敗しないように、ベテランのあたしに声かけたんでしょ?」
 今度はユウカの方が、ぎくりとなり、頷く。ユウカは男勝りで、料理やメイクなどの女っ気がないようだ。
全くもう、と言わんばかりにミナはため息をついたが、彼女は輝く夕日をみて、何かを決めたらしい。
(待っててね、先輩)

【待ってて】
※【伝えたい】の前の話、【この場所で】の後日談

2/13/2023, 2:27:27 AM

「ねぇ、あんたにお願いがあるんだけど」
 バレンタインデー前日、俺はクラスの女子兼幼稚園の頃からの幼なじみのミナに声をかけられた。
いつもツンツンしている子だが、今日は明らかにツンにプラスしてもじもじが追加されている。
「なに?」
「あんたの部活の先輩、二年生のウエダ先輩……あの人に、明日、バレンタインデーのチョコ、渡してくれない……?」
 そんなことだろうと思った。
 窓際の席の俺は、小さくため息をついて頬杖をつく。
外はあいにくの雨。雪ではなく、雨粒が窓を伝っていた。
「やっぱりだめ、かな……お、お礼として、あんたの分のチョコもあげるから!」
 そういう話の問題ではない。

 俺は先日、その本人、ウエダ先輩から相談を持ちかけられていたのだ。
「お前のクラスのミナちゃん? だっけ? あの子、最近……」

 伝えたいけど、伝えたらミナは--

「渡すだけ?」
「う、うん! その他諸々はメッセージカードに書いとくから、ただ渡すだけ! 私からってことも言わずに、ただ渡すだけ!!」
「それだと、なんか俺がウエダ先輩に逆友チョコ渡してるみたいなんだが」
 あう、と、ミナは固まった。
「じゃ、じゃあ、クラスの女子から、ウエダ先輩に、って」
「はーい」

 本当のことは、今日のところは伝えないでおこう。
 俺は可愛くラッピングされたチョコを託され、それをぼんやりと見つめた。
 伝えるのは、チョコを先輩に渡して、どうだった!?、とか聞かれた時の方が精神衛生的にもあってるだろうし。
 外は冷たい雨が降りしきっていた。


【伝えたい】

2/11/2023, 12:00:03 PM

 雪が本格的に降る2月。私は学校の屋上にいた。
 冬の学校はとても寒く--それは暖房施設が整っていないからではなく、こんな真冬にトイレに入ってる最中に水を頭からかけられたからでもある。

 もう死んでやりたい。

 雪が静かに待っていた。ほろりほろりと地面に向かって降りていく。
私も一緒に……と、屋上の手すりに手をかけ、足もかけようとした時だった。
「ワタナベさん何してるの!?」
 後ろから、最近私を気にかけてくれる、ユウカちゃんが叫んだ。
足は地面に戻す。手は手すりを掴んだまま。やけに手すりが冷たく感じた。
「あの……落ちようかなっ、て」
 正直に答えると、ユウカちゃんは走ってきた。そして、辺りに渇いた音が響く。
「……い、たい……」
 ぶたれた、ユウカちゃんに。
あぁ、そうか、ユウカちゃんも結局、そっち側の人間……
「そんなことしたら、僕はどうなるの!?」
「え?」
 ユウカちゃんはぼろぼろと泣いていた。
「ワタナベさんは、僕の初めての……!」
 ユウカちゃんは最後まで言いきれず、その場に座り込んでわんわん泣き始める。
「えっと……ユウカ、ちゃん……?」
「僕、ぼ、くは、ワタナベさんのっことが、好きなんだ」
 雪が降っているのに薄日がさしていた。
 えぐえぐとユウカちゃんは泣いているが、聞き間違えじゃなければ……
「でも、私たち、女の子同士だよ?」
「だから、だめ……? だから、今までっ隠して、て……」
 私はしゃがみこんで、泣きじゃくった彼女を抱きしめた。濡れた制服に濡れた頬があたる。

 学校なんて嫌いだ、いじめられるから。
でも、この場所で、新しい物語が始まった瞬間。
「ありがとう。私もユウカちゃん、好き」


【この場所で】
※【Kiss】の続き(時系列的には過去話)

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