喜村

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「ねぇ、あんたにお願いがあるんだけど」
 バレンタインデー前日、俺はクラスの女子兼幼稚園の頃からの幼なじみのミナに声をかけられた。
いつもツンツンしている子だが、今日は明らかにツンにプラスしてもじもじが追加されている。
「なに?」
「あんたの部活の先輩、二年生のウエダ先輩……あの人に、明日、バレンタインデーのチョコ、渡してくれない……?」
 そんなことだろうと思った。
 窓際の席の俺は、小さくため息をついて頬杖をつく。
外はあいにくの雨。雪ではなく、雨粒が窓を伝っていた。
「やっぱりだめ、かな……お、お礼として、あんたの分のチョコもあげるから!」
 そういう話の問題ではない。

 俺は先日、その本人、ウエダ先輩から相談を持ちかけられていたのだ。
「お前のクラスのミナちゃん? だっけ? あの子、最近……」

 伝えたいけど、伝えたらミナは--

「渡すだけ?」
「う、うん! その他諸々はメッセージカードに書いとくから、ただ渡すだけ! 私からってことも言わずに、ただ渡すだけ!!」
「それだと、なんか俺がウエダ先輩に逆友チョコ渡してるみたいなんだが」
 あう、と、ミナは固まった。
「じゃ、じゃあ、クラスの女子から、ウエダ先輩に、って」
「はーい」

 本当のことは、今日のところは伝えないでおこう。
 俺は可愛くラッピングされたチョコを託され、それをぼんやりと見つめた。
 伝えるのは、チョコを先輩に渡して、どうだった!?、とか聞かれた時の方が精神衛生的にもあってるだろうし。
 外は冷たい雨が降りしきっていた。


【伝えたい】

2/13/2023, 2:27:27 AM