俺にとっては、ここは天国だ。
俺はここ数年、この部屋に引きこもっている。
ご飯は一定の時間に部屋の前に運ばれてきて、一日に一回二リットルの水も運ばれてくる。
食べ終わればまた扉の前に置いておけば片付けてくれる。
部屋にはパソコンもスマホもあり、エアコンもあって快適そのものだ。
住人が仕事に出掛けた時に、俺は部屋から出てお風呂に入り、トイレをする。
もし、住人がいる場合は、空いたペットボトルの中に用を足す。
窓どころかカーテンもずっと開けていない。もう何年、外の空気を吸っていないだろう。
そう、俺はニートである。
でも、いつまでも親が生きていないことくらい、俺にだって分かっている。
このぬくぬく生活が、終わってしまう?
世間と言う闇の世界に、俺も出なくては行けないのか?
過ごしやすい楽園の光のこの部屋を出なければいけないのか?
頭の中では分かっているんだ。いつかは闇に飲み込まれなければいけないことを。
でも……
「やだなー……」
ベッドの上に、自分の巨体を仰向けにし、天井に向かって息切れ切れに、俺はそう呟いた。
光と闇の狭間で、俺はどっちに行こうか、未だに悩んでいるのである。
いつかご飯が運ばれなくなってしまう、その日まで。
【光と闇の狭間で】
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私がいないと生きていけない程、儚い存在だったのに。
12月になり、乾いた空気に自分の白い息が映る。
私の前から、君は飛び立ってしまった。
まだ木々が色づく前の、秋口の頃に君にであった。
玄関の真ん前に、巣から落ちたであろう君にであった。
このまま見殺しにしてもよかったけれど、私は羽も生えていない君を両手で救った。
へなへなで、頭を重そうにうにょうにょ動いて、でも少し温かい、すぐに壊れてしまいそうな儚い君。
私は、そのまま役所に連絡をして、君を育てた。
空の飛び方は教えてあげれないし、エサの取り方も教えてあげられない。
ただ近くで、確かに大きくなる君を私は見ていた。
たまには日光浴をさせ、たまには水浴びをさせた。
その日は、ようやく近所の銀杏の木が黄色く色づいてきた小春日和だった。
外の空気を入れようか、と、窓を開けたその時だった。
「……え?」
君は、機会を伺っていたのだろうか、自ら部屋から飛び立った。
力強く、バサバサと音を立てて。
私は、まだ君と暮らしていたかったけれども、君はもう、私の助けは要らないほど大きく育っていたようで。
少し高い位置にある電柱に、君は止まる。
これが私と君の適切な距離なのだと、私は悟った。
もう君と別れて一ヶ月。
私と君との距離は縮むことはないだろうけれど。
落ち葉となり、散った乾いた銀杏の葉っぱの上を数匹のスズメ達が、ちゅんちゅんと鳴いて跳ねていた。
【距離】
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やっと、梅雨が明けたらしい。
関東まではあっという間に一気に明けたけれど、東北はまだ明けていなかった七月末。
明けたと聞いたが、まだ晴れきってはおらず、明日から本格的な夏になるだろう。
「おばあさん、梅雨明けしたから、お散歩行くべしや」
ベッドで上半身を少しだけ起こしているおばあさんに、俺は言った。
「あんた、誰っしゃ?」
おばあさんは、俺に問う。
「おじいさんです」
「おじいさんですかい、まだ晴れてないべっちゃ」
「あー……、それもそうかもなぁ。なら、明日、もし晴れたらお散歩するべし」
「明日覚えてたらなぁ」
おばあさんは、まだ雲が僅かに広がる空を見ながらそう告げた。
俺の心もまだ曇り空。
全部思い出してとは言わないが、せめて、ちょっと前のことは覚えててくれないかね、と、顔まで曇る。
「おじいさん、梅雨明けはまだかねぇ?」
俺の精神は、そろそろ限界なのだけれども。
「梅雨明けして晴れたら、お散歩いきたいねぇ」
しわしわの顔をした妻が、俺にそう笑顔で言う。
「明日、もし晴れたら行こうや」
しわしわの妻の手をしわしわの俺の手が包む。
きっと明日は空も心も晴れるべさ。
【明日、もし晴れたら】
@ma_su0v0
暑い、燃えるように暑い。
意識が朦朧として、体に力が入らない。
力が入らないどころか、手がびりびりと痺れている。
立てなくなり頭から突っ伏したようで、顔面にコンクリートの感覚がある。
それもまた熱くて、まるでバーベキューで焼かれている肉のようだ。
喉は乾いていない。
鼻での呼吸だけでは追い付かず、口を半開きで息をした。
頭がガンガンと痛い。
ガンガンと共にぼんやりしていて、何も考えられなくなってきた。
「誰か! 救急車!」
そんな誰の声かもわからない叫び声が聞こえた。
あぁ、俺を助けてくれる人なんていたんだ、と、薄れつつある意識で思った。
これがいわゆる、熱中症、なのだろう。
熱中症なんかで死ねるのか?、とか思っていたけど、なるほど、これは逝っちまう気がする。
でも、俺まだ10代だよ? 10代でも死ぬの?
こういうのって、高齢者だけじゃないんだな、と、とうとう目も開けていられずに閉じながらそう思った。
救急車で運ばれて助かるか助からないかは、神様だけが知っている。
@ma_su0v0
【神様だけが知っている】
老後2000万円問題、と、よく聞く。
その額があまりにも怖くて、20代から貯金を始めた。
まだ結婚もしていないから、一人馬力でようやく半分にこぎつけた。
これを貯めるまでに、様々な交友関係を断ちきった。
ご褒美という名のご飯や、趣味だったソシャゲやアニメの推し活とかも全部辞めた。
そうして積み上げてきた1000万円、だが……
得たものはお金、失ったものは数えきれない。
果たして、老後2000万円を貯めれたとして、この道の先には、俺の不安は払拭されて、幸せになるのだろうか?
@ma_su0v0
【この道の先に】