喜村

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8/10/2025, 10:40:46 AM

 蝉が目の前の地面でひっくり返っていた。
 生きているのだろうか? 軽く息を吹きかけると、足をもぞもぞと動かす蝉。
 やさしさなんて言うものではないが、せっかく地上に出てきて短い運命。もう少し、満喫したいだろう?
 俺は人差し指を差し出すと、ひしっとしがみつく蝉。生きたいのだろうか、口を人差し指に突き刺そうとしている。残念ながら俺は甘い蜜をだす木ではない。
 近くの本物の木の幹にすがらせると、よじよじと上っていく。
 短い余生、謳歌しろよ。そう思いながら見ていたが、

--ポテッ

 目の前で、先程の蝉がひっくり返って落ちてきた。
 やさしさなんて……ありがた迷惑だっただろうか。
 この蝉は、ほんの数分、苦しみながら生きたのだろうか、それともほんの数分、この世を満喫できただろうか。
 辺りでは、精一杯、命の限りなく蝉時雨が降り注いでいた。



【やさしさなんて】

8/9/2025, 11:25:07 AM

 微かな風を感じただけで、僕はゆらりと体を動かす。
 ある程度の風が吹かなければ、僕の体から綺麗な音色は出ないけれど。
ヒトは、その音色を聞いて風流だとか言っていた。
 音は出ずとも僕は微かでも風を感じれば、足元を揺らがせる。
 ほら、揺らめく僕の足元を見て、ヒトも
「ちょっとは風あるんだね」
などと会話を始めた。
 ヒトには、この僅かな風を感じることはないのだろうか。
 だとしたら、少しの変化も捉えられる僕は、ヒトより勝っているのかもしれない。
 風を感じて軒先で僕は小さく揺れていた。

--チリン、リン……


【風を感じて】

8/9/2025, 12:22:20 AM

 夢の中だと痛みを感じないらしい。
 ほっぺたをつねったら若干痛かった。
若干?? 夢なのか現実なのか微妙なところだ。
 とりあえず、尿意がやばい、とりあえずトイレにいきたい。
 下着を脱いで便器に腰かけた。
 危ない危ない、漏らすところだった。
 飲み会の席だったので、少し呑みすぎたのかもしれない。

 冷たい。

 あれ? トイレで用をたしているのに、なんで冷たいんだろうか。
引っ掻けてしまっただろうか、うち太ももが冷たい。

 目を擦ると、視界が変わった。見知った天井が広がっている。飲み会の席のトイレの中ではない。
 そして、太ももからお尻にかけて、やはり冷たい。この冷たさは現実で、ほっぺたをつねったらめちゃくちゃ痛かった。
 まじか、夢じゃない。
 大人になって、これは、夢じゃないのか。
 しばらくベッドの中で呆けた。

【夢じゃない】

8/7/2025, 8:29:00 PM

 流れ行く人の波を座りながら見ている。
どうして、私はここにいるんだろう、と。
 本日は同人即売会。自分の作った新刊を持って、丹精こめて作った創作物。
 しかし、だれも足を止めない。きっと売上はゼロである。

 それでも私は、即売会に出続ける。
 心の羅針盤の示す通りに。

 何のために、この活動をしているのか、自分の心に問いかける。
 作っていて、楽しいから。好きが詰まった物を形として残したいから。
あわよくば、誰かに読んでもらって、誰かの心にささってほしい。
 真面目に誠実に活動をしていれば、誰かに私を知ってもらえるはず。
 それが私の心の羅針盤が示している。

 今日は誰にも買ってもらえなかったな、足さえ止めてもらえなかった。
 敷布を畳み、長テーブルの姿を見ながら思った。
 でも、私は心の羅針盤に従います。


【心の羅針盤】

8/6/2025, 8:20:51 PM

「いつ買うの!? 今でしょ!」
「だーめ、またね」
「えー!!」
 親子の会話に俺は吹き出した。
 現在、俺はデパートで彼女の服選び待ちをしている。
 そんな時に、子どもがテレビで覚えたのか、幼稚園で覚えてきたのか、ちょっと前に流行った文言を繰り出してきたが、母親は軽く一蹴していた。
 またね、とは、少し期待を持たせて、あまり傷つかない便利な言葉だな、と俺は微笑む。
「お待たせ~、待ったよね」
「まぁ、若干?」
「新着水着買えたし、今から海に行こっかなー」
「今何時だと思ってんの。だーめ、またね」
「えー!!」
 俺は早速、便利な言葉を使うのであった。




【またね】

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