『眠れないほど』
夜中にコンビニへ向かった。亮くんと一緒だ。道は街灯で照らされていて、月も明るい。こんな時間に外に出るのって滅多にない。
「寒くね?」
「寒い!! なんでこんな時間に外でたがるの!!」
亮くんはいひひって悪い笑いをした。怖いなあ。何企んでんだろ。
「どっちにしろ、眠れないだろ、俺たち」
「まあ、朝からお酒飲んで夕方まで寝てたもんね、って、あんたが飲もーって言うからでしょ!!」
ときたま、車が走る。わたしたちは20分かけてコンビニへ行く。車欲しいなあ。びゅって、強い風が吹き、亮くんはくしゃみをした。
広い国道の信号にぶつかった。亮くんが立ち止まるからわたしも立ち止まったけれど、赤じゃない。
「どうしたの?」
「たぶん、もうすぐ」
すると車道の向こうから、とても大きなトラックが走ってきた。うん? 荷物がとても大きい……。
それは、列車だった。電車を運んでいるのだ!!
「すごくね? 友達から聞いたんだよ」
鉄の長い胴が目の前を過ぎっていく。
「うわっ。おもしろ……」
「よし、思い出一つゲットな!!」
私たちは写真を撮りまくった。スマホが何度も光る。
亮くんは、思い出にこだわった。二人で大事なものを共有したいっていつも言う。
うん……、ありがと。
そして、コンビニでおでんを買って帰った。寒かったけど、あったかだった。もっと、眠れないほどになっていた。
『夢と現実』
そこへ届くよう気でいてた。誰にも言わなかったけど。だから、誰も、できるよ、とも言ってくれない。
はじめてその夢を話したとき、「無理じゃない? ふつうに考えて」と言われた。
わたしは、それから長らく、その夢を忘れた。
金属の階段をカンカンと音を鳴らしながら走っていく。アパートの2階の佐竹さんは、扉を開けると「やあ……」と、いささかトーンの低い声で言う。無精髭も生えていて、わたしは、苦笑いして「おはようございます」と挨拶をする。
部屋に入るとたくさんの本があった。
「こんなに。ぜんぶ読んでるんですか?」
よく見ると子供向けの小説が多い。
頭をガリガリとかきながら、佐竹さんははにかむように笑った。
「児童文学を書きたいんだ」
「え、すごっ」
「作家になれたら、すごいよな」
それから、わたしは、リュックからパソコンを取り出した。佐竹さんは従兄弟だ。高校を卒業してずいぶん会っていなかったけれど、こちらから電話をした。パソコンのソフトの使い方がわからなくて、たしか、詳しかったと思い出したのだ。敬語だったり、佐竹さん、とか他人みたいに呼ぶのは、なんだか、大人になった距離だと思う。
佐竹さんは、コーヒーを淹れてきてくれた。独特の鼻腔を楽しませる香りがした。
「これ?」
「あ、気にしないでください」
しかし、佐竹さんは無遠慮に、そのソフトを起動した。ああ、子供のころも強引なところあったなあ、と、ちょっと引く。
「絵か。へー、うまいじゃん」
「ただの趣味ですよ」
わたしは、諦めたふりをしながら、ひたすらに描いていた。誰に見せるつもりもなく。
「へたです」
そう言いながら、わたしは佐竹さんの顔を見た。本当はもっと褒めてほしかった。ただ、だからと言って満足感以外何が得られるのか、虚しい思いもした。
「寝て夢を見てるみたいなものです。何にもならない」
佐竹さんは、何も言わなかった。
わたしは、それから、パソコンを教えてもらった。思い出話などをしながら、終わったのは夕方になっていた。
「ありがとうございました。じゃあ、帰ります」
「うん。あのな」
「え?」
「現実に働きかけるのが夢だよ。俺もそうしてる」
わたしは、階段を降りる。
奇妙な高揚感が胸にあった。
『さよならは言わないで』
玄関のドアを開けた彼は、名残惜しそうに私を見た。彼の背中の向こうに夜が見えた。
「電車、なくなるよ」
わたしは、つとめて明るい顔をする。部屋の奥からテレビの音が聞こえていた。
「やべ。今日、たのしかったよ。それじゃ……」
彼の胸に手を当てた。彼はわかってくれたみたい。
「またな」
「うん、LINEちょうだいね」
笑った顔がかわいい。そして、歩いて行った。
孤独な夜が戻ってくる。でも少しづつ良くなる。これから。
「光と闇の狭間で」
ビルの影になった裏通りは、陰気だけど、蠢く虫などをよく見かける。だんだん坂道になり、ビルもなくなると、開けた明るい空の下に出る。わたしは、どこか見えてしまう嘘くささという言葉を思い出すから、その道に辿り着くのは好きではない。
寒い冬に、ソフトクリームを買っていた。進んでいく道路に、鼻歌を歌うように、冷たさを楽しんでみる。
身にぴったりの服で体を纏うような、痛みと完璧さを感じる。
猫が、わたしを見ていた。にゃーと鳴いた。わたしは、ソフトクリームを舐める。
振り返り、来た道を戻る。白い装いが、光から陰へと移る。
冷たさが舌に痛かった。
「距離」
船戸くんは、わたしの横を歩いていた。制服の上にコートを羽織り、そのポケットに手を入れていた。
「来る?」
自転車を押しながら、わたしは声をかけていた。空は雨が降りそうに灰色だった。わずかに水の匂いがする。
「映画? そうだな。Netflixでよくないか」
「えー。それは大きなテレビならそれなりだけどさ。映画館の迫力とかすごいよ。行ったことないの?」
ポケットから手を出して、腕を組む彼。鼻を数回啜った。花粉症かな。
「小学生の時、親と行ったっけ? なんかアニメ見たな」
曖昧な記憶なのだろう。頼りなげな声音だった。
わたしは、乗ってない自転車のブレーキをおさえた。きっと締まる音がして、タイヤがロックされる。
「画面や音がすごくなかった?」
「んー、記憶がねえ……。映画館って、どこにあるんだ?」
「えー、ほんと行ったことないんだ!! ほら、駅前のあの大きな商業ビルのさ……」
ブレーキを放し、また、前へ進む。コンビニや不動産のお店や、郵便局、そういう建物が、視界に入ってくる。わたしは、この会話を楽しんでいた。すごく。わたしは、幸せだなあ、と思い、そして、どうにかして船戸くんをデートに誘おうと決めていた。