『夢と現実』
そこへ届くよう気でいてた。誰にも言わなかったけど。だから、誰も、できるよ、とも言ってくれない。
はじめてその夢を話したとき、「無理じゃない? ふつうに考えて」と言われた。
わたしは、それから長らく、その夢を忘れた。
金属の階段をカンカンと音を鳴らしながら走っていく。アパートの2階の佐竹さんは、扉を開けると「やあ……」と、いささかトーンの低い声で言う。無精髭も生えていて、わたしは、苦笑いして「おはようございます」と挨拶をする。
部屋に入るとたくさんの本があった。
「こんなに。ぜんぶ読んでるんですか?」
よく見ると子供向けの小説が多い。
頭をガリガリとかきながら、佐竹さんははにかむように笑った。
「児童文学を書きたいんだ」
「え、すごっ」
「作家になれたら、すごいよな」
それから、わたしは、リュックからパソコンを取り出した。佐竹さんは従兄弟だ。高校を卒業してずいぶん会っていなかったけれど、こちらから電話をした。パソコンのソフトの使い方がわからなくて、たしか、詳しかったと思い出したのだ。敬語だったり、佐竹さん、とか他人みたいに呼ぶのは、なんだか、大人になった距離だと思う。
佐竹さんは、コーヒーを淹れてきてくれた。独特の鼻腔を楽しませる香りがした。
「これ?」
「あ、気にしないでください」
しかし、佐竹さんは無遠慮に、そのソフトを起動した。ああ、子供のころも強引なところあったなあ、と、ちょっと引く。
「絵か。へー、うまいじゃん」
「ただの趣味ですよ」
わたしは、諦めたふりをしながら、ひたすらに描いていた。誰に見せるつもりもなく。
「へたです」
そう言いながら、わたしは佐竹さんの顔を見た。本当はもっと褒めてほしかった。ただ、だからと言って満足感以外何が得られるのか、虚しい思いもした。
「寝て夢を見てるみたいなものです。何にもならない」
佐竹さんは、何も言わなかった。
わたしは、それから、パソコンを教えてもらった。思い出話などをしながら、終わったのは夕方になっていた。
「ありがとうございました。じゃあ、帰ります」
「うん。あのな」
「え?」
「現実に働きかけるのが夢だよ。俺もそうしてる」
わたしは、階段を降りる。
奇妙な高揚感が胸にあった。
12/4/2024, 11:21:24 PM