町は、パントマイムの集団が動いているような、不気味な印象を受けた。
夕方の太陽の下、もはや、光の熱は失われ、冷えた砂でも撒かれたような肌寒さがあった。
犬を散歩させている老人を見て、翔子は、セリフのないサイレント映画を見ているような気持ちになる。
たぶん、幸太から振られたせいだ。もう家に帰っても彼はいないのだ。
どうしていいか分からなかった。ひたすらに、寂しさと喪失感だけが胸にくる。
道路から下がった場所に川が流れていて、彼女は石の階段を降りた。
すると設られたベンチにカップルがいて、翔子の気持ちは乱れる。
そこから少し離れた場所のベンチに座る。
「よし」
彼女はスープジャーを、後ろのバックから取り出した。中にはカップラーメンが麺二つ分入っている。
決めていた。川を見ながら泣きながら、たくさん食べるのだ!!
翔子は、割り箸を割って、ジャーの麺をずずーっと啜る。幸太のことが思い出される。思った通り涙が出てきた。
ずるずる。ずるずる。
忘れよう、と思っても思い出すのだから。全部思い出そう。そして、新しい恋をするんだ、わたし。
これじゃない。
もう何軒まわったかな。
欲しいデザインのセーターが見つからないや。
わたしは、随分と冷たくなった外で、ため息をついた。
凝り性、というのかな。とにかく、好きでもないものを周りに置くことができないたちだ。なにかを妥協して買って、気に入らず捨ててしまうこともあった。
今年はセーターなしで行くかな?
気に入らないものは、もう、手にしたくない。
流石に疲れた。日曜日の10時からショッピングを試みて、いまは午後4時だ。
はあ、と再びため息をついた。休憩がてらに寄ったスタバの椅子に座り、ストロベリーフラペチーノを飲む。
ふと、少し離れたテーブル席に座る女の子のセーターが気になった。
あれだ!! なんて、しっくりくる気持ちのいい色味とデザインなんだろう!!
聞いてみようかな? どこで買いましたか? 変な人にならないかな?
10分たっぷり悩んで、わたしは、席を立った。そして、そのセーターの女の人のところへ行った。
「あ、あの」
声が震える。女の人は、?、といったふうにこちらを、見ている。
そしてその人がかけだしのファッションデザイナーで、セーターはその人の作品だと聞かされた。
「うん。買ってくれるなら嬉しいな」
「ありがとうございます!!」
わたしは、彼女が販売を主にしてるサイトを教えてもらった。そこから、注文できるらしい。
女の人はそれから、店を出て行った。
わたしは、その姿を見えなくなるまで追った。
ん? これは推しだろうか? 胸の高鳴りを感じながら、わたしも、続いて、店を出た。
「そこまでです」
冷ややかな幼い声が聞こえた。こちらをみているのは、わたしと同じくらいの年頃の女の子だ。
わたしは、右手の剣をその女に構えた。
「やめとけよ、あんた」
少年。左手の剣を突きつける。
わたしはスカートのポケットに入れた聖なる薬草を意識した。これだけは持って帰る。友だちの命が助かるのだ。
「落ちていくつもりですか? この森は立ち入り禁止です」
「わかってる」
鋭いナイフを投げつけるように言った。
「あんたら貴族のための、薬草があるから」
男の片方の眉が上がった。女の方は、冷ややかな顔のままだった。
「死ぬつもり」
女が言った。
「まさか。それはあなたたちじゃない?」
シャラン、と金属音がして、女が剣を抜いた。男もだ。
わたしは、踏み込んだ!! 右手の剣は、女の腕を掠った。浅い。女は間髪を入れず横薙ぎに剣を閃かせた。それを両手の剣で受けると今度は男が武器を振りかぶるのが視界に見えた。わたしは、勢いよくその相手にタックルをした。体重は重くないけど、その構えを崩すことに成功し、相手は二歩下がった。
「あなた、何者?」
「ただの、貧民街の虫ケラよ」
さっと、踵を返して走った。向こうは鎧を着ている。軽装だから、逃げ切れるはず。わたしは、友だちの顔を思い出していた。かならず、助けるよ。
こうして、革命の騎士たち、二刀のセラと聖騎士ミューネ、剣聖ハリオは、最初の邂逅を果たしたが、彼女たちの名が歴史に出てくるのはもう少し後のことだ。
「ちょっと、後ろの冷蔵庫から、納豆、とってくれないか」
がちゃん(とびらを開ける音)。
「ごめん、お茶なくなっちゃった。注いでくれる?」
こぽこぽ。
「◯◯(芸能人)、離婚だって。浮気らしいよ。おれ? す、するわけないだろ。あー、その目!! おいおい、信じろよなあ」
にこにこ。
「じゃあ、そろそろ行くわ。きょう、お義母さんの誕生日だろ? 先に行くよね? 俺も会社終わったら来るから。買った2人で選んだプレゼント、持って行っておいてね」
いってらっしゃい。
「在宅ワーク、無理せんようにな。できたんだから」
ちゅっ。
ゆさりゆさり、と揺れている
いつものわたしよりも高い位置に顔があって、見える風景が違う。
ゆさりゆさり、だいじょうぶかな。
あたしを頭を少しだけ反対に回した。
そこには、貴田くんの顔が近い。
ひえー。どうしてお姫様抱っこされてるんだろう?
そうだ、体育の時間に倒れたのだ。それで、保健室に連れて行かれてるのかな。ああ、いづみさんが、すごく睨んでいたっけ。あとで、イジワルされなきゃいいなあ。
「大丈夫か?」
貴田くんは、わたしの目を覗き込むようにした。そして顔を近づけてきた。ええと?
「俺の額にお前の額を当てろ」
つまり、熱を測るの? なにその、少女漫画的展開?
「い、いいよ。もう、歩けるし」
「お前、重いな」
「は、はあ? ちょっと、おろしてもらえますか!!」
いささか、キレながら、わたしは、貴田くんの密着した体から離れた。
「ま、まあ、お礼は言っとくわ。あ、ありがと……。でももう1人で大丈夫だから。貴田くんは授業に戻って」
貴田くんの顔つきが、笑顔で、ちょっと安心する。
「これから、バックれねえ?」
「へ?」
バックれるとはサボることだろうか。えー?
「ど、どこへ?」
「見ろよ」
そういうと、貴田くんは、ジャージのポケットから財布を見せた。
「学校の裏山でジュースでも飲もう」
健全なのか不良なのかわからない。いづみの顔が一瞬思い出されたが、彼女に義理立てする必要性もない。
不思議な気持ちだった。わたしは、特に美人でもない。貴田くんは、まあまあのイケメンと女子の間では割と人気だ。
「へんなこと、考えてない?」
「ま、さ、か。それは、もっと近くなってだろ。俺はケダモノじゃないぜ」
ふむう、信じられるけど。毎日の学校でのまじめよりの彼を見てるなら。
「わたし、保健室行くね」
「まじかよ」
貴田くんが本気みたいだからこそ、わたしは、その気持ちに応えるために、そう言った。
「じゃあ、放課後、あいてるか?」
「ん、考えとく」
学校、楽しくなりそうだな。
わたしは、そして、歩き出した。しばらくして振り返ると彼はまだこっちを見ていた。
わたしは手を振る。
貴田くんも、手を振った。