ユキ

Open App

『ありがとう、ごめんね』

斉木は、昨日、故郷に帰った。親が病気をして、家業を継ぐのだ。わたしたちはがんばって、この町で生きてきたけれど。

「何個か売れた。いい記念だよ」
「斉木、どうにかならないの、わたしたち、これからなのに」
斉木のメガネの奥の目が、微妙に揺れた。そのレンズに、部屋の様子が曲がって写っている。壁に絵の貼ってある、画廊だ。
「親不幸、ばかりしてたからなあ」
「だって、やっと売れ始めたんだよ。続ければ、きっと」
あっはっはっ。彼は笑った。そして、背筋を伸ばす。背丈が190あるので迫力がある。
「そりゃあ、里菜、お前は結構、お客ついてるからな。リピーターもいる。おれは、ここいらが限界だよ」
「斉木……」
「もう売れない絵を画廊に飾ってもらうバイト生活も終わりだ。言っとくが、ちゃんと売れっ子にならないと、俺の方が金持ちだからな」
「もう。そんなこと……」
斉木が、とても真面目な顔つきになった。韓国のアイドルみたいな甘い顔立ちに、ちょっと、どきりってする。
「おまえ、その、な。…‥俺の故郷に一緒に来ないか」
「え」
そうすると大きな体をなんだか小さくして、そして片手を左右に振り始めた。
「いやいや、ごめんな!! お前はお前。がんばれ!!」
ありがとう、ごめんね。
「じゃあ、なんか食べていこう。明日に出発するんでしょ」
「じゃあ、焼肉なー」
「うん。行こう」


わたしは、かなしい。こうして、人の運命はそれぞれに変わっていく。彼の未来もわたしの未来も、だからといってここで決まったわけではないと思う。人はいつでも思いがけないものだから。部屋の中のイーゼルに立てかけている絵を、わたしはただ、じっと見ていた。

12/8/2024, 12:37:11 PM