ユキ

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「距離」

船戸くんは、わたしの横を歩いていた。制服の上にコートを羽織り、そのポケットに手を入れていた。
「来る?」
自転車を押しながら、わたしは声をかけていた。空は雨が降りそうに灰色だった。わずかに水の匂いがする。
「映画? そうだな。Netflixでよくないか」
「えー。それは大きなテレビならそれなりだけどさ。映画館の迫力とかすごいよ。行ったことないの?」
ポケットから手を出して、腕を組む彼。鼻を数回啜った。花粉症かな。
「小学生の時、親と行ったっけ? なんかアニメ見たな」
曖昧な記憶なのだろう。頼りなげな声音だった。
わたしは、乗ってない自転車のブレーキをおさえた。きっと締まる音がして、タイヤがロックされる。
「画面や音がすごくなかった?」
「んー、記憶がねえ……。映画館って、どこにあるんだ?」
「えー、ほんと行ったことないんだ!! ほら、駅前のあの大きな商業ビルのさ……」
ブレーキを放し、また、前へ進む。コンビニや不動産のお店や、郵便局、そういう建物が、視界に入ってくる。わたしは、この会話を楽しんでいた。すごく。わたしは、幸せだなあ、と思い、そして、どうにかして船戸くんをデートに誘おうと決めていた。

12/1/2024, 6:21:59 PM