箱推し
「うちは箱推しのファンが多い。これを意識すべきだ」
リーダー格がそう切り出すと、同意するメンバーたち。
「やはり服装に共通点を持たせたり、同じポーズをしたり。チーム一丸となった姿が望ましいだろう」
やはり、同意するメンバーたち。
「そうと決まれば早速準備だ。きみはこっち、きみはもうちょっと前で。ベルトに共通点を持たせるために……これだろうな。私がここで……よし、決まったな」
そろそろ本番が始まるだろう。一同は気合いを入れ、暗い『控え室』でその時を待った。
「クリスマスプレゼントって、これ?」
少年が指差した枕元には、包装紙に包まれた箱。
「開けてごらん」
両親に勧められるがままにラッピングを解くと、箱の中から少年が好きなヒーロー集団のフィギュアセットが現れた。
皆で決めポーズを取り、同じデザインの変身ベルトを装着したその姿が、今の少年には他の何よりも格好よく見えた。
「作戦成功のようだな、レッド」
「声が大きいぞイエロー」
箱推しの少年への長いようで短いファンサービスが、今始まった。
ゆずの香を描く
ゆず、と言ったかな。東の国から伝来した果物。私はあれが嫌いだった。
「絵の具ごときでゆずの香りまでは描けぬだろう」
小さな頃から芸術の道に進みたかった私は、卒業後間もなく、農家だった実家を飛び出した。
私の絵を認めてくれなかった、頑固で野心家の両親。彼らが手を出した新事業、それがゆず栽培だ。しかし、この国でゆずという果物はウケが悪かったらしく、近年は赤字続きだった。
家を出て数ヶ月が経ったある日。転々としていた職のうちのひとつの職場で、問題は起こった。
「画家さん、職場まで来てくれたところ悪いんだが、今日の仕事はもうないよ」
理由を聞く。私がパッケージデザインをするはずだったのは、異国の果物シリーズと銘打った香水の新作。そのための材料調達で、道に迷った社長が農家との商談に2時間遅れてしまい、激怒され契約できなかったという。
社員のうちの一人が、産地はここだよ、と地図を指し示す。
「ゆず、という果物らしい。知っているか?」
この国で、あの場所で、ゆず農家。間違いなく私の実家だ。
赤字続きは今も同じはずだ。それなのに、相手の遅刻に激怒して突き返すあたり両親らしい。私が一言連絡すれば結果が覆るかもしれないが、それは私の気持ちが許さない。
「その話、私に考えがあります」
だから、私は絵筆を執った。
それから数日が経って。
「農家さん言ってたよ。この絵からは今にもゆずの香りがしてきそうだ、熱意が伝わった、って!」
私が描いたゆずの絵を携え、社長が向かった商談のリベンジは、遅刻することもなく大成功となった。
この功績の甲斐あって、私はこの会社で正社員として働けるようになった。実家も収入が増え、うちの会社と良い関係を築けているようだ。
「今日、出来上がった香水を持って農家さんのところまでお礼に行こうと思うんだ。きみもぜひ来てほしい」
社長が、生産者表示の写真を手渡して紹介してくれた。畑の前で満面の笑みの両親。
もう、隠し通す必要もないかな。
「ええ、喜んで」
今の私って、親孝行かな。それともまだ反抗期?
何でもいいや。頑固で野心家な画家。それが私だ。
大空を飛べる発明品
「とうとう飛行機を発明したぞ!」
十年前、私は世界初の発明を成し遂げた。この発明品を売り出せば飛ぶ鳥を落とす勢いで流行すると確信していた。
しかし、発表当時の売り上げは雀の涙だった。経済的にも苦しい時期が続いた。
それから数年。鳴かず飛ばずだった飛行機と私に、転機が訪れた。
「便利で楽しい。三児の母の私にとって、これは一石二鳥、いや三鳥の発明です!」
「仕事場に導入されて以来、重宝しています。感謝してもしきれません」
子育て世代や医療の現場からの暖かい手紙が届き始めたのだ。瞬く間に流行が始まり、今に至る。
これが私の半生だ。おっと、お客さんが試乗から帰ってきた。新しい飛行機、気に入ってもらえただろうか。
「最高です、この飛行機に決めました」
「ありがとうございます。乗って帰られますか?」
「家まで運んでいただきたいです。たまには翼を動かして自力で飛んで帰らないと、体がなまってしまいそうなので」
ある家とベルの音
私は空き巣だ。私に金品を盗まれた他人の悲しむ姿を想像するだけで愉快なのに、金まで手に入るのだからやめられない。
だが今日狙っている家は厄介そうだ。ありとあらゆる出入口に防犯ベルが設置されている。これほどまでの厳重な警戒だ。音の鳴る仕掛けだけでなく、もっと驚異的な仕掛けも用意してあるに違いない。私ならそうする。
きっと空き巣に入られた前例があるのだろうな。今日はその想像だけで我慢することにして、私は何も盗らず帰宅した。
私は空き巣だ。今日食べる物にも困っている。自慢できることではないが、こんな生活を続けていることで防犯グッズ対策にも詳しくなってしまった。
だが今日狙っている家は何かおかしい。防犯ベルの数こそ多いが、こんなデザインのものはまったく見たことがない。
ここだって不景気な世間で暮らす家庭のひとつだ。無いお金を振り絞って旧世代の防犯ベルでも設置したのだろう。つまり、そうまでして守りたいものがあるのだ。
他人事ながら涙しながら、私は何も盗らず帰宅した。
私は空き巣だ。それも、かつて大企業の防犯グッズ開発部に所属しており、ありとあらゆる防犯グッズを熟知したエリート空き巣だ。手癖の悪さゆえに解雇されたが、盗みにも面白さがあることを知った。
だが今日狙っている家に私の持つデータは通用しなかった。防犯ベルが多数設置されているが、会社員時代、ライバル会社の製品も含めてありとあらゆる防犯ベルを研究していた私の知識のどれにも当てはまらない。
知らないのだから対処法もわからない。だからといって無闇に空き巣を決行するのは間違いだ。私はその辺の愚かな空き巣とは違う。
ここは撤退が正しい。私は何も盗らず帰宅した。
一夜明け、時計が正午を示した。件の家から賑やかなベルの音色が聞こえてくる。
「うちの子は本当に機械に強い。まだこんな小さい子どもなのに、また時報のベルを作ったんだ!」
「しかも作動は毎回時間ぴったり。毎日一斉に鳴らすとご近所さんに迷惑だから、今日のベルも電池を抜いて飾っておこうね。ああ、本当に天才!」
未来の大発明家は、照れくさそうに笑った。
寂しさ値
「人が感じている寂しさを簡単に数値化できる器具を開発したよ」
髭を蓄えた博士が言う。
「今回の治験ですが、この器具の使用で寂しさ値が正確に表示されるか、また数値を元にして行う解決手段の模索のため行われます。では、順にお並びください」
助手の説明もテキパキと行われ、実験開始。
「こういうの、なんか緊張するよな」
「そうっすね」
まだ世に出回っていない機器を身体に試すのだ。最初は緊張していたが、実際に行われたのは、機械に繋がった布を腕に巻き付けて少し締め付けるだけという、血圧測定のような内容だった。
「それでは、寂しさ値を発表します。1番さん68。2番さん56。3番さん75……」
測定できる最大値は100だという。私は40だった。上京1年目、友人との出会いにも恵まれ、幸い人間関係に困ったことはないのだが、やはりホームシックというのは実在するらしい。決して低い値ではないよ、と博士。
誰もが、人の温もりを願うものなのだ。
だからと言っても。
「それでは、寂しさ値改善のための実験会場に移りますので、こちらの貸し切りバスに10分ほどご乗車ください」
「報酬とは別、私のおごりだ。気にせず食ってくれ」
みんなで集まって喋って飲み食いして、寂しさ値が減るものだろうか。
遠慮なく喋ってという博士からのお達しもあり、その疑問も口にしたが、賛同者は多かった。
それから小一時間が経って。
「1番さん34、2番さん29、3番さん23……」
私は26だった。
「この方法での数値への反映は一時的なものかもしれないが、寂しさなんてそんなものだから。人との繋がり、忘れんようにな」
理屈はそうかもしれないけれど、納得いかないってば。
やはり他の被験者もそう思ったらしく、博士に詰め寄ると、一般人の知識はそんなものか、と一蹴された。
残りの時間、みんなで肉をたらふく食ってやった。