からっぴ

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 ゆずの香を描く

 ゆず、と言ったかな。東の国から伝来した果物。私はあれが嫌いだった。
「絵の具ごときでゆずの香りまでは描けぬだろう」
 小さな頃から芸術の道に進みたかった私は、卒業後間もなく、農家だった実家を飛び出した。
 私の絵を認めてくれなかった、頑固で野心家の両親。彼らが手を出した新事業、それがゆず栽培だ。しかし、この国でゆずという果物はウケが悪かったらしく、近年は赤字続きだった。
 家を出て数ヶ月が経ったある日。転々としていた職のうちのひとつの職場で、問題は起こった。
「画家さん、職場まで来てくれたところ悪いんだが、今日の仕事はもうないよ」
 理由を聞く。私がパッケージデザインをするはずだったのは、異国の果物シリーズと銘打った香水の新作。そのための材料調達で、道に迷った社長が農家との商談に2時間遅れてしまい、激怒され契約できなかったという。
 社員のうちの一人が、産地はここだよ、と地図を指し示す。
「ゆず、という果物らしい。知っているか?」

 この国で、あの場所で、ゆず農家。間違いなく私の実家だ。
 赤字続きは今も同じはずだ。それなのに、相手の遅刻に激怒して突き返すあたり両親らしい。私が一言連絡すれば結果が覆るかもしれないが、それは私の気持ちが許さない。
「その話、私に考えがあります」
 だから、私は絵筆を執った。

 それから数日が経って。
「農家さん言ってたよ。この絵からは今にもゆずの香りがしてきそうだ、熱意が伝わった、って!」
 私が描いたゆずの絵を携え、社長が向かった商談のリベンジは、遅刻することもなく大成功となった。
 この功績の甲斐あって、私はこの会社で正社員として働けるようになった。実家も収入が増え、うちの会社と良い関係を築けているようだ。
「今日、出来上がった香水を持って農家さんのところまでお礼に行こうと思うんだ。きみもぜひ来てほしい」
 社長が、生産者表示の写真を手渡して紹介してくれた。畑の前で満面の笑みの両親。
 もう、隠し通す必要もないかな。
「ええ、喜んで」
 今の私って、親孝行かな。それともまだ反抗期?
 何でもいいや。頑固で野心家な画家。それが私だ。

12/22/2024, 3:23:42 PM