ある家とベルの音
私は空き巣だ。私に金品を盗まれた他人の悲しむ姿を想像するだけで愉快なのに、金まで手に入るのだからやめられない。
だが今日狙っている家は厄介そうだ。ありとあらゆる出入口に防犯ベルが設置されている。これほどまでの厳重な警戒だ。音の鳴る仕掛けだけでなく、もっと驚異的な仕掛けも用意してあるに違いない。私ならそうする。
きっと空き巣に入られた前例があるのだろうな。今日はその想像だけで我慢することにして、私は何も盗らず帰宅した。
私は空き巣だ。今日食べる物にも困っている。自慢できることではないが、こんな生活を続けていることで防犯グッズ対策にも詳しくなってしまった。
だが今日狙っている家は何かおかしい。防犯ベルの数こそ多いが、こんなデザインのものはまったく見たことがない。
ここだって不景気な世間で暮らす家庭のひとつだ。無いお金を振り絞って旧世代の防犯ベルでも設置したのだろう。つまり、そうまでして守りたいものがあるのだ。
他人事ながら涙しながら、私は何も盗らず帰宅した。
私は空き巣だ。それも、かつて大企業の防犯グッズ開発部に所属しており、ありとあらゆる防犯グッズを熟知したエリート空き巣だ。手癖の悪さゆえに解雇されたが、盗みにも面白さがあることを知った。
だが今日狙っている家に私の持つデータは通用しなかった。防犯ベルが多数設置されているが、会社員時代、ライバル会社の製品も含めてありとあらゆる防犯ベルを研究していた私の知識のどれにも当てはまらない。
知らないのだから対処法もわからない。だからといって無闇に空き巣を決行するのは間違いだ。私はその辺の愚かな空き巣とは違う。
ここは撤退が正しい。私は何も盗らず帰宅した。
一夜明け、時計が正午を示した。件の家から賑やかなベルの音色が聞こえてくる。
「うちの子は本当に機械に強い。まだこんな小さい子どもなのに、また時報のベルを作ったんだ!」
「しかも作動は毎回時間ぴったり。毎日一斉に鳴らすとご近所さんに迷惑だから、今日のベルも電池を抜いて飾っておこうね。ああ、本当に天才!」
未来の大発明家は、照れくさそうに笑った。
12/20/2024, 12:54:19 PM