新年
娘は金色の細工模様がほどこされたカップを私の前に置くと、静かに去った。
カップは琥珀色の液体で満たされており、口に含むと軽やかな甘みが喉を通り過ぎていく。
あたりはなだらかな坂に沿って木々が植えられている。空は澄んでおり、時折風が葉を揺らす以外なんの気配もない。
新しい年のはじめはまだ手つかずで、ただ静けさを味わうことができるのだった。
クリスマスの過ごし方
水色の妖精は今年はじめてクリスマスを知りました。
ぴかぴか光る星たちが吊り下がったモミの木や、色とりどりの包装紙に包まれたプレゼントの箱。ドアの向こうからはおいしそうないい匂いがただよってきます。
妖精はそっと羽を震わせると、家の外に飛び立ちました。
雪がちらつく庭は大勢の妖精でにぎわっています。みな色はなく白い光を放っており、ひそひそと言葉をかわしながら家のドアを見つめているのです。
白い妖精達の言葉は全く聞いたことのない言語で、水色の妖精には理解できません。
水色の妖精はふいに雪だと思っていたのはあたりを飛び交う妖精達の姿であることに気がつきました。
白い妖精達はひとところに集まり白いかたまりとなりました。やがて大きな2つのはねに変わり漆黒の空に飛び立ちました。
おお、今年もちょうどいいタイミングだな。
突然空の向こうから現れた年老いた人間がそう言うと、はねはその人間の背中にぴったりはりつきました。
サンタクロースはいないと知った子どもたちの涙が白い妖精となり夜明け前にサンタのはねに変わることを、水色の妖精は後に知るのでした。
さよならは言わないで
切り絵で作られたクリスマスツリーを飾る。
7年目になる習慣だ。
毎年飾り終えると丁寧にしまっておいたせいか、最初のころと変わらぬ美しさだ。
漆黒の夜に金と白のツリー達。細部を眺めていると時が経つのを忘れてしまう。
あのとき彼女はわたしに本当のことを教えてくれなかった。ただ美しい紙をそっと差し出して、これを飾ってほしいと告げた。
わたしが喜んで飾りつけた3日後彼女は去った。後にはきらびやかな紙と気の抜けた日々が残された。
もう会えないとわかっていても毎年飾りつけるのをやめられない。木々の細かな細工の間から人懐こい瞳の彼女がこちらを覗いているかもしれないから。
切り絵に負けない美しい羽の持ち主の彼女は、これからもわたしのこころで生き続けていく。
手を取り合って
ひなびた田舎の海岸を歩いている。
言い過ぎに聞こえるかもしれないが私の故郷だ。
許してほしい。
足元に散らばる枯れた木の枝や錆びた鉄の固まり。
波打ち際には無数の貝殻が転がっている。かつては貝殻ではなく貝として存在していたのだろう。
私はなにも懐かしんでここに来ているわけではない。
故郷はとうの昔に記憶の底に放り投げた。何もなければ思い出しもせず、戻ってくることもなかっただろう。ここにいるのはそうしなければ立ち行かない理由が出来たからだ。
ざぶん。海からひときわ大きな波音が聞こえた。
迎えにきたよ。『それ』は言う。
久しぶりに見る『それ』は記憶より穏やかな声をしていた。私を2本足に変えた海の主。
もう海以外に残された場所はなくなるよ。帰ろう。
主はそう言って私をもとの姿に戻した。
ぱちゃん、と波音をたてて泳ぎだすと、魚は何事もなかったように主と寄り添って陸から離れ泳ぎ出した。
ささやかながらプレゼントを用意しました。
あなたがそう言うので黙って受け取り箱を開ける。
レジンで作られた小さな指輪。濃紺の宇宙に黄金の星たちがまたたいている。
右手の中指にそっとはめる。体のなかに清涼な空気が吹き込まれた気分だ。
指輪からあなたに視線をうつすと、あなたはもうこちらを見ていない。途中まで書き進めた図案を睨みつけながら考え込んでいる。あなたの世界にはもう私も星々も存在しない。
これは、これまでずっと繰り返されてきたこと。
わたしは再び指輪に目をやり、しばらくしてから指輪をはずす。
机に置き、あなたを見る。
あなたは相変わらず図案に夢中だ。わたしはそっと部屋を出る。
ここまでは同じ。これまでずっと繰り返されてきた日々。
でも今日わたしはここを出て二度と戻らない。
あなたにも指輪にも支配されない一歩を踏み出すために。