人生はちょっと平凡でちょっぴり退屈なんだと思う。
外に出ればゾンビが襲ってくる心配もなければ、トラックに轢かれそうな子供を助けてそのまま違う世界に…なんてこともない。
ここは、現実の世界なので剣も魔法も使えなければ存在すらしない。
私が死ぬまでに宇宙の謎は時明かされることは無いので謎のままだし、宇宙侵略を目論む悪の組織もいない。
幼なじみのかっこいい男の子もいないので、当然少女漫画みたいな初恋も始まらない。
やっぱり人生は平凡でちょっぴり退屈だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大好きな場所がある。
家が近く幼い頃から行きつけている場所。
楽しい遊具がなどがあるわけじゃない。
そこは公園じゃないから。
なにか幼い頃からの約束の場所なのかと言われればそんなんじゃない。私に幼なじみというものは存在しないから。
じゃあ、その場所のなにがいいのかって言われれば四季がわかること。
春になれば満開の桜が咲き、夏になれば濃ゆい若葉が茂る。秋になれば枯葉となり散っていき、冬になれば見ているこっちが寒そうになるほど丸裸になっている。
そんな当たり前じゃない毎日の風景が私の退屈を少しは和らげてくれる。
少しの幸福と少しの不幸の隣り合わせで気付けば、私は死んでいるのだろう。
それも人生だから仕方ない。
「ねぇ、ここの近くに住んでいる子?」
不意に声がした。
それはいつも食べる料理に少量の塩を入れられた気分だった。
「あっ…怪しいもんじゃないよ。僕は最近ここらに引っ越してきてさ」
私が通っている近くの高校の制服を身にまとい、胡散臭いばかりの笑顔を撒き散らしている。
人は見た目が9割。
世間一般的にそう言われているのなら世間は彼のことを人目見た時にイケメンの部類だと思う。
打って変わって私が思う彼の第一印象は最悪なのだろう。
「だれ?」
「だれ?って言われるとなぁ…あっ!宇宙を侵略しに来たものです」
「……」
「あれ?面白くなかった?じゃあ、僕は異世界から来たんです。だから魔法が使えますよ」
「……」
「これもだめ?だったら……」
「もう大丈夫です。充分やばい人ってわかりましたから」
前言撤回したい。
これは、いつもの料理に少量の塩じゃなく大量のデスソースを入れられたのだ。
こんな理解に苦しむ人間が本当にいたんだ。
「私…もう帰ります」
「あっ…」
イケメンがいても頭がおかしい人がいても私の人生は変わらない。
日常にほんの少しだけいつもと違うことが起きてもそれは変わらないのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ややっ!また会ったね?」
「頭が…イカれてる人…」
「うわー!頭がイカれてるって初めて言われた!なんか…思っていたのと違う!とか変わってるとかそんな人だと思わなかったって言われることは多いけどさ」
「なんか告白していないのにフラれた気分になるだ」と何処と無く嬉しそうに喋る彼にやっぱり頭がイカれてると思ってしまう。
「ねねっ!僕は君と出会って次の日から考えたんだ」
「期待してないけど…なにを?」
「君ってなにか世界の重要な秘密を握っている組織の一員だったりする?」
「違います」
「だったら、あれだ!お金持ちのお嬢様!ツンデレで素直になれなくて寂しさ紛らわすためにここに来てるんでしょ?それで僕と出会った!」
「違います」
「まさか有名な顔出しNGの有名な人だったり…?」
「違います…さっきから一体なんなんですか?」
彼が言う台詞は日常じゃ有り得ない。
まるでドラマやアニメ、小説の中に出てくる者を探しているみたいだ。
「一体なんなんですか?ってそんなの簡単だ。君に運命を感じたから。だってこんな広い世界の小さな島国。その中の小さな村の名前のないこんな場所で君に出会えた。僕の日常は平凡だ。退屈だ。だからずっと考えてた…」
日常が平凡で退屈。
それは私もずっと考えてた。
私が生きる世界は周りと違う。
「僕が生きる世界は周りと違うんだって。君もそうなんだろ?」
「いつも考えてた…朝、ドアを開けたらゾンビが襲ってくる世界だったらって」
「わーお。そしたら間違いなく僕らはゾンビに噛まれてゾンビになっちゃうね。狙撃が得意なわけじゃないしFBIでもない。ただの一般人。僕らは間違いなくバッドエンドだね」
「トラックに轢かれそうな子供を助けてそのまま違う世界に行くとか…」
「その前にトラックに轢かれそうな子供を助けるだけの度胸がないからなぁ。人は誰だって死は終わりを指すだろう?あーあ。分岐があれば助かるのに。こちら異世界行きですって」
「宇宙の謎は私が死ぬまでに解明されないし宇宙侵略を目論む悪の組織もいない」
「宇宙は謎のままがいいんじゃない?解明したらもっと人生退屈になっちゃうよ。それに宇宙侵略を目論む悪の組織は僕です。絶対に」
「幼なじみのかっこいい男の子がいて…少女漫画みたいな初恋が始まるんだ」
「それは困る!!少女漫画だったら初恋は必ず叶うし幼なじみとの恋愛は王道だ!最近ここに引っ越してきた僕は確実に当て馬キャラってやつだろう?!君が他の誰かと結ばれたら君はハッピーエンドでも僕はバッドエンドだ…」
「えっ……とそれって」
「そうだよ!僕らはこの世界に抗っていかないといけない。このままじゃ、何も変わらずに終わる!」
相変わらず胡散臭い笑顔を浮かべて微笑む彼がいても、私の人生はちょっと平凡でちょっぴり退屈なのだろう。
「目指すはハッピーエンドかな!悪の組織でも幸せになれるって!君は参謀ね!」
「絶対に嫌です」
でもこの先、そんな日常が少しは変わる気がする。
「東京にいこう!私たちの夢を叶えにさ」
誰も知らない誰もわからない片田舎のアパートの一室。
中学が同じだったわけじゃない。
高校が同じだったわけじゃない。
友達の友達。共通の友達みんなで1.2回遊んだ共通点のない2人。
「いいね。東京か。夢はでかくだよね」
そんな共通点がない2人だったのに。
「どうせいつかは東京に行くんだし!それが遅いか早いかだけの話し!」
多分、2人は出会わなければ終わるはずだった夢。
共通点のある夢じゃない。
でも、2人で高め合えることが出来る夢。
そう、決意して1年。
「今、出来ることしているんだ。あっちの学校に行ったら私よりも年下の子達がいて私は年齢的にも厳しいから…だから今、出来ることしているんだ」
「私たちは頑張っているよ」
深夜2時。
内緒で停めた第2駐車場の車内で2人して語った夢。
車内から見える真っ黒で星もない空だけが私たちの共通点だった。
「あっちに行ったら何したい?」
「まずは、1ヶ月間の中で何も無い日を2人で1日は作る。その日にアニメ観たりゲームしたり…」
「ゲームはめっちゃしたい!」
「そういえば、この間のゲームプレイ時間290時間以上になってたよ」
「まじか…。いつの間にそんなにしてたんだろう」
ただの夢の話。
その夢の話をする時間が楽しかった。
今はまだ夢でしかないけどそれがあったから私は頑張れた。
あと、上京まで半年。
大切な人を亡くした今。
社会の常識に囚われた今。
「ごめん。難しいかも…どうすればいいんかな。意気地無しでごめん」
初めて聞いたその言葉。
私がいつも言っていた言葉を君が言ったから。
人間、完璧な人はいない。
今、私たちは…私たちの夢はもう夢のままじゃない。
何も知らずにいたあの頃のままじゃない。
2人で語っていたあの日のままじゃない。
「謝らなくていいよ。私もごめん。今から会う?」
深夜2時。
私たちは何も変わらない。
2人で会う時間もこの車内の心地良さも。
「でも這いつくばってでも行きたいよ。2人で叶えるって決めたから。2人で隣に立って見たい景色があるから」
「私たちの心は何も変わってない?」
私たちはもう後戻りはできない。
「変わったことがあるなら尚更、夢を叶えなきゃって思ったけど?」
私たちの夢は、3年前に捨てたはずの夢達だ。
私の心の中で消えるはずだった夢。
頑張れとは言わない。
夢の話をすればみんな良いように言う。諦めろと言う。なれないという。なれなかった時どうやってお金を稼ぐの?という。
知っている。
お金が大切なことも諦めろと言う理由も全部全部知ってる。
ただの夢の話をしている時が心地いい理由も知っている。
でも、それすらも凌駕するほどの夢を生きる目標にしている事も知っている。
だから今、夢を追いかけているあなた。
夢を見たらもう後戻りはできない。
私の心が、あなたの心が1番わかっているはずだ。
「間宮…お前は本当に才能があるなぁ!」
「ありがとうございます」
興味もなかった。
ただ、部員が足りないと言われて友達を助けるために入った部活の顧問に言われた一言。
「本当にうちの美術部を救うエースだぞ!お前は!」
「あー…そうですか…」
目の前に広がるなャンバスに目線を落とした。
今、描いているのは特段興味もない、変哲のない校庭。
ただの水彩画。描くものなんてなんでもいい。
ただ描いて提出すればそれで終わるだけだから。
「本当に入ってくれてありがとう〜。うちの学校って運動部に力入れてるじゃんか…だから文化部が生き残るの難しいんだよね〜。でも、あんたが入ってくれて大賞取ってくれたからうちの部活は安泰だよ!」
「なら、よかった」
「あんた…やっぱり大学は美術系に行くの?」
「いや、別に絵描くの嫌いじゃないけど…好きでもない」
「もったいないよ!!そんなに上手いのに!あたしだったら迷わず行くんだけどなぁ。あっ!今度オープンキャンパスでも行ってみる!?あんたなら…」
友人の声が遠のいていく。
いや、私が聞きたくないだけなのだ。
なんで絵を描いただけなのに、誰が決めたのかも知らない賞をもらっただけなのに、私の将来が決められているのか。
私は別に絵が上手くなりたいなんて望んだわけじゃない。
将来それで食っていこうなんて思っていない。
ただの周りの評価なだけなのに。
私の将来はもう決められているみたいだ。
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将来の夢というものは本当に厄介なものだと思う。
幼稚園の頃は将来の夢を言うだけで良かったのに、大人になればそれを叶えるために追わないといけない。
追ったとして叶う確率は1万分の1以下。
1万人いても誰一人叶わずに終わる。
だから本当に厄介なものだと思う。
「咲良…イラストレーターになりたいって言ってもな…お前どうやって生活していくんだ?」
「バイトで働きながら…イラストレーターの専門学校に…」
「咲良…お前現実を見ろ。お前の親御さんは就職して欲しいって言ってただろう?大学、専門学校に出せる費用もないって…」
「だから、バイトで働きながら夜間でも…なんでもいいからあたしはイラストレーターの専門学校に…」
「現実は甘くない。そもそもお前…イラストレーターって言っても美術部にも入ってないだろう?実績もないんだ…、あっ、そうだ!お前…専門学校や大学考えているなら音楽系はどうだ!ここらだとあの有名な音楽大学から推薦…」
先生の声が遠のいていく。
いや、本当は自分自身がよくわかっている。
だから聞きたくないだけ。知りたくないだけなんだ。
少し周りより遅く夢を見てしまっただけなのに。
将来それで食っていこうなんて大それた事は思っていない。
ただの周りの評価なのに。
あたしの将来はもう決められている。
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クラスメイトに咲良さんという女の子がいた。
初めてその子を意識したのは音楽の授業。
近々ある学年音楽集会に向けて、みんなが歌うパートを決めようとなった時だった。
先生が1人で歌うのはみんな緊張するからと3人1つのグループになり先生の前で歌わされた。
私は咲良さんとは同じグループになった。
咲良さんは人目を引く容姿をしている。
アニメとかドラマとかでよく見る黒髪美人。
所謂、美少女だった。
隣には同じ部活の友達。気まずかったと思う。
私も友達も咲良さんと話をしたことがない。
当の本人は楽譜をただ見ているだけ。
「歌か……私はあまり好きじゃないんだよね」
「そうなの?私は歌好きだけどな」
「えっ!?あんた…絵だけじゃなくて歌までいけるわけ?天は二物も三物も与え好ぎ!」
「いける…ってわけじゃないけど。歌うことは好きだよ」
ただの真っ白な紙に絵を描くより何百倍も好きだけど。
口が裂けても言えない言葉を私は呑み込んだ。
「あっ、私たちの番だ!いこう!」
友達に急かされて私も立ち上がる。
咲良さんも後ろをてくてくと着いてきていた。
「じゃ、この音程で歌ってね」
先生がピアノで音程を短く鳴らしてくれる。
それに続き私達も歌い始める。
「さ、咲良さん…あなた音楽部だった?」
歌い終わると先生の焦った声が咲良さんに集中した。
「いえ。違います」
「あなたなら音楽大学の推薦もらえるわよ!そんなに歌上手なら音楽部に入ってくれれば良かったのに!!」
「音楽は興味無いです」
「もったいないわよ!そんなに上手なのに!」
咲良さんは困った顔をして先生との話に丁寧に答えている。
心底、羨ましいと思った。
私が歌っても周りは何も言わない。私は歌を歌いたい。
同じ芸術でも違う。なんで私は絵なんだろう。
これが歌だったら…何度も考えては辞めてしまう。
「咲良さんめっちゃ歌上手いね。びっくりしちゃったよ」
「あ……そ、そうだね」
「私もあんたもなかなか上手かったよ!でも咲良さんがレベチ過ぎたね〜」
「あ、ははーそうだね」
将来の夢ってなんで叶わないんだろう。
本当に厄介だ。
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「あなたは…なんで美術系の大学に行かないの?」
「えっ……あぁ…咲良さん。急にどうしたの?」
放課後。
先生との面談が終わり教室を出ようとした時だった。
咲良さんに呼び止められた。
綺麗な黒髪に二重の大きな瞳は日本人じゃ珍しい茶色。
カラコンも入れていない天然ものだ。
「単刀直入に言うとあたしはあなたが心底、羨ましいです。そんなに絵が上手いのに。あなたの作品を見ました。大賞を取ったあの作品。あたしもこれだけ書けたらと思いました。だから疑問なのです。あなたがなぜ大学に行かないのか」
「ええっと…私は別に絵を描きたいとか思ってないと言いますか…」
「宝の持ち腐れと言うものですか?」
「いやいや、それを言うなら私は咲良さんの方が羨ましいよ!歌上手いし…芸能人になれるぐらい可愛いし…」
「歌うことに価値はないですし、人間みんな衰えていくものです。容姿も変わっていくのです。あたしはイラストレーターになりたかった」
「そんな事言われても…私だって歌手になりたいよ!でも…人並みだから…」
教室のど真ん中で私と咲良さん。
絶対に普段なら関わらない私たちがこうして話をしている。
内容は、お互いの将来の夢。
「あたしは絶対に諦めたくない」
「私も!まぁ、今さっき先生から美術大学進められちゃったけど…私の家は費用出してくれないだろうしって…」
「あたしは音楽大学を勧められましたけど丁重にお断りしました」
「ふっ…なんだろう。初めて咲良さんと話したけどかっこいいね。私には無いものを全部持っていて…やっぱり羨ましいよ」
「あたしもあなたは羨ましいです。あなたが描く世界はあたしの目標ですもの」
「私たちって…お互いが持っているものを欲しがっていたんだね。どっかで共有出来ればいいのに」
「共有……それです!!!」
咲良さんは私の机をドンッ!!と叩くと1人で楽しそうに笑いだした。
「さ、咲良さん…?」
「間宮さん…あなたは音楽の大学に行きたんですよね?」
「うん、まぁ…行けたらだけどね」
「私はイラストレーターの専門学校に行きたい。でもそれにはお金が必要で間宮さんもお金が必要。ここは2人で協力しません?」
「ええっ!あ、危ないことはナシで!!」
「危ないことはないです。動画配信なんてどうですか?コンテンツは歌。あたしずっと考えていたの。歌を歌ってお金を稼いでそのお金で専門学校を」
咲良さんはスマホで人気の動画配信アプリを開く。
アカウントはもう作ってある。
急上昇には、歌やゲーム実況など様々なジャンルの動画があがっている。
「ええっ!!でもそしたら咲良さんにおんぶにだっこだけど大丈夫?」
「いえ、間宮さんにはイラストレを描いてもらいます。私が歌って間宮さんはイラスト。それで稼いで2人で大学、専門学校に行ったらいいのです。私たちは才能があります。お互い、ないものねだりな才能ですが。さぁ、どうします?」
咲良さんが私に手を差し出してきた。
この手を取れば私は音楽の大学に行ける。
でも、動画配信サイトで売れればの話だ。
大きな賭けになる。まだ、卒業まで時間は確かにある。
でも、それでも夢物語な賭けになる。
「夢を追いかけて叶う人は1万人いて1人もいない。そんな確率なのだから…どうせならやってみる価値はありますよ?」
「わ、私は…」
本当に夢というものは厄介なものだ。
でも、ないものねだりな才能を持つ私たちも同じくらい厄介なんだろう。
「明日、雨降ると思うよ」
人気のない錆び付いた遊具が、並ぶ小さな公園のベンチに座っていると急に鈴の音のような声が聞こえた。
その声を辿ると目の前に見慣れない制服を着た私より年上だろうか…凛とした顔で空を見ている女性がいた。
「えっ……と…」
「雨降ると思うよ。だから帰った方がいいかも」
綺麗な瞳の中に無機質な表情が見える女性を私は3度見してしまった。
「あっ…私に言ってるんですね…」
「……」
不気味すぎる。
この一言に尽きた。
知らない女性に話しかけられているだけでも、頭の中にクエスチョンマークが浮かぶのに、それ以上女性が喋ることはなかった。
気まずくてなり何か会話を…と思ったが話のネタなど持ち合わせていない。
「えっと…私…帰ります。ありがとうございました」
そそくさと荷物を持ち公演を出ていく。
今日は、1人になりたくて公園に来たのに変な人に会ってしまった。
その後の天気は曇りのままだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
教室は今日も騒がしい。
1つの机を囲んでカースト上位…所謂派手目な子達は、メイクに自分磨きにと忙しそうにしている。
教室の隅の方では、静かに本や勉強をする子もいれば、好きなんテレビの話に花を咲かせている子もいる。
どこに属さない…いや属せないのが私だ。
教室の後ろの隅で小さく息を潜めて今日も過ごしている。
昔から苦手だった。人付き合いというものが。
楽しそうに話す事に強く憧れを持ってはいるが、行動に移せない。
「一言、勇気を出すだけで世界は変わる」らしいが現実はそうじゃない。
一言を発するだけがどれだけ難しいかを世界はわかってくれないみたいだ。
「今日も…一人になりたいなぁ」
教室は私、一人置いて今日も騒がしい。
「あっ…」
放課後、また一人になりたくて来た昨日の公園に先客がいた。
私を見るなりその人は興味無し。…といった風にそっぽを向いた。
昨日の人だ。瞬時に脳が判断する。
頭の中でぐるぐると闇鍋のように色々な感情が混ざっていく。
この公園が悪い。ベンチがここだけにしかないことが悪い。
「座れば…いいのに…」
「へっ…!あ、ありがとうございます…」
久しぶりに誰かに言った感謝の言葉は薄く消えていった。
この人の隣に座るとふわっ…といい香りが漂った。
美人は、香りまでいいのか。と変態じみた考えを消すように私は地面を見続ける。
「あ……雨が降る…」
「えっ…雨ですか…」
彼女は雨が降ると昨日も言っていたが曇りのままだった。
小学校や中学の時にいた「私、幽霊が見えるの…霊感があるの」と言っていた胡散臭い同級生を思い出してしまった。
もしかしてこの人もその類なのでは?と考えてしまう。
「昨日…雨降ってないですよ?天気予報の勘違いですよ」
「天気予報は見てないよ。私は雨の音がわかるの」
にわかには信じ難いその発言に私は、どう返答をすればいいか迷ってしまう。
「何も言わなくていいよ。私は人と違うってわかってるから。みんなと同じになれないってわかってる。だから気付けば一人を選んでる」
「あっ……そ、その気持ち私も何となくわかります!クラスにいる時に特に…。私もメイクの話ししてみたいし、ドラマとかアニメの話しをして盛り上がりたいなって思ってて…でもやっぱりひとりがいいなぁって思っちゃって1人を選んで…」
「そう。あなたもそうなのね」
私の顔など一切見ずにその人はただ空を見ているだけだった。
「あの…よければ…またここで会いませんか?」
隣を見れば、驚いたように見開く綺麗な瞳と目が合った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「今日の天気はまた曇りか……」
下校途中、スマホの天気予報アプリが知らせるのは朝から変わらずの曇り。
「今日も先輩は「雨が…降る…」って言うのかな〜」
錆び付いた遊具が並ぶ小さな公園で出会ったあの人はどうやら2つ上の3年生だった。
あの日から先輩に会うのが恒例行事になりつつある。
いつもじっと空を眺めては「雨が…降る…」という発言をするものの雨が降る気配は微塵もない。
でも、その台詞を聞かないと一日が始まり終わったと実感しなくなってきた。
なんだかんだ私は先輩と会うのを楽しみにしている。
友達と言われればなんだが違う気がして否定したくなるが、私と先輩はそもそも友達ですらないのかもしれない。
「あ…先輩!」
公園の入口から見えるいつものベンチに先輩は座っていた。
相変わらず見た事のないセーラー服を見に纏い、長く綺麗な黒髪の毛先を指に絡めては解いてを繰り返している。
こんなに綺麗な人は私の学校にもいない。
綺麗な人をみた反射なのか胸が少しざわめいた。
「今日もいたんですね」
「家には帰りたくないから…」
「えっ!?何かあったんですか?」
「多分…もう私はここに来ることは出来ない」
「えっ……」
「だから…最後に会えてよかった」
まだ出会って1週間ほどしか経っていないのに。
この瞬間、私は先輩の綺麗な笑顔見た。
この笑顔が最後なんて…。
「嫌です!!私はまだ色々話したいことがあるのでっ!だってまだ…まだ…」
気付けば目から涙が零れていた。
何を喋っているのか自分でもわからなくなるが、先輩に伝えないといけない…そんな気持ちが先走っていく。
「まだ…出会ったばかりですよ?もうさよなら…なんて…」
「はい…」
「えっ…か…さ…?」
「じゃ…ね。これから雨降るから」
先輩は泣きじゃくる私を置いて行ってしまう。
その後ろを姿が頭から焼き付いて離れなかった。
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教室は今日も騒がしい。
私、一人残して。
あれから先輩とは会っていない。
あの公園にいない。
毎日毎日、あの公園に足を運ぶが先輩はいない。
本当に世界から外されみたいだ。
「あー!ここの制服可愛いよね」
「隣町の南高でしょ?セーラー服いいなぁ」
「えっ!?ごめん!ちょっと見せて!」
いつもならBGMのようなクラスメイトの声も今日は鮮明に聞こえた。
「えっ!あなたも興味あるの?可愛いよね!ここの制服」
「隣町の南高よ!私の従兄弟が通いたいって」
クラスメイトの子がみていた学校の紹介雑誌を見てみれば、先輩の制服が見える。
セーラー服。やっぱり先輩が来ていた制服だ。
「あの…ここに行きたいんだけど…」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
バスから降りてみれば、南高校と書かれたバス停とでかでかと立派な校舎が見えた。
ここに先輩がいるはず。
他校な事もあり中までは入れないが…外から校舎を見てみる。傍から見れば怪しさ満点だがそんな事言ってる場合じゃない。
「先輩に会わなきゃ…」
「なんで……ここにいるの…?」
「せ、先輩…」
セーラー服を見に纏いこちらを見つめる先輩がいた。
「先輩!私、その先輩に会いたくて…その…!」
私が声をあげると先輩はなぜか俯いている。
「あの…これ返します。あのあと…とんでもなく雨が降ってその…」
「雨が降るって音がしたから」
「あれ…でも天気予報は曇りって」
「今日も…雨…降るから」
いつものように天気予報アプリを開けば、曇り…ところにより雨だった。
「ところにより雨?」
「降るから」
そう先輩が言った瞬間雨がポツポツと降り出した。
先輩は静かに私が返した傘をさした。
その姿すらも綺麗だ。
「入らないの?」
「えっ!?あ、ハイリマス」
いつもより近い距離にいるせいか胸がドキドキする。
先輩の息遣いや香りが近い。
「なにか…言いたいことあったんでしょ?」
「えっあ!?そう…でしたね。これからも…その…会って欲しいです!…って事を伝えたくて」
「どうして…?」
「いや!それはやっぱり…先輩とはなんか気が合うと言うか…ほら先輩の天気予報当たるし」
「また明日降るから」
「えっ!?明日は晴れですよ?」
「ううん。降るから。また明日も聞いてね」
そう言って先輩はいつもと同じように空を見上げた。
私も同じように天気予報のアプリを見てみた。
「明日は晴れで……ところにより雨」
先輩の天気予報は最初から当たっていたのか。
世界はきっとシンプルなんだ。
悪は悪。正義は正義。黒は黒。白は白。
男も女も性別という壁に隔てられ真っ二つにされている。
そう、世界はきっとシンプルなんだ。
あの日は日差しがいつもより暑く、身体がジリジリと焦がされていた。
汗が止まらず顔の輪郭をなぞる。
「あづ〜…新さぁ…なにか飲み物ないの?」
「いや、ないね。持っていても真にはやらないからね」
「ひどぉ…親友様が暑くて溶けてしまいそうなのに見捨てるなんてさ」
「だって持っていたら飲むだろ?」
「そりゃそうだろ?新の飲み物はもはや俺のものってなっ!」
無邪気な真の表情に目が奪われる。
真は知らない。何も知らない。
数学も社会も万年30点の赤点ギリギリ回避の真の事だ。
「はやく回答を書けよ」
「いでっ!次は暴力なのかよ。新たって…可愛い顔して可愛くないよなぁ」
「可愛くなくて結構。僕は男だし」
「ふーん。あっ、そう」
聞いていて興味無さそうにシャーペンを動かすその手を見つめてしまう。
僕よりも断然大きい手がそこにある。
何も知らない癖して残酷な事を言ってくる真が嫌いだ。
「でも、良かったよ。次さ赤点取ったらレギュラーから外されちまうから。新たが隣に居てくれてよかった」
「っ…。そ、その割にはいつも赤点ギリギリ回避なのだけど?」
「あっははっ!それはそれ!赤点取らなければなんでもありなんだって!」
世界はシンプルのはずだ。
男は男で。女は女のはずなのに。
友達は友達のはずだ。僕らは友達で…親友で…。
真っ二つになっていたら簡単なのに。
境界線があれば簡単なはずなのに。
こちらから先は親友じゃないって友達じゃないって。
でもそれがわかったとしても…きっと僕の世界はシンプルじゃないんだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「またフラれた…」
「毎度思うけど…こっちのクラスに来て言う言葉がそれかよ」
退屈な3限目が終わったのと同時に、クラスの扉を開けて我がもの顔でズカズカとこっちのクラスに来た真にため息が出る。
「だってぇ…慰めてほしいじゃん。労わって欲しいじゃん。親友ならわかってくれよぉ!」
「親友ならこっちの苦労もわかれっての。お前が来るとクラスで目立つから嫌なんだよ」
「たりめーだろ?俺はなんたってモテるからな!」
「なのにフラれるのかよ」
「傷を抉るなー!!」と叫ぶ真を無視して僕は次の授業で使う教科書を机に出す。
「「親友ならわかってくれよぉ!」」と先程の言葉が胸に渦巻く。それはこっちのセリフだ。
わざわざクラスにやって来てはフラれた話をされる度に、安心する自分と同時に、いつかは真にも出来るであろう彼女という存在に嫉妬する自分に押し潰されそうになる。
「真にとって僕の存在って?」
そんな言葉…死んでも言えない。
聞きたいけど聞きたくない。ってこんな気持ちなのか。
「ほら、次の授業始まるから。さっさと戻って!」
「えー…次こっちは数学だしぃ。めんどくさいし。だるいし。あっ!一緒にサボっちゃうか?」
「めんどくさくないし。だるくないし。サボらない。はやく戻って」
「へーい。新たちゃんは真面目ちゃんなんだからぁ…」
渋々と立ち上がりクラスから出ていくその背中をじっと見てしまう。
「本当に真くんってかっこいいよね」
「わかる!部活でも1年生の時からずっとレギュラーらしいよ。ちょっと勉強出来ないところも可愛いし」
ちょっとどころじゃない。真は勉強なんて全く出来ない。
僕がいなかったらそれこそレギュラー外されているし、何より2年生になれていない。これは断言出来る。
「今度、教えてあげる?」
「わかる!それきっかけで仲良くなれたりして?」
「きゃー!!!どうしよ!次の国語頑張ろかな?」
いや、間に合ってます。大丈夫です。と言いたい気持ちを抑える。そういえば真って…
「国語だけは教えなくてもそこそこいい点数なんだよな」
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「かくとだに えやは伊吹の さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを」
「はい?」
「だから…かくどだに えやは…」
「わかった!わかったから…だからその歌がなに?百人一首だったよね?」
お昼時間。
いつも通り2人でご飯を食べていれば、急に思い出したように百人一首を言ってくる真に警戒心が出てくる。
「まさか、次は国語まで教えろって言うんじゃないだろうな」
「いやいや、この歌って俺のための歌だよなーって」
「どこが??」
この歌って確か、好きとか愛しているって気持ちを伝えられないみたいな歌だったかな。
言いたくても気持ちを言えないみたいな。
「まさか…また好きな人が出来たとか言うんじゃないだろうな?」
「違う違う!そんなんじゃない。それに…」
「「俺は好きな人を忘れるために恋を探しているんだからさ」」
好きな人を忘れるために恋を探している。
ぐるぐると誠の言葉が脳みそを埋め尽くす。
お陰様で5限目も6限目も授業に集中出来なかった。
僕でも知らない…好きな人がいるのか。
やっぱり可愛い子なのだろうか。
それとも綺麗で清楚な子なのだろうか。
斜め上を考えてギャル系も有り得る。
有り得ないのは……
「おーい!新!帰ろうぜぇい!今日はなんと部活無くなってよぉって…」
「うる…さいっ!僕は…今日は…ひとりで帰る!」
「はぁっ!?なんで!おっとと!帰さねーよ!」
「うるさい!僕だって真と帰らないし!」
「なんだよ?俺しか帰る人いないだろ?」
扉を塞ぐ真に少しのイラつきを覚える。
真はなにも悪くない。
この気持ちに悪も正義も関係ない。
この気持ちを解く数式もなければ、紡ぐ言葉もない。
それは僕らが友達だからなのか。親友だからなのか。
それとも男という同じ壁の中にいる存在だからなのか。
「僕だって真以外に帰る人いるし!」
「は…?」
簡単な話しだったのかもしれない。
さっさと気持ちを捨てれば良かったのかもしれない。
他に過ごす人を作れば…真みたいに忘れるための恋をすれば簡単だったのかもしれない。
そしたらいつも通りの世界になる。
簡単でシンプルで。数式でも解けるし言葉も簡単に紡ぐことが出来る。
「真…手を離して」
誠を押し退けて扉を出ようとしたが、真の手によって足を進めることが出来なくなる。
「だれ?だれなんだ?同じクラスのやつではない事は確かだ。だれなんだ?お前と仲良くなれる命知らずなやつって?」
「いたっ…ま、真…手が痛いって。離せって…」
「離さない。なぁ、だれなんだよ?それとも他高か?」
「そ、そんなこと真に関係ないだろ!」
「関係ないわけないだろ!お前が……他の奴と帰るなんて俺…」
真の言葉は徐々に小さくなっていき僕にも聞こえない。
俯いているため真が何を考えているのか僕は読めずにいた。
「痛いから手離して」
「離したら…お前は他の奴と帰るんだろ。そいつと付き合ってるのか?」
「だから、僕が誰と帰ろうと誰と付き合おうと勝手じゃんか!なんで真が介入してくるんだよ!」
「当たり前だろ!お前が俺以外と帰るの許せる訳ないじゃん!!それに付き合うとか……俺を差し置いて……俺のほうがずっと好きだったのに」
ズルズルと床に落ちていく誠を見て僕は頭が真っ白になった。
好き?すき?寿司?
いやいや、寿司だったら簡単な話しだったのに。
「新……お前にとって俺の存在って?」
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世界はきっとシンプルなんだ。
そうじゃなきゃ…おかしい。
悪は悪。正義は正義。黒は黒。白は白。
男も女も性別という壁に隔てられ真っ二つにされている。
「なぁ、今度練習試合あるからさ新の作ったお弁当食べたいなぁって」
「なんで僕が試合を見に行く前提なんだよ」
「そんな事言っても健気で可愛い可愛い新くんは来てくれるのでした」
「健気で真面目で優等生な新くんは練習試合を観に来ないのでした。次の日の英語の小テストに向けて家で勉強をするのでした」
僕らのこの親友という関係性も。
僕らの存在理由も。
「ちょっと…ええっ?!小テストあるの嘘だろ!!英語って同じ先生が教えてたよな!?新〜今日…頼むよ」
「嫌だね。練習試合の方が大切なんだろ?」
「えっ!教えてくれていいじゃんか…俺の存在って新にとってなんなのさぁ〜」
「そうだなぁ………特別な存在…かな」
「ちょっ!お前そんな恥ずかしいこと急に言うなよ!」
そう、きっと世界は僕が考えるよりもずっとシンプルなんだ。