ありす。

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3/23/2024, 3:45:15 AM

その瞬間、死を惜った。不感議な感覚だった。
生暖かい水の中に包まれたような。
右腕がジンッ...と燃えるように熱く感覚もなくなり身体が軽くなっていく感覚だけが消えずに残る。
人間死ぬ瞬間何を思い浮かべるのか。
私は……

あるおまじないアプリを友人が知っていた。

そのひとつに不安を消すおまじない。がある。

小学生の頃によく聞いたおまじないみたいなものだ。
例えば、好きな人の名前を消しゴムに書いて誰にも見られずに全部使い切る。
そうすれば好きな人と両想いになれる。
絆創膏を貼るだけで好きな人と両想いになれるおまじないもある。

そんな小学生の頃によく聞いたおまじないの類い。

「ねぇ、それ本当に効果あるの?よく聞く子供向けの馬鹿みたいなおまじないみたいだけど?」

「あるに決まってるじゃん!僕が言うから間違いないよ!」

昼下がりの午後、次の授業が英語の発表会という事もあり、私はいつものように不安と緊張が胸を覆い尽くした。

「本当に効かなかったらあんたの撲殺するよ?」

「ええー!僕殺されちゃうの?!」

「だからおまじないが成功すればいいんじゃない?そしたら私もあんたを殺さなくて済むよ?世界の希少種なんでしょ?僕っ子は」

「ううう…それは言わないで…我ながら痛いから」

「あんたは殺しても殺してもしぶとく生きそうだけど…で、どうするのよ…その不安を消すおまじないというものは?」

「えーとね」

素早くスマホを操作すると私にスマホ画面を見せてくる。

「貴方の悩み叶えます…?おまじないの館エム?なにこれ!?うさんくさっ!!」

「騙されたと思ってしてみてよ!これ…凄いんだよ……僕もね…僕もね…ふふふっ」

ゾクリと感じたことの無い違和感が背筋を駆け巡る。

「ねぇ、ねぇ…大丈夫?僕の顔なにかついてる?」

「い、いや…なんでもないよ…うん。大丈夫」

私はこの違和感に気付かないフリをした。
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「凄い…おまじないって効果あるんだね」

「もっと褒めてくれてもいいんだよ!なぜなら僕が見つけたしね!」

下校中、調子に乗った友人を無視して私はスマホの画面に目を移す。

(貴方の悩み叶えます。おまじない館エム。貴方が今日行ったおまじないは「不安を消すおまじない」今日中に納豆を食べてください。それがおまじないの代償です)

「納豆食べるだけでいいだなんて…いいおまじないだね」

「僕も「記憶力のおまじない」をしたからさっきの英語さ勉強してないのにペラペラだったよ!僕も今日中に……」

「ん?」

何かをボソボソと喋る友人だったが内容までは聞こえない。なんだろう……私と同じように何かを食べるのだろうか。

「あっ…?あ、雨?」

ポツポツと雨が頭のてっぺんを濡らしていく。

「「雨が止むおまじない」あった気がする!」

「えっ?またおまじない?やり過ぎじゃない?」

「大丈夫ブイ!どうせ代償はそんなに難しいものじゃないし!僕…傘持ってないしね」

スマホ画面にあのおまじない館エムのアプリを素早く開き、検索欄で探しているようだ。
ちょっとやり過ぎなくらいの友人を私は見つめるしか出来ない。

気付けば雨は止んでいた。
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「ねぇ、ねぇ、貴方の友達の子…最近学校来てないね」

「あー。どうしたんだろうね」

おまじないを知ってはや1ヶ月。

あいつは学校を休みがちになってしまった。
この間、久しぶりに来て話しかけると…人が変わってしまったようにブツブツと何か知らない言葉を繰り返していた。
見かねたクラスメイトに「近付かない方がいいよ」と言われて私は少し距離をおいていた。

「そういえば、おまじない館エム…っていうアプリ知ってる?」

「なにそれ?知らないよ」

「知らない…?そっかー!ありがとう」

やっぱりおかしい。
クラスメイトも知らない。
検索アプリで調べても出てこなかった。

スマホが不意にブブッと通知を知らせる音が鳴る。

「おまじない館エム。最新のおまじない「元に戻すおまじない」…!」

私は素早くスマホでこのおまじないを実行する。
いつもの不穏な音を立てて画面におまじない実行の文字が出る。

(貴方の悩み叶えます。おまじない館エム。貴方が今日行ったおまじないは「元に戻すおまじない」今日中何かを殺してください。それがおまじないの代償です)

スマホを床に叩きつけていた。
その流れを見ていたクラスメイトは「大丈夫?!」と声をかけてくれてがそれ所ではなかった。

今日中に何かを殺す…?
今までそんな代償はなかった。

「会わないと……」
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扉の前に来た。
綺麗に育てられていただろう花は枯れて、ポストには郵便物が溜まっていた。
雰囲気のせいか臭いもキツい臭いがする。

久しぶりに来た友人の家は変わり果てていた。

「こんにちは……」

トントンと叩いただけなのに急に扉が開いた。
ぶわっと先程よりキツく濃ゆい臭いが鼻腔を刺激した。

中は薄暗く廃墟と言われてもおかしくない内装をしていた。

「ねぇ…いるんでしょ?」

前来た時のように2階にある友人の部屋を目指して足を踏み入れる。
「僕の部屋」
と子供の頃に書いた友人の文字が貼ってある部屋の前に来た。

「ねぇ、いるんでしょ!」

扉を開ければ黒い何かが部屋中を舞う。

「ひっ!」

黒いざわめいたものは必死にしがみつくようにそれらの傍を舞っている。

「ちょっと!あんたどうしたのよ…それはなに?!」

「ぁ…ぁ…。わるいのは…こいつら…だよ。僕はわるくない…。だってなんで僕って言っちゃっダメなんだよ……女が男が…そんなの関係ないのに…」

「あんた…いったい……」

「すごいね…このおまじないは…神だよ?おかげで嫌いなこいつらを…殺すことができた…なにが親だ。なにが兄弟だ。夢を追いかけることも自分らしく生きることも出来ないなら…」

「いったい何をしたのよ…」

薄暗い部屋の中で友人のスマホが光る。

「代償を払わないと……ねぇ…僕の代償になってくれる?」
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暗がりの中、消えない出来事だけが目の前にある。
私は友人を殺してしまった。
友人の代償が何なのかは分からない。
なんのおまじないをしたのかも。
でも、バカみたい。
こんなおまじないひとつに友情は壊れるものなのか。
人間は変わってしまうものなのか。

「バカみたいだ」

「本当にバカ…みたいだねぇ…」

友人の声が聞こえた気がした。
その瞬間、私は死を悟った。

(貴方の悩み叶えます。おまじない館エム。貴方が今日行ったおまじないは「死なないおまじない」今日中に、嫌いな友人を殺してください。それがおまじないの代償です)

あるおまじないアプリを友人が知っていた。

「ねぇ、それ本当に効果あるの?よく聞く子供向けの……ばかみたいなおまじないみたいだけど?」

「僕が言うんだから…間違いないよ…ひひっ」

3/21/2024, 1:33:04 PM

「この世界を言葉で現すことは難しい」


機能が停止した都市を背に一歩一歩と歩いていく。
いつかの栄光はもうない。
人々が居なければ栄光など存在しないからだ。

僕が生きたこの短い人生も、この一面を覆い尽くす砂に埋もれ、過去になり誰にも知られずに朽ちていくのだろう。

「最期に誰かに読んで欲しかった」

ここに僕は確かに存在していた。
この世界を僕は確かに生きていたんだ。
名前のない物書きとして。
最期の時まで物書きとして生きていたかったんだ。
手には薄汚れたノートと1本のインクが切れそうなペンを持ち、誰もいない都市を背に僕は一歩一歩と歩いていく。

(人類は宇宙を目指した。それは果てしない人類の冒険であり永遠の浪漫だった。あらゆる存在を包容し無限の空間と時間が広がる。それが宇宙だという。なんとも言い難い浪漫あふれる言葉だ)

「それが人類の間違いだった…」

これは宇宙を追い求めた結果だ。
名前も知らない誰かが人生をかけて追い求めた結果だ。

「楽しかったかい?人生を捨てて…人類も壊して…追いかけた浪漫ってやつは」

「ロマン。ユメヤボウケンナドヘノツヨイアコガレヲモツコト」

「だ、だれ!?」

もうすぐ都市を抜ける時だった。
久しぶりに自分以外の誰かの声を聞いた。
それはとても人間の声ではない。
無機質で感情も入ってない耳障りな機械音。

「なんだ……声音機のAIか」

ここにも人類が追い求めた浪漫の欠片が存在していた。

「AI。ジンコウ……」

「あー!もう調べなくていい!僕は物書きだ!言葉なら知っている!君よりも知っている!」

「タップデニュウリョクシテクダサイ」

ピコンと可愛い音を立てて可愛くない光線が僕の目を潰してくる。
目の激痛に僕はAIを強く押してしまった。
なんだ、このAIは。
気付けば僕は廃棄場まで来ていたようだ。

もうすぐ都市を抜けるというのに…こんなところにいるわけにはいかない。
もしかしたら僕以外に…人間が生きている都市があるかもしれない。

「それまでには僕もこの作品を書きあげないといけない」

これは僕の最期の作品になるんだ。
人間が追い求めた浪漫のせいでどうなるか…実際の目の前の出来事を僕はこの作品に納めなければいけない。

「タップデニュウリョクシテクダサイ」

「はっ…?」

急に女の子の声が聞こえて辺りを見回す。
誰もいない。
いや、正確には僕とさっきのAI以外いない。

「えっ…と…こ、声が…えっ?」

「アナたト育つ声音機AIデス」

まだAIの機械音が抜けないが先程まで聞いていた声音とは明らかに違う。
自然な人間の声が出せている。

「タップデニュウリョクシテクダサイ」

「なんだよ…。僕はもう都市を出ていくから」

「タップデニュウリョクシテクダサイ」

「うるさいな。着いてこないで」

「タップデニュウリョクシテクダサイ」

「……」

「タップデ…」

「あー!!もうわかった!!タップでタップでってうるさい!!」

永遠と繰り返される言葉の羅列に、このまま聞いていれば頭が可笑しくなると思った僕は自分が今、書いている作品を入力してみた。

「よし、これでもうあの言葉の羅列を聞かなくて済むだろうな。有難く思いなよ?僕の書いたはな…」

「このセカイヲ言バで現すこドはムズカシイ」

「何もかも違う!!「ド」じゃなくて「と」だし!なんだよ…この下手くそな読み方は…ダメダメ!もう1回やり直し!」

「このセカイヲ言バで現すこドはムズカシイ」

「何も変わってないじゃないか…」

「あなたとソダツ声音機AIデす」

てくてくと後ろをついて女の子の声と機械音が混じった声であなたと育つと言ってくる。

「わかった。じゃ、お前がどんだけ育つ声音機が僕が変わりに見てやるよ。感謝しろよ。この僕の書いた作品を読めること」

「アナタの作ひんシラなイ。知らナイ」

「うっせー!僕はまだ発展途上なの。機械には僕の作品の良さはわからないだろーよ。だからお前は緩徐を込めて読むようにだけなればいいさ」

いつかの栄光はもうない。
だけど僕は確かに生きていたんだ。
人類が追い求めた浪漫の結果だった。
君と。
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「それガ宇宙だとイウ。なんとモいいがタイ浪漫アフレるコトバだ。」

「機械音…相変わらず…変わってないね」

「ハナシ書ガなイの」

「ははっ…もう書けない。気付けばこんなに時間が経っていたなんてさ…知らなかったよ。君と出会ってからもう十分過ぎるほど書いたよ。ありがとう。最期に誰かに読んで欲しかったから。過去の栄光よりも…君との…2人ぼっちがこんなにいいもの…だった…なんて」

握る手からペンが落ちる。
音もなく、砂に埋もれていく。

「君との2人ぼっちがこんなにもいいものだったなんて」

拙い女の子の声に哀愁が漂う。

「あなたと育つ声音機AIです。永遠に機能を停止します」

3/14/2024, 8:38:54 AM

今日も彼女の隣は暖かい。

部屋の小さな窓から桜吹雪が見えた。
どうやら彼女と出会って12回目の春が来たらしい。
彼女とあった日も春だった。
けれどこんなに気持ちのいい日ではなかった。
目を閉じても彼女の隣にいても…あの日々のことは忘れられない。

雨の日だった。
身体に当たる雨は冷たくて突き刺すように痛く…もう生きる感情すら流してしまうほどの雨だった。

自分が産まれた理由は知らない。

辿り着いた誰もいない小さな公園で、自分が産まれた理由を探していた。
歩き疲れた足は棒のように固くなっていき、ついにその場に倒れ込んでしまう。
いつの間に怪我をしていたのか血が滲んでいる。

死ぬのだろうか。

吐いた息は誰にも聞こえず雨の音と共に消えていく。


「大丈夫?」

自分の息遣いが聞こえた。
雨の音に支配されていた耳も、雨ばかりを映していた目には、女が映っていた。

傘を差し出して女は「大丈夫だよ」と言いたそうに笑顔を浮かべている。

近寄らないでほしい。

そう拒絶の眼差しを向けると少し困った顔をして「何かあったら来てね」と女は言うと傘を置いたまま去っていった。


彼女と出会ってからひとつ季節を超えてしまった。
あの日から変わらず彼女は、顔を見せにやって来る。

「今日から高校生なんだ。クラスの子達と仲良くなれるといいなぁ」

「親友が出来たよ!」

「見てよー…テストでこんな点数取っちゃって」

「今日から2年生になったんだ!後輩も出来て」

またひとつひとつと季節を超えしまう。

「相変わらず…君は何も言ってくれないね。口下手なのかなー?」

相変わらずなんて…こっちの台詞だ。
飽きもせずに毎日毎日、お喋りに来ては喋るとすぐに帰ってしまう。
何度、季節を超えても君はいつも通りに来る。


「彼氏が出来たよ」


ある日そう言ったきり君は来なくなってしまった。
初めて感じたのは喪失感に近いなにか。
君に会うために僕は歩き出した。


町なかに来ない僕が驚いたのは人の数。
それとあまり好ましくない臭い。
鼻のむずむずを抑え人混みの中をかけて行く。

大通りを進んでいくと彼女に似た後ろ姿を見つけた。
コンビニの駐車場で男と何か話しているようだ。
彼女が言っていた彼氏だろうか…でも話に聞くような仲のいい雰囲気は微塵も感じない。

足取りを速め近づいていけば、いつも馬鹿みたいに笑っているはずの彼女の顔は涙でグシャグシャになっていた。

「うるさいな!お前とは遊びだったって言っただろう」

「そんな…ひどいよ」

間近で見るもうひとつの彼女の顔に僕は頭が真っ白になる。
こんな気持ちになるのは初めてだ。
僕は彼女を泣かせている元凶に走っていく。

「うわっ!!??なんだこいつ!!」

「あっ……」

思いっきり飛びついていき男の顔に傷を付けた。
男は僕と彼女を残して慌てて走り去っていった。

「あっ……ふふ…ありがとうね。助けてもらっちゃったね」

僕はあの日から君に助けてもらったから。
僕がそう微笑むと彼女もいつもの笑顔になっていた。
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今日も彼女の隣は暖かい。
あの日から変わらずに暖かいままだ。

「また私の話し聞いてないよね。どこに行こうかって言ってるのに」

どこでもいいさ。

そう口に出しそうになる…まだまだ僕は口下手みたいだ。

「今日はどこに行くの?」

「にゃー」

「おおっ!久しぶりに…にゃーって言ったね!やっぱり猫って気まぐれなのかな?」

口下手な僕の精一杯。
ずっと君の隣にいられるように。
いつか言える日まで。

3/10/2024, 9:30:17 AM

ふと思ったことがある。

まだ肌寒く、マフラー、手袋を完璧に装備して私は自動車学校の扉をくぐった。
卒業したというのに学校の制服を見にまとい、机で勉強をする人もいれば友達とのお喋りに花を咲かせる人もいる。

私は後者だった。

「紹介しよう3年間同じクラスだったーーちゃん」

中学からの腐れ縁の親友は、ドヤ顔で私にその子を紹介して
きた。
当時の私は少々人見知りもあり、彼女の顔をよく見れなかったことをよく覚えている。

「よろしく」
「あ、よろしく....」

差し出された手をぎこちなく繋ぐ。
その手は体温が高い私からすればひんやりと冷たく心地がいいものだった。

「次の授業ってさ実技?」
「あ..。私はこの間来てないから筆記かも...」
「私はこの間、高速走らされた!怖ったし震えたよ」

私よりもひと足早く筆記が終わっている2人は、もう実技を教えてもらっているようだ。

「そろそろ先生と集合だからもう行くね」

親友は、そそくさと荷物をまとめると私と彼女をおいて走っていく。

この空間。
気まずい空気が右から左へ流れていく。
人見知りに今日、知り合ったばかりの人といる空間は難易度が高い。

「「あの…」」

一瞬で空気が凍る。
どちらともなく発した声は次の言葉を紡ぐことはない。
彼女も私と同じ気持ちで言葉を発したのだとしたら…今、内心焦ってるに違いない。

はやく何か言わなければと思えば思うほど言葉が出ない。
喉が重くなる気さえしている。

長いと思っていた時間もそんな長くなかったようで彼女は「じ、じゃ…行くね」と言葉残して階段を降りて行った。

こうして私と彼女の出会いは最悪な形で幕を閉じた。
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ふと思い出したことがある。
叶わない夢が夢のままで終わりを告げようとしていた時のことだ。

生きながら死んでいる。

この言葉が似合う100年ある時間の中のほんの一瞬の出来事。

4年勤めていた美容販売を辞めて、重い足取りで登録した派遣会社。その紹介で入ったパチ屋。

思ったより騒がしくない店内。
毎日見るおばあちゃんも居れば開店から閉店まで、入り浸っている人も居る。

毎日決まった時間。
決まった仕事内容。
何も変わらない。
時間がくれば電車に揺られて帰る毎日だ。

「生きながら死んでいる」

この言葉はこんな時に使うんだろうな。

「これ」

「少々お待ち下さい」

いつも通り会員カードを受け取り機械に挿入する。

「あれ?ねぇ…!」

お客さんの焦った声で私は画面から目を離した。

「んっ?えっ!」

目の前にいるお客さんと目が合う。

彼女だ。

4年前の車校の時とわからない。
何ひとつ変わっていない。
彼女がそこにいた。

機械から次の入力を促す音が出ていたが、そんなものも私と彼女の前では雑音やBGMにすぎない。

「「あの…!」」

あの日の最悪な出会いを思い出した。
気まずい雰囲気の中、一瞬で終わった出会い。
人生の中で出会って接点を持つ人が3万人だとしたら、彼女はその中の一瞬話しただけの人にしかすぎない。

でもあの時とは何かが違う。
彼女も私と同じ気持ちで言葉を発したのだとしたら…

「もうすぐ仕事が終わるんだけど…」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ふと思い出したことがある。

叶わないと思っていた夢が人生の目標になった時のことだ。
お互い一生フリーターで過ごすかもしれない。
お金をドブに捨てるかもしれない。
そんな覚悟をかけた夢を目標にした時のことだ。

どちらからともなく漠然とした夢を語った。

「親に反対されてさ…正社員で働いているけど…やっぱりなりたいと…思っちゃったんだ」

「その気持ちわかる。私も働いているけど…ふと思うんだ。なんで私は今、この場にいるんだろうって。生きるために働いているの?だとしたらこれは生きながら死んでいるのと同じだって…」

「もう遅いかもしれない。でも後に後悔するくらいならやり切って後悔したいんだ」

彼女の言葉は私にとっては本と同じだった。
知らない世界を…気持ちを教えてくれる。
彼女は私の人生の本の1ページをまた開けてくれた。
ぼろぼろの栞が挟まれていた…止まっていた日々の1ページを。

「じゃ、一緒に叶えよう」

「えっ!」

彼女は分かりやすく驚いた声をあげた。
それはそうだろう。
4年前に1回だけ喋って気まずいまま別れた人に、そんな事を言われてもびっくりしてしまうだけだ。

「ご、ごめんね。急にこんなこと言われても…こ、困るよね〜」

「ううん。叶えよう」

彼女から差し出された手を私はあの日と同じように見つめた。

「「よろしく」」

その手は、いつの間にか過ぎ去っていったあの日と同じようにひんやりと冷たく心地よかった。

2/5/2024, 2:23:56 PM

僕はその日、好きな人の幽霊にあった。


中学生の時によく通っていた通学路を久しぶりに歩いてみた。
高校生になった今は、電車通学もあってかこの坂道を歩いていたなんて考えられない。

坂道を抜ければ公園が見える。
公園に入ってみれば緑色の葉が茶色になり散っていく。
近くのブランコがギィーギィーと軋む音が微かに聞こえた。

「や、山田さん…?」

「えっ…?」

ブランコに乗っている人物に目を向ければ、綺麗な栗色の髪の毛に小柄な体躯。鈴の音のようなか細く優しい声。
僕がずっと好きだった山田さんがそこにいた。

山田さんは俯いていた顔をあげ、僕を見ると光がなかった瞳が輝き出した。

「私の事が…見えるんですか!?」

嬉しそうな声音でブランコから立ち上がる山田さんを見れば…その体は薄く透けている。

「誰も私のこと見えてなくて…声をかけても誰も反応してくれなくて…私寂しかったんです!それに私…何も覚えてなくて。あなたは私を知っているんですよね?私はあなたとどういう関係なんですか?」

僕と山田さんの関係。
中学生の時のクラスメイト。
他人から見ればただのクラスメイトだ。
でも、僕から見れば山田さんは好きな人で…急に終わった恋の…苦い思い出の人。

「ぼ、僕らは…」

あの日々の記憶が蘇ってきた。
貸してくれたノートも笑いかけてくれたことも。
一緒の委員会になって助けれくれたことも。
山田さんにとっては思い出にもないことかもしれない。

「中学生の時に…付き合っていました。僕と山田さんは…」

僕は急に終わったこの恋を…この溢れる気持ちの終わらせ方を僕は知らない。
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山田さん突然学校に来なくなって半年が経った頃。
最初の頃は、心配していクラスメイトだったが半年も経てば山田さんのことを気に止める人はいなくなっていた。

「山田さんの家って夜逃げしたらしいよ。両親の借金で」

「わたしは、妊娠したから学校辞めたって聞いたよ?」

「両親の借金返済のため働いてるんじゃね?」

それどころか根も葉もない他人の噂が独り歩きをしていた。


「私ってどんな中学生時代を送っていたの?放課後とか…デートしてた?」

「で、デデデデート!?あ、うん。してた。していました」

「そっか…楽しかったよね?なんで忘れちゃったんだろ」

寂しそうにする横顔を見て罪悪感が胸を埋めていく。
どうせ、山田さんは幽霊だ。
そんな最低な気持ちでついてしまった嘘。

「ねぇ……なんで…私が死んだか知ってたりする?」

「えっ……」

下を向き静かに震える山田さんに僕は、どんな声をかければいいかわからなくなった。

「やっぱり…知らないよね。変なこと聞いごめんね」

「いや、山田さんは何も悪くないよ」

「ありがとう。私も最後に自分を知ってて見える人に出会えてよかったよ」

「最後…?」

「私はもうすぐ消えて完全にいなくなるんだと思う。またより一層薄くなってきたから…」

手を太陽にかざすと日の光が手のひらを通して山田さんに当たる。

「ねぇ、私とどんなところデートしたの?」

「えっ…本屋とか?」

「真面目だね!他には?」

山田さんは本が好きだった。
他にも甘いものに目がなくて…オシャレも好きでクラスメイトと話していたのを聞いていたし。
猫より犬が好きで…数学より国語が得意で…。

「大丈夫?!な、泣いてるの?」

山田さんは僕の手に自分の手を重ねる。
温もりを感じることも出来なければ、ぴったりと重なることはない。
でも……

「ねぇ、また明日私たち会えるかな?」

「えっ…あぁ…うん。明日会えるよ」

「じゃ、明日あ…」

瞬きする間もなく気付けば隣には誰もいなかった。
何十分。いや、何時間経ったのだろうか。
山田さんの手の優しさを忘れられなかった。

僕は好きな人の幽霊にあった。
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学生時代によく通っていた通学路を久しぶりに歩いてみた。
社会人になった今、電車通勤もあってかこの坂道を歩いていたなんて考えられない。

坂道を抜ければ公園が見えた。
未だに思い出す。

僕はその日、好きな人の幽霊にあったことを。

会ってからずっと公園に行ってみるが、もう会えることはなかった。
多分、自分の脳みそが見せた幻覚だろう。
未練がましい自分に嫌気がさして行くのを辞めた。

「ちょうど…このベンチに座って喋ってたかな」

綺麗な栗色の髪も。
鈴の音のようなか細く優しい声も。
胸をときめかせるあの笑顔も。
山田さんは中学生の頃と何も変わってなかった。
都合のいい幻覚だった。

「また…会えないかな」

「誰に?」

「誰って…山田さん…に?」

「私に会いたかったの?」

言葉が出なかった。
口が空気ばかりを入れていた。
胸が張り裂けるような痛みを感じる。

「会いたかった…し…。ごめんなさい。僕、山田さんに嘘を…」

「言わなくていいよ。今さらあの日のことを…あの一瞬の思い出でも私の楽しかった思い出だよ」

「いや、なんでここにいるの?」

「私…死んでたわけじゃなかったの。気付けば病院のベッドの上で3年間も寝てて…それからリハビリ頑張って学校に行って……でも、ずっと考えていたのあなたのこと」

山田さんの綺麗なほどの笑顔が変わらずにそこにあった。

「ねぇ、私とまた付き合ってほしい。この恋を…この溢れる気持ちの終わらせ方を私は知らないから」


僕はその日、好きな人にあった。
ずっと好きな人に。

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