「この世界を言葉で現すことは難しい」
機能が停止した都市を背に一歩一歩と歩いていく。
いつかの栄光はもうない。
人々が居なければ栄光など存在しないからだ。
僕が生きたこの短い人生も、この一面を覆い尽くす砂に埋もれ、過去になり誰にも知られずに朽ちていくのだろう。
「最期に誰かに読んで欲しかった」
ここに僕は確かに存在していた。
この世界を僕は確かに生きていたんだ。
名前のない物書きとして。
最期の時まで物書きとして生きていたかったんだ。
手には薄汚れたノートと1本のインクが切れそうなペンを持ち、誰もいない都市を背に僕は一歩一歩と歩いていく。
(人類は宇宙を目指した。それは果てしない人類の冒険であり永遠の浪漫だった。あらゆる存在を包容し無限の空間と時間が広がる。それが宇宙だという。なんとも言い難い浪漫あふれる言葉だ)
「それが人類の間違いだった…」
これは宇宙を追い求めた結果だ。
名前も知らない誰かが人生をかけて追い求めた結果だ。
「楽しかったかい?人生を捨てて…人類も壊して…追いかけた浪漫ってやつは」
「ロマン。ユメヤボウケンナドヘノツヨイアコガレヲモツコト」
「だ、だれ!?」
もうすぐ都市を抜ける時だった。
久しぶりに自分以外の誰かの声を聞いた。
それはとても人間の声ではない。
無機質で感情も入ってない耳障りな機械音。
「なんだ……声音機のAIか」
ここにも人類が追い求めた浪漫の欠片が存在していた。
「AI。ジンコウ……」
「あー!もう調べなくていい!僕は物書きだ!言葉なら知っている!君よりも知っている!」
「タップデニュウリョクシテクダサイ」
ピコンと可愛い音を立てて可愛くない光線が僕の目を潰してくる。
目の激痛に僕はAIを強く押してしまった。
なんだ、このAIは。
気付けば僕は廃棄場まで来ていたようだ。
もうすぐ都市を抜けるというのに…こんなところにいるわけにはいかない。
もしかしたら僕以外に…人間が生きている都市があるかもしれない。
「それまでには僕もこの作品を書きあげないといけない」
これは僕の最期の作品になるんだ。
人間が追い求めた浪漫のせいでどうなるか…実際の目の前の出来事を僕はこの作品に納めなければいけない。
「タップデニュウリョクシテクダサイ」
「はっ…?」
急に女の子の声が聞こえて辺りを見回す。
誰もいない。
いや、正確には僕とさっきのAI以外いない。
「えっ…と…こ、声が…えっ?」
「アナたト育つ声音機AIデス」
まだAIの機械音が抜けないが先程まで聞いていた声音とは明らかに違う。
自然な人間の声が出せている。
「タップデニュウリョクシテクダサイ」
「なんだよ…。僕はもう都市を出ていくから」
「タップデニュウリョクシテクダサイ」
「うるさいな。着いてこないで」
「タップデニュウリョクシテクダサイ」
「……」
「タップデ…」
「あー!!もうわかった!!タップでタップでってうるさい!!」
永遠と繰り返される言葉の羅列に、このまま聞いていれば頭が可笑しくなると思った僕は自分が今、書いている作品を入力してみた。
「よし、これでもうあの言葉の羅列を聞かなくて済むだろうな。有難く思いなよ?僕の書いたはな…」
「このセカイヲ言バで現すこドはムズカシイ」
「何もかも違う!!「ド」じゃなくて「と」だし!なんだよ…この下手くそな読み方は…ダメダメ!もう1回やり直し!」
「このセカイヲ言バで現すこドはムズカシイ」
「何も変わってないじゃないか…」
「あなたとソダツ声音機AIデす」
てくてくと後ろをついて女の子の声と機械音が混じった声であなたと育つと言ってくる。
「わかった。じゃ、お前がどんだけ育つ声音機が僕が変わりに見てやるよ。感謝しろよ。この僕の書いた作品を読めること」
「アナタの作ひんシラなイ。知らナイ」
「うっせー!僕はまだ発展途上なの。機械には僕の作品の良さはわからないだろーよ。だからお前は緩徐を込めて読むようにだけなればいいさ」
いつかの栄光はもうない。
だけど僕は確かに生きていたんだ。
人類が追い求めた浪漫の結果だった。
君と。
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「それガ宇宙だとイウ。なんとモいいがタイ浪漫アフレるコトバだ。」
「機械音…相変わらず…変わってないね」
「ハナシ書ガなイの」
「ははっ…もう書けない。気付けばこんなに時間が経っていたなんてさ…知らなかったよ。君と出会ってからもう十分過ぎるほど書いたよ。ありがとう。最期に誰かに読んで欲しかったから。過去の栄光よりも…君との…2人ぼっちがこんなにいいもの…だった…なんて」
握る手からペンが落ちる。
音もなく、砂に埋もれていく。
「君との2人ぼっちがこんなにもいいものだったなんて」
拙い女の子の声に哀愁が漂う。
「あなたと育つ声音機AIです。永遠に機能を停止します」
3/21/2024, 1:33:04 PM