どうやら、この世界はつまらないもので溢れているようだ。
「多数決で鬼ごっこに決まったから!」
右向け右が右なように左に向く人は誰もいないように。
赤信号は渡ってはダメなように。
この時間までには家に帰らないといけないように。
手を挙げている人数が多いのならそれに決まるように。
「えー…隠れんぼがよかった…なぁ」
この世界は単純でつまらない。
「先生も言ってた!鬼ごっこしたい人が多ければ鬼ごっこ!だから鬼ごっこに決まったの!」
「隠れんぼ……」
「そんなに言うなら仲間に入らなくていいよーだ!」
俺を置いてこのつまらない世界はそっぽを向いてしまう。
昨日も一昨日も鬼ごっこ。
みんな俺を置いて飽きもせずにまた、鬼ごっこを始めよとジャンケンをしているようだった。
「ねぇ…隠れんぼしたい人いるならさ…隠れ鬼にしたらいいんじゃない?みんなで楽しもうよ?」
「確かに…!」
「鬼ごっこだけも飽きてきたもんね」
鶴の一声とはこの時のようなことを言うのだろう。
名前も知らない男の子の一言で状況は一変した。
「したいことあるなら提案すればいい。自分の気持ち我慢しなくていいだろ?」
つまらなかったこの世界が。
諦めていたはずのこの世界が…向こうから来た瞬間だった。
そして俺と不器用すぎる親友との出会いだった。
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俺と親友は幼なじみだ。
あの日からずっと、今まで隣にいてくれた。
「なぁ!カッパ!カッパ釣りに行こう!」
「いや、パスで」
「なーんでだよっ!テレビでカッパ特集されていたから…カッパが欲しいんだよ!」
「興味無い。パスで」
親友を表す言葉は決まっていた。
不器用なやつ。優しいくせに素直に言えないやつ。
「なぁ、なぁ!好きって10回言ってみ?」
「いやだ」
「なんでだよっ!!俺はちなみに7回目で噛んで寿司って言っちゃった!」
「わー。大変おもしろいねー」
勉強が超できて真面目で…少し鈍感で誰よりも優しいのに。
「さすがだよね。学年1位…家でも勉強ばかりなんだろうね」
「勉強だけの面白くないやつだろ?」
周りからの評価は微妙で、周りを気付かないうちに置いてけぼりにするのはいつもの事。
「ねぇ?俺たちの3年間終わった?部活は?もう行かないの?」
「僕達の3年間は終わった。3年連続一勝も出来ないままな」
「そっか」
人間の寿命は100年になったと言われるこの世界で。
俺と親友の3年間の青春はちょっぴり物足りなかったのかもしれない。
漫画やゲーム、ラノベのような青春はなにひとつ遅れていなかったのだから。
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コンビニで買った熱々のチキンを頬張りながら隣を見れば、何かを考えては溜息をついている親友がいる。
そんな親友を気にせずにチキンを食べていたら不意に親友が口を開いた。
「なんで、同じところ受けたんだよ?」
「よくぞ聞いてくれた!俺らはユスリカだ!ユスリカは光ある場所に集まるもんだろ!」
そう言うと親友は「ゲーム?RPG系?」といつもなら口にしない単語を頑張って口にしていた。
ユスリカは虫なのに。親友の嫌いな虫なのに。
心の底から笑いが込み上げてきたがその笑いを噛み殺して「いや、虫」と言ってやった。
親友は諦めたように視線を下に落とした。
前みたいに叫び出すのを期待した俺はその反応がちょっと寂しかった。
「面接でなんであんな事言ったんだよ?部活なんてそんなにがんばってなかったろ?」
部活と言われても思いつく事は何もない。
ただ、そう思った。思いつきで言っただけなんだ。
それに所詮俺が頑張ったところで凡人は凡人なのだから。
何も期待せずに普通に楽しむくらいでちょうどいいのだ。
「来世で才能に恵まれたら…その時は本気になるよ!」
のらりくらりいつもの調子で言えば親友は意味がわからないと言う表情をしていた。
「じゃ、なんで…」
やっぱり俺の親友は鈍感みたいだ。
「……だから僕が代弁してやった!」
ただ、面接官や周りが気に食わなかった。
嫌な顔を親友に向けるなんて俺は許さない。
「いや、ありえないだろ。普通」
「そんなことないって…それに普通ってなんなんだよ!」
「普通は普通はだよ。常識というのかな」
俺はチキンを全部食べると紙をぐしゃぐしゃにして、さっき買ったコンビニのレジ袋に押し入れる。
あの日よりも10センチ低い親友の身長に時の流れを感じた。俺の方が何センチも低かったはずなのに。
「俺たちはこれからも友達だから」
「あっ。うん。はい。そうですね」
素直になれない親友は恥ずかしそうにしている。
本当に不器用なやつだ。
「だから、無理しなくていい。喋るの得意じゃないのに…面接で喋ってそれで受かってもその後は?絶対にキツいって」
「えっ」
「何年幼なじみしていると思ってるんだよ」
目を丸くしている親友に俺は言う。
「さてと…次は受ける」
「えっ!また一緒のところ受けるの?」
「当たり前だろ!就職とかよく分からないし!」
「はっ…!?本当におかしいだろ…」
俺とこの不器用すぎる親友は幼なじみだ。
それはこの関係はこれからも、ずっとそうなのだろう。
誰よりも、ずっと。
「学生時代に頑張ったことは」
と、聞かれて真っ先に思い付いたのは、早起き、睡魔と戦った授業中、家でのテスト勉強、先生のつまらない話し。
思い付いたことを目の前にいる面接官に話せば、嫌な顔をされた。
一緒に面接を受けている他の人たちも気まずそうな面持ちで、僕を見ていた。
1人だけある人物を除けばだ。
「きみは…学生時代に頑張ったことは?」
面接官が隣にいる親友に同じ質問を投げかけた。
「部活です」
「部活!どんな事を主に頑張ったのですか?」
親友はいつもと変わらずニヤリと口角をあげて声高らかに言う。
「早起きです。朝の練習が早くて…。朝が早いと授業中に睡魔が襲って来て頑張って起きてて…あとテストで赤点取れば、練習試合や合宿に参加出来ないから家でのテスト勉強もしました!あっ!先生の話しで練習時間少なくなるのでいかに早く終わらせれるのか試行錯誤を……」
「もう大丈夫です」
面接官の聞き飽きたという表情に僕は、またかとため息が出た。
この瞬間に僕は悟る。
あっ、この面接不合格だな…と。
まだ言い足りなかったのか親友の怪訝そうな顔だけが隣にあった。
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僕とこのおかしな親友は幼なじみだ。
いつから隣にいるのかはもう覚えていない。
気付けば隣にいて、家でも学校でもいつも一緒にいた。
「知ってるか!宇宙の謎の解き方!」
「知らない」
「だよなぁ〜!俺も知らない!」
こいつを表す言葉は決まっている。
脳天気なお気楽バカ。
「なぁなぁー!カタカナを平仮名にすると可愛いよなぁ」
「どういうこと?」
「プリンだとぷりん。ほら可愛いじゃん」
流行りものよりも自分が好きだと思った物に惹かれる変な体質。
「あの子…変じゃない?」
「隣の席とか…嫌なんだけど」
周りからの評価も微妙で、置いてけぼりにされるのはいつもの事。
「今年こそは脱色!いざ、行かん!我らの聖地!」
「脱色?聖地?」
「今年こそは、弱小校っていうレッテルから離れたいの!だから脱色!聖地は…そう思わないと緊張で死んじゃう…うううっ!!と、トイレ!」
運が良かったのは通っていた学校のたまたま入った部活が弱小だったこと。
周りも楽しく部活をしており、僕や親友の事を悪く言うやつもいなければそもそも幽霊部員の方が多かった。
「ねぇ、俺たちの3年間終わった?部活は?もう行かないの?」
「俺たちの3年間は終わった。3年連続一勝も出来ないままな」
僕がそういうと親友は「そっか」と物足りないなさそうに言うだけだった。
人生100年時代と言われるこの世の中では、僕と親友の青春の3年間はちょっぴり苦々しかったのかもしれない。
ドラマやアニメ、小説で見るような青春は今考えれば何ひとつしていなかったのだから。
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面接からの帰り道。
第1希望は落ちたなと先程の面接が何度も頭を過ぎる。
隣には、コンビニで買ったチキンを食べながら何もダメージを受けて無さそうな親友がスキップをしていた。
「なんで同じところ…受けたんだよ」
「よくぞ聞いてくれた!俺らはユスリカだ!ユスリカは光ある場所に集まるもんだろ!」
「なに…ユスリカって何かのゲームの名前?RPG系?」
「いや、虫の名前」
今さら「聞いた僕が馬鹿」だったなんて定型文を並べることはしないし言わない。今さらだからだ。
「面接でなんであんな事言ったんだよ。部活なんてそんなにがんばってなかったろ?」
「うん。部活は頑張ったことなかったよ。俺たちは何をしたって凡人!普通に楽しむくらいでちょうどいいよ!本気になるのは来世で才能に恵まれたら…その時は本気になるよ」
「じゃ、なんで…」
「だってお前が頑張った事を嫌な顔して聞いてたんだよ!おかしいよ!」
面接の練習は学校で何度もしていた。
でも、実際に本番になれば学生時代に頑張った事などない。という事に気付かされた。
「いや、面接官や他の人たちの反応は正しいさ。だって普通に僕はおかしい事を言ったんだし」
「違う!おかしくなんかない!それにお前があんなに喋ったところ初めて見た!ずっと一緒にいる俺がだよ!お前…凄く頑張ったんだなって…それをあいつら嫌な顔してたんだよ。だから俺が代弁してやった!」
どうやら親友は僕のために言ったようだ。
「いや、ありえないだろ。普通」
「そんなことないって…それに普通ってなんなのさ!」
「普通は普通だよ。常識というのかな」
いつの間にかチキンを食べ終わった親友が僕の目の前で立ち止まる。
僕よりも10センチ高いその身長に若干の羨ましさを覚えたのは最近のようで懐かしい記憶だ。
「俺たちはこれからも友達だから」
「あっ、うん。はい。そうですね」
「だから、無理しなくていい。喋るの得意じゃないのに…面接で喋ってそれで受かったってその後は?絶対にキツいって」
「えっ…」
「何年幼なじみで親友してると思ってるだよ」
親友は得意げそう言った。
「さてと…次はどこ受けるよ」
「えっ!また一緒のところ受けるの?」
「当たり前だろ!就職とかよく分からないし!」
「はっ…?!本当におかしいだろ…」
僕とこのおかしな親友は幼なじみだ。
そしてこの関係はこれからも、ずっとそうなのだろう。
「ありがとう勇者様。この地を救ってくれて」
目の前に広がる景色。
何千人の国民が集まり、歓喜の声を挙げる。
初めて太陽を見る者やもう見れないと思い生きていた者。
この地に平穏が訪れた事への喜びを人々は挙げていた。
「ありがとう勇者様!」
完成の中、聴こえたその言葉。
「勇者」と呼ばれたその人はただ静かに泣いていた。
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都市から数百キロも離れた場所に勇者の故郷はあった。
絵に書いたような平和で、事件もなくただ日がな1日空を見上げて過ごすくらいには平凡で退屈だったのだ。
「何してるの?」
「星を見てる」
1人の少女が1人の少年に近付いて話しかけていた。
少年はぶっきらぼうにそう少女に言うとまた、星空を眺めだした。
「それ楽しいの?」
「楽しいとか…ない」
「へぇー。そうだ!星と星を繋ぐと星座になるって知ってた?」
少女は緋色に輝く瞳を細めて少年に話しかける。
少年は話したくなさそうに一言で会話を終わらせていく。
「私もあの星みたいにいつかなれるかな?」
そう言った少女の顔を少年は、今この瞬間初めて見たのだ。
「ねぇ、一緒に逃げよう。この世界から」
その瞬間、少年は全てを思い出した。
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勇者と魔王はなんで敵対しないといけないのか。
勇者はあの日からずっと疑問に思っていた。
対等になれないことは知っている。
勇者も自分の故郷を無惨に滅ぼされた1人なのだから。
でも、勇者はわかっていた。
自分が魔王を倒すことをましてや殺すことを躊躇していることを。
「勇者サマちゃんと飯は食っておけよ。今度は長期戦になるんだから」
パーティの1人、大柄な男にそう告げられる。
勇者は俯きながらも骨付き肉に齧りついた。
「最期の戦い。これで全てが終わるんだな…」
「そうだね。早く終わらせないと…」
「勇者サマとの旅ももう最期か…」
ゴクリと喉を鳴らし肉を飲み込む。
勇者は今まで一緒に旅してきた仲間の眼を真っ直ぐに見つめいつものように言う。
「本当に最期の戦いだね…」
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何百回目の夜を超えて勇者は、仲間と共に魔王城に辿り着いていた。
回復も残り僅かだが勇者は知っている。
いや、覚えている。
絶対に魔王を倒すことになることを。
魔物の群れを薙ぎ倒し、「早くいけ!魔王の元へ!」と仲間に言われるがまま勇者は1人魔王がいる最奥へと走って行く。
大きなトビラを勢いよく開ければ趣味の悪い玉座に座る「魔王」と呼ばれたその人がいた。
「久しぶりだね」
「そうだね」
「魔王」と呼ばれたその人は妖しく輝く緋色の瞳を細めて「勇者」と呼ばれたその人に話しかける。
「あの日から…ずっと疑問に思っていた。なんで僕らは敵対しないといけないのか」
「それは私は「魔王」できみは「勇者」だからだよ」
「そんなの誰が考えた誰かのための物語だろ?なんで…僕らは「魔王」と「勇者」なんだ…ねぇ、一緒に…」
「ダメだよ。これは私たちの物語じゃないから。でも私はきみと話した…あの夜を忘れないと思う」
玉座から立ち上がるや否や魔王は、勇者の目の前に刃を振り降ろした。
勇者は何度も何度も握った剣で間一髪ガードが出来た。
「私はこの世界を支配するから」
「そんなことはさせないから」
勇者は知っていた。
魔王が放った台詞を。
自分の口からでたこの台詞を。
この物語は誰かのための物語ということを。
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何かの予兆のように星たちがひときわ煌めく星空の下。
1人の少女と1人の少年が星空を眺めた。
「私もあの星みたいにいつかなれるかな?」
少女の星のように輝く緋色を少年は見つめた。
「ねぇ、一緒に逃げよう。この世界から」
永遠に応えが聞けないその言葉を「少年」はまた「少女」に問うのだった。
アスファルトに蟷螂の死骸を見つけた。
死骸になってからだいぶ経ったのだろう。
死んだ後に出る液体も蒸し暑いアスファルトに溶け込んだみたいだ。
見るも無惨なその死骸は何も言わない。
虚しくそこにあるだけ。
「例えば...こんな話がある。死んだ蟷螂はトラブルの暗示だと。蟷螂は幸福の象徴だ。だから死骸は不幸の兆しなんだ」
「ねぇ、本当に死んだのは蟷螂だったの?」
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4月2日。
世間は春休み真っ只中というのに私は春の夏期講習で忙しい
日々を送っていた。
「いいよなー頭いいやつは。春休みも夏休みも遊び放題じゃ
ん?」
「しょうがないよー。あたしらクラスでも最底辺のC組になっちゃったんだし?」
机を囲んで騒がしいのはクラスで陽キャと称される人達。
私が通う学科では卒業するまでに3つ以上資格を取らなければならない。取らなければ卒業させて貰えない。
「はやく終わらねーかな。終わったら即バイトでさ」
「バイトやってんの!ウケるー。見つかったら謹慎だよ〜」
「そういや昨日のエイプリルフールなんの嘘ついた?」
「彼氏に浮気ドッキリ仕掛けた〜!!」
「サイテー!エイプリルフールって罪のない嘘や悪戯で笑わせる日なんだよ〜」
この人達には卒業は差ほど重要ではないみたいだ。
今もスマホにメイク道具にと手は、違うことで忙しそうに動いている。
「そういや知ってる?同じクラスのあいつ。頭よかったけどこの授業は何故か赤点でうちらと同じC組の...」
「あー。七瀬?」
「そいつそいつ。なんかこの間から行方不明なんでしょ?」
「うそ〜!!七瀬くんちょっとだけいいなぁって思ってたのに」
悔しそな女の声と同時に机に置いていた筆箱が、音を立てて机から落ちていった。
その音に反応してみんなが一斉にこちらを凝視していた。
「針野ちゃん大丈夫?」
「大丈夫。ごめんね」
前の席の友達は心配そうに後ろの席の私を見てくれた。
「七瀬くん…見つかるといいね…」
コソッと耳打ちで友達は私に話してくれる。
それは彼女なりの気遣いだ。
私と七瀬くんが内緒で付き合っているから。
もちろん、彼女以外は誰も知らない。
先程も七瀬くんが唐突に話題にあがり驚いて筆箱を落としてしまった。
「連絡も取れないんでしょ?」
「うん。既読にもならなくて…」
「そっか…」
教室の隅でこんな話をしているとは夢にも思っていないだろう。
クラスの陽キャと言われる人達は、まだ七瀬くんの話題をあげている。
「七瀬ってよくわかんねーやつだったよな。いつもニコニコ笑ってて…不気味つーか」
「男子お前らはわかっていない。顔もイケてて頭もいい。王子様のような包容力。その逆にお前らは友達以下だよ」
「はぁ?王子様??夢見すぎ。痛すぎ…」
思うことは人それぞれ。
でも確かに七瀬くんは王子様のような包容力はあった。
運動は苦手でも頭はよかった。
デートしたあともマメに連絡してくれたり。
電話もできる日は毎日のようにしている。
「家が遠回りになるのに一緒に帰ってくれていたの」
昨日の事のように思い出してしまう。
「針野ちゃん…」
友達が私に何かを言おうとした時、教室の扉が開けられた。
ガラガラと無機質で味気ないその音だったが、開けた人物を見てみんなの視線が一気に集まった。
「おまえ…えっ?七瀬?」
「七瀬くん…?どうしてここにいるの?」
「えっ?僕が居たら何か悪いことでもあるの?」
いつものように笑顔を浮かべているが、何処と無く目が笑ってないように感じるその表情に私は息を呑んだ。
「おまえが行方不明になったってみんな言ってたんだぞ!」
「今までどこにいたの?!
「ちょっとね。色々あってさ」
「なーんだ!おまえもあれか?家出したかったんか?」
みんな七瀬くんを囲んで今までのことで質問攻めをしている。
七瀬くんはいつも通りの笑顔で明るく振舞っているがどこか違う。何かが違う。
これは七瀬くんじゃない気がする。
ストンと胸に落ちた見解に私は頭に血が上るのを感じた。
「あっ、ごめんね針野さん」
「えっ?」
「今日さ一緒に帰ろうか。連絡しなくてごめんね。そのことで謝らせてよ。あと少しだけ寄り道したいんだけど」
「えっ…?あぁ…ううん。大丈夫だよ」
にこりと微笑むと自分の席に戻っていく。
その後ろ姿を眺めて、私は七瀬くんに対する違和感が拭えないままでいた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「今までごめんね。心配させてしまって」
放課後、いつも通り七瀬くんは家が遠くなるのに「家まで送る」と言って車道側を歩いている。
「心配はしたけど…何もなくてよかったよ」
「そっか…心配させてしまったのか」
「だって、いつも真面目で優しい七瀬くんだよ。急に家にも帰らないってなったら…みんな驚くよ」
通学路には誰もいない。
春休みという事もあるのか、いつもなら他の学校の学生も帰っているのに今日は誰も通っていない。
「そうだよね。あぁ…寄り道したい所はこっちから行くんだ」
七瀬くんは私の腕を強く掴むと細い路地裏に足を進めていく。
嫌な予感が脳裏を過ぎる。
そちらに行っては駄目だと。
「ねぇ。君だよね」
「えっ…と?何が」
先頭を切って歩いていた七瀬くんは立ち止まってしまう。
それにつられて腕を引かれていた私も立ち止まる。
「覚えているよね?忘れたなんて言わせないよ?」
「七瀬くん…大丈夫?」
「思い出せない?これを見ても?」
暗がりから出ると真っ先に見えたのは…
「ななせくん…?」
アスファルトに横たわる死骸。
死骸になってからだいぶ経っているのだろう。
死んだ後に出る血液も蒸し暑いアスファルトに溶け込んだみたいだ。
ハエが集りまだ腐敗臭も辺りに漂っている。
見るも無惨なその死骸は何も言わない。
ただそこにあるだけ。
「覚えているよね?」
「し、知らない!私は何も知らない!」
「そんなことないよね?!君は昨日の事を覚えているはずだ。ここであった出来事も!」
お互いの息遣いが聞こえそうな距離にいる。
こんな状況じゃなければ、少女漫画でよく見る胸きゅんな展開だ。こんな状況じゃなければの話し。
「話してよ!君が一体…俺の弟に何したのかを…」
「おとうと…えっ…違う!」
「違わないよ。君は弟と俺を…間違えたんだろう?」
「間違えてないよ!だって……七瀬くんでしょ?私と付き合ってるのに…他の女の子と…!」
昨日の出来事がフラッシュバックする。
他の女の子と…キスする七瀬くんの顔が…
私は気持ち悪くなりその場で吐いてしまう。
口内には酸っぱい臭いが充満している。
「まず、俺は君と付き合ってないよな」
この人は本当に七瀬くんなのだろうか。
「そ、そんなことない!いつも一緒に帰っていつも電話して…この間のデートも楽しかったって言ってくれてたじゃんか…」
「妄想しているだけだ。そういう俺を妄想しているだけ」
七瀬くんの口から飛び出す言葉に私は絶句してしまう。
私と七瀬くんは付き合っている。
いつも一緒に帰っていつも電話して。
この間デートもした。
「それに俺が七瀬なら君が昨日の殺したのは一体誰なんだよ」
死骸に群がる蝿たちのなかに小さな蟷螂がみえた。
「七瀬くん…状況はやめてよ。エイプリルフールなら昨日終わってるはずだよ」
「そうだね。エイプリルフールならどんなに良かったんだろうな。弟がいなくて…見つかったのがこんな姿なんて…」
七瀬くんは足で勢いよく蟷螂を踏み潰した。
アスファルトに液体が広がる。
「例えば...こんな話がある。死んだ蟷螂はトラブルの暗示だと。蟷螂は幸福の象徴だ。だから死骸は不幸の兆しなんだ」
「ねぇ…本当に死んだのは蟷螂だったの?」
蒸し暑いアスファルトに溶け込むのは私の罪のある嘘。
放課後は、決まってカラオケに行くのが僕らのお決まりだった。
「やっとテスト期間終わったね。またこれからカラオケ行き放題だね」
隣にいる君が僕に呟く。
いつもの通学路を歩き商店街のひとつに行きつけのカラオケがある。
最初に来た時は大丈夫かここ…と心配するほど外観が寂れていた。まるで幽霊が出てきそうな廃墟だ。
「廃墟は言い過ぎだよ?」
「あっ…ご、ごめん」
声が聞こえていたみたいで、受付の人を含め周りの人達がジロジロとこちらを見ている。
「ドリンクバーは飲み放題ですので」
受付の人に番号が書いた紙と空っぽのコップが1つ渡された。
「すみません。もうひとつコップをお願いします」
「えっ?は、はい」
ちょっと濡れているので洗ったばかりだろう。
「私はコーラ飲みたいなぁ」
「じゃ、それにするかー」
「他に飲みたいものがあるなら飲んでいいんだよ?」
「いや、君と同じのがいい」
コーラのボタンを押すと勢いよくコップに流れていく。
しゅわしゅわと小さな音を立てて泡が弾く。
「あっ…そういえばまた5号室だね」
「そうか…また5号室なのか」
紙で部屋番号を見れば5号室。
いつも通りだ。
「今日は何を歌うの?」
「いや、僕はあまり歌う得意じゃなくて…それよりも君が歌ってよ。僕は君が歌う姿好きなんだから」
「そんなに言われたら歌いにくいじゃない」
照れたように頬を染めてはにかむ笑顔を僕に向ける君は、何も変わっていない。
例え、明日世界が終わろうとも僕と君の何気ない日常は変わらないのだろう。
「ほら、歌ってよ」
今だって僕と君がここにいるのも変わらない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ごめんね。お会計してもらって」
「いいんだよ。この間、君に払ってもらったし。やっとお返しができた」
「それは私が行きたいって言って…金欠中の貴方を無理矢理連れて来たお詫びだよ」
「でも、女子に払わせるのは…ちょっとね」
あれから1時間30分経った。
いつも通りの時間まで僕らはカラオケで時を過ごす。
駅で別れ家に帰りまた学校で会う。
そしてカラオケでまた何気ない時間を過ごす。
「あれ〜今、帰り?」
「まだ帰ってなかったのか?」
カラオケ店を出れば帰宅中の同じクラスの友人に出会った。
「オレは部活。きついよ。いいなぁ〜ヒトカラ。オレも行きたいよ」
「何言ってるんだよ。今、大事な時期なんだろう。応援してるから頑張れよ」
肩をパシリと叩くと「暴力反対だ〜!明日覚えておけよ」とよく聞く台詞を吐いて友人は行ってしまった。
「相変わらず変わらないね」
「あぁ…本当に騒がしいやつだよな。駅まで送るよ」
「ありがとう。いつも駅まで来てもらって」
「いいんだよ。いつも送ってるだろ」
18時にもなれば帰宅ラッシュで帰る人が多い。
そんな中を君ひとりで歩かせるのは心配だから。
いつも思っていたことだ。
「ねぇ……私たちこのままでいいのかな?」
「何が?」
「いや…だって…」
君のくぐもった声がする。
「なんで…?僕たちは何も変わらない。いつも通りじゃん?何気ないこの日常が…僕は…」
「君が周りに可笑しいって思われるのが…私は嫌だ」
「可笑しくないよ。僕は変わらない。君がいて僕がいる。僕の何気ない日常は何一つ変わってなんかないよ」
君は何も言わない。
僕は可笑しくなんかない。
例え、世界が終わっても僕らのどちらかが欠けても、僕と君の何気ないこの日常は変わらない。
「僕は知らないし知りたくもない。わからないしわかりたくもない。まだ……何も知らない何気ないふりをさせてほしい」