ありす。

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アスファルトに蟷螂の死骸を見つけた。
死骸になってからだいぶ経ったのだろう。
死んだ後に出る液体も蒸し暑いアスファルトに溶け込んだみたいだ。
見るも無惨なその死骸は何も言わない。
虚しくそこにあるだけ。

「例えば...こんな話がある。死んだ蟷螂はトラブルの暗示だと。蟷螂は幸福の象徴だ。だから死骸は不幸の兆しなんだ」


「ねぇ、本当に死んだのは蟷螂だったの?」


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4月2日。
世間は春休み真っ只中というのに私は春の夏期講習で忙しい
日々を送っていた。

「いいよなー頭いいやつは。春休みも夏休みも遊び放題じゃ
ん?」

「しょうがないよー。あたしらクラスでも最底辺のC組になっちゃったんだし?」

机を囲んで騒がしいのはクラスで陽キャと称される人達。
私が通う学科では卒業するまでに3つ以上資格を取らなければならない。取らなければ卒業させて貰えない。

「はやく終わらねーかな。終わったら即バイトでさ」

「バイトやってんの!ウケるー。見つかったら謹慎だよ〜」

「そういや昨日のエイプリルフールなんの嘘ついた?」

「彼氏に浮気ドッキリ仕掛けた〜!!」

「サイテー!エイプリルフールって罪のない嘘や悪戯で笑わせる日なんだよ〜」

この人達には卒業は差ほど重要ではないみたいだ。
今もスマホにメイク道具にと手は、違うことで忙しそうに動いている。

「そういや知ってる?同じクラスのあいつ。頭よかったけどこの授業は何故か赤点でうちらと同じC組の...」

「あー。七瀬?」

「そいつそいつ。なんかこの間から行方不明なんでしょ?」

「うそ〜!!七瀬くんちょっとだけいいなぁって思ってたのに」

悔しそな女の声と同時に机に置いていた筆箱が、音を立てて机から落ちていった。
その音に反応してみんなが一斉にこちらを凝視していた。

「針野ちゃん大丈夫?」

「大丈夫。ごめんね」

前の席の友達は心配そうに後ろの席の私を見てくれた。

「七瀬くん…見つかるといいね…」

コソッと耳打ちで友達は私に話してくれる。
それは彼女なりの気遣いだ。
私と七瀬くんが内緒で付き合っているから。
もちろん、彼女以外は誰も知らない。

先程も七瀬くんが唐突に話題にあがり驚いて筆箱を落としてしまった。

「連絡も取れないんでしょ?」

「うん。既読にもならなくて…」

「そっか…」

教室の隅でこんな話をしているとは夢にも思っていないだろう。
クラスの陽キャと言われる人達は、まだ七瀬くんの話題をあげている。

「七瀬ってよくわかんねーやつだったよな。いつもニコニコ笑ってて…不気味つーか」

「男子お前らはわかっていない。顔もイケてて頭もいい。王子様のような包容力。その逆にお前らは友達以下だよ」

「はぁ?王子様??夢見すぎ。痛すぎ…」

思うことは人それぞれ。
でも確かに七瀬くんは王子様のような包容力はあった。
運動は苦手でも頭はよかった。
デートしたあともマメに連絡してくれたり。
電話もできる日は毎日のようにしている。

「家が遠回りになるのに一緒に帰ってくれていたの」

昨日の事のように思い出してしまう。

「針野ちゃん…」

友達が私に何かを言おうとした時、教室の扉が開けられた。
ガラガラと無機質で味気ないその音だったが、開けた人物を見てみんなの視線が一気に集まった。

「おまえ…えっ?七瀬?」

「七瀬くん…?どうしてここにいるの?」

「えっ?僕が居たら何か悪いことでもあるの?」

いつものように笑顔を浮かべているが、何処と無く目が笑ってないように感じるその表情に私は息を呑んだ。

「おまえが行方不明になったってみんな言ってたんだぞ!」

「今までどこにいたの?!

「ちょっとね。色々あってさ」

「なーんだ!おまえもあれか?家出したかったんか?」

みんな七瀬くんを囲んで今までのことで質問攻めをしている。
七瀬くんはいつも通りの笑顔で明るく振舞っているがどこか違う。何かが違う。

これは七瀬くんじゃない気がする。
ストンと胸に落ちた見解に私は頭に血が上るのを感じた。

「あっ、ごめんね針野さん」

「えっ?」

「今日さ一緒に帰ろうか。連絡しなくてごめんね。そのことで謝らせてよ。あと少しだけ寄り道したいんだけど」

「えっ…?あぁ…ううん。大丈夫だよ」

にこりと微笑むと自分の席に戻っていく。
その後ろ姿を眺めて、私は七瀬くんに対する違和感が拭えないままでいた。
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「今までごめんね。心配させてしまって」

放課後、いつも通り七瀬くんは家が遠くなるのに「家まで送る」と言って車道側を歩いている。

「心配はしたけど…何もなくてよかったよ」

「そっか…心配させてしまったのか」

「だって、いつも真面目で優しい七瀬くんだよ。急に家にも帰らないってなったら…みんな驚くよ」

通学路には誰もいない。
春休みという事もあるのか、いつもなら他の学校の学生も帰っているのに今日は誰も通っていない。

「そうだよね。あぁ…寄り道したい所はこっちから行くんだ」

七瀬くんは私の腕を強く掴むと細い路地裏に足を進めていく。

嫌な予感が脳裏を過ぎる。
そちらに行っては駄目だと。

「ねぇ。君だよね」

「えっ…と?何が」

先頭を切って歩いていた七瀬くんは立ち止まってしまう。
それにつられて腕を引かれていた私も立ち止まる。

「覚えているよね?忘れたなんて言わせないよ?」

「七瀬くん…大丈夫?」

「思い出せない?これを見ても?」

暗がりから出ると真っ先に見えたのは…

「ななせくん…?」

アスファルトに横たわる死骸。
死骸になってからだいぶ経っているのだろう。
死んだ後に出る血液も蒸し暑いアスファルトに溶け込んだみたいだ。

ハエが集りまだ腐敗臭も辺りに漂っている。
見るも無惨なその死骸は何も言わない。
ただそこにあるだけ。

「覚えているよね?」

「し、知らない!私は何も知らない!」

「そんなことないよね?!君は昨日の事を覚えているはずだ。ここであった出来事も!」

お互いの息遣いが聞こえそうな距離にいる。
こんな状況じゃなければ、少女漫画でよく見る胸きゅんな展開だ。こんな状況じゃなければの話し。

「話してよ!君が一体…俺の弟に何したのかを…」

「おとうと…えっ…違う!」

「違わないよ。君は弟と俺を…間違えたんだろう?」

「間違えてないよ!だって……七瀬くんでしょ?私と付き合ってるのに…他の女の子と…!」

昨日の出来事がフラッシュバックする。
他の女の子と…キスする七瀬くんの顔が…
私は気持ち悪くなりその場で吐いてしまう。
口内には酸っぱい臭いが充満している。

「まず、俺は君と付き合ってないよな」

この人は本当に七瀬くんなのだろうか。

「そ、そんなことない!いつも一緒に帰っていつも電話して…この間のデートも楽しかったって言ってくれてたじゃんか…」

「妄想しているだけだ。そういう俺を妄想しているだけ」

七瀬くんの口から飛び出す言葉に私は絶句してしまう。
私と七瀬くんは付き合っている。
いつも一緒に帰っていつも電話して。
この間デートもした。

「それに俺が七瀬なら君が昨日の殺したのは一体誰なんだよ」

死骸に群がる蝿たちのなかに小さな蟷螂がみえた。

「七瀬くん…状況はやめてよ。エイプリルフールなら昨日終わってるはずだよ」

「そうだね。エイプリルフールならどんなに良かったんだろうな。弟がいなくて…見つかったのがこんな姿なんて…」

七瀬くんは足で勢いよく蟷螂を踏み潰した。
アスファルトに液体が広がる。

「例えば...こんな話がある。死んだ蟷螂はトラブルの暗示だと。蟷螂は幸福の象徴だ。だから死骸は不幸の兆しなんだ」


「ねぇ…本当に死んだのは蟷螂だったの?」


蒸し暑いアスファルトに溶け込むのは私の罪のある嘘。

4/2/2024, 9:08:07 AM