ありす。

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結婚は人生の墓場なのだろうか。

付き合って4年目になる彼女の前でふとそう思った。
「そんなに見つめないでよ」と照れ臭そうに、はにかむ彼女を見て自分が彼女と結婚したいと思っている事に気付かされた。

付き合った理由は彼女から告白されたから。
だから、付き合った。それだけだった。
別に理由なんてなんでもいい。
人間は他人の集まりなのだから。
そこに理由を付けたい人間がいるだけなのだから。

面倒臭い付き合いを避けてきて親しい友人も居た覚えなどない。
人生の恩師と呼べる存在もいなければ、ただなんにも考えないまま時を過ごしてきた。
こんな自分が他人と付き合って4年も他人といることに、正直驚いている。
しかも結婚したいという感情に駆られている自分がいる。

「本当にどうしちゃったの?」

心配をしてなのか彼女は俺の目の前で、手をひらひらとさせてこっちの気を引かせてくる。
そんな仕草にすら愛おしいという感情が湧く自分が、本当に気持ち悪いと感じた。

「ごめん。なんでもない」

「なんでもない…って感じじゃないけどきみが大丈夫ならいいや!」

「あ、でも待って…やっぱり聞きたいことがあるんだ」

「そうだと思ったよ。きみって本当に分かりやすいね」

どうやら、彼女は俺よりも俺の事を理解しているようだ。
無邪気な子供のようなのに、全てを見透かしてくる彼女の瞳には敵わないのだから。

「結婚って人生の墓場だと思う?」

「なにそれ?きみも面白い事を言うようになったね」

「いや、だって俺たちもう4年もいるからさ」

「うんうん」と小さく頷きながら彼女は俺の放つ言葉を聞いている。
それは幼い子供の言葉を聞いている親のようにも見えた。

「しかもお互いいい歳なんだし…」

「ねぇ…私もひとつだけきみに聞いてもいい?」

彼女と目が合う。
その瞳には真剣な色が映っていた。

「私と付き合う前、誰かと付き合ってた?」

彼女の口から紡ぎ出された言葉に俺は絶句した。
なんだか彼女らしくないと思ったんだ。

「急にどうしたのさ…そんなこと」

「そんなことじゃない。私からしたら命よりも重要な事だったの」

「命よりも…?」

やはり彼女らしくない言動に俺は不信感を隠せないでいた。

「居ないよ。そんな人。知ってるだろう?俺は他人なんかと一緒に暮らしていけない。暮らしていける人間じゃないことを…分かってるだろう?」

「そっか……じゃ、きみにとってはあの子は…そこまでちっぽけな存在だったんだね。やっぱり私の思った通りじゃないか」

「あの子?何を言ってるんだ?」

「きみは私の事すき?愛してる?」

彼女はそう言って笑っていた。

「うん。愛してるよ。ずっと暮らしていけたらと思うくらいには……」

赤い赤い鮮血がはっきりと見えた。
刃先が脇腹の皮膚を突き破り奥へ奥へと刺さっていく感覚があった。
不思議と痛みよりも虚無感の方が自分の中に残っていく。

「私の親友を殺したことは絶対に許さないから。私は言ったんだよ?絶対にやめた方がいいって…」

視界の端に映る彼女は笑っていた。

「きみにプロポーズ断られたことであの子はいなくなっちゃった…」

息も絶え絶えに身体は倒れ込んでいく。
気が付いたかのように彼女は優しく微笑むと独り言のように言葉を零した。

「そういえば…きみの質問に答えてなかったね。うん。結婚は人生の墓場だと思うよ。私にはただ君だけだったのにね」

俺が今まで見た彼女の中で1番綺麗に無邪気そうに彼女は笑っていた。

5/13/2025, 8:49:24 AM