ありす。

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世界はきっとシンプルなんだ。
悪は悪。正義は正義。黒は黒。白は白。
男も女も性別という壁に隔てられ真っ二つにされている。
そう、世界はきっとシンプルなんだ。


あの日は日差しがいつもより暑く、身体がジリジリと焦がされていた。
汗が止まらず顔の輪郭をなぞる。

「あづ〜…新さぁ…なにか飲み物ないの?」

「いや、ないね。持っていても真にはやらないからね」

「ひどぉ…親友様が暑くて溶けてしまいそうなのに見捨てるなんてさ」

「だって持っていたら飲むだろ?」

「そりゃそうだろ?新の飲み物はもはや俺のものってなっ!」

無邪気な真の表情に目が奪われる。
真は知らない。何も知らない。
数学も社会も万年30点の赤点ギリギリ回避の真の事だ。

「はやく回答を書けよ」

「いでっ!次は暴力なのかよ。新たって…可愛い顔して可愛くないよなぁ」

「可愛くなくて結構。僕は男だし」

「ふーん。あっ、そう」

聞いていて興味無さそうにシャーペンを動かすその手を見つめてしまう。
僕よりも断然大きい手がそこにある。
何も知らない癖して残酷な事を言ってくる真が嫌いだ。

「でも、良かったよ。次さ赤点取ったらレギュラーから外されちまうから。新たが隣に居てくれてよかった」

「っ…。そ、その割にはいつも赤点ギリギリ回避なのだけど?」

「あっははっ!それはそれ!赤点取らなければなんでもありなんだって!」

世界はシンプルのはずだ。
男は男で。女は女のはずなのに。
友達は友達のはずだ。僕らは友達で…親友で…。
真っ二つになっていたら簡単なのに。
境界線があれば簡単なはずなのに。
こちらから先は親友じゃないって友達じゃないって。

でもそれがわかったとしても…きっと僕の世界はシンプルじゃないんだ。
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「またフラれた…」

「毎度思うけど…こっちのクラスに来て言う言葉がそれかよ」

退屈な3限目が終わったのと同時に、クラスの扉を開けて我がもの顔でズカズカとこっちのクラスに来た真にため息が出る。

「だってぇ…慰めてほしいじゃん。労わって欲しいじゃん。親友ならわかってくれよぉ!」

「親友ならこっちの苦労もわかれっての。お前が来るとクラスで目立つから嫌なんだよ」

「たりめーだろ?俺はなんたってモテるからな!」

「なのにフラれるのかよ」

「傷を抉るなー!!」と叫ぶ真を無視して僕は次の授業で使う教科書を机に出す。

「「親友ならわかってくれよぉ!」」と先程の言葉が胸に渦巻く。それはこっちのセリフだ。
わざわざクラスにやって来てはフラれた話をされる度に、安心する自分と同時に、いつかは真にも出来るであろう彼女という存在に嫉妬する自分に押し潰されそうになる。

「真にとって僕の存在って?」

そんな言葉…死んでも言えない。
聞きたいけど聞きたくない。ってこんな気持ちなのか。

「ほら、次の授業始まるから。さっさと戻って!」

「えー…次こっちは数学だしぃ。めんどくさいし。だるいし。あっ!一緒にサボっちゃうか?」

「めんどくさくないし。だるくないし。サボらない。はやく戻って」

「へーい。新たちゃんは真面目ちゃんなんだからぁ…」

渋々と立ち上がりクラスから出ていくその背中をじっと見てしまう。

「本当に真くんってかっこいいよね」

「わかる!部活でも1年生の時からずっとレギュラーらしいよ。ちょっと勉強出来ないところも可愛いし」

ちょっとどころじゃない。真は勉強なんて全く出来ない。
僕がいなかったらそれこそレギュラー外されているし、何より2年生になれていない。これは断言出来る。

「今度、教えてあげる?」

「わかる!それきっかけで仲良くなれたりして?」

「きゃー!!!どうしよ!次の国語頑張ろかな?」

いや、間に合ってます。大丈夫です。と言いたい気持ちを抑える。そういえば真って…

「国語だけは教えなくてもそこそこいい点数なんだよな」
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「かくとだに えやは伊吹の さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを」

「はい?」

「だから…かくどだに えやは…」

「わかった!わかったから…だからその歌がなに?百人一首だったよね?」

お昼時間。
いつも通り2人でご飯を食べていれば、急に思い出したように百人一首を言ってくる真に警戒心が出てくる。

「まさか、次は国語まで教えろって言うんじゃないだろうな」

「いやいや、この歌って俺のための歌だよなーって」

「どこが??」

この歌って確か、好きとか愛しているって気持ちを伝えられないみたいな歌だったかな。
言いたくても気持ちを言えないみたいな。

「まさか…また好きな人が出来たとか言うんじゃないだろうな?」

「違う違う!そんなんじゃない。それに…」


「「俺は好きな人を忘れるために恋を探しているんだからさ」」


好きな人を忘れるために恋を探している。
ぐるぐると誠の言葉が脳みそを埋め尽くす。
お陰様で5限目も6限目も授業に集中出来なかった。
僕でも知らない…好きな人がいるのか。
やっぱり可愛い子なのだろうか。
それとも綺麗で清楚な子なのだろうか。
斜め上を考えてギャル系も有り得る。
有り得ないのは……

「おーい!新!帰ろうぜぇい!今日はなんと部活無くなってよぉって…」

「うる…さいっ!僕は…今日は…ひとりで帰る!」

「はぁっ!?なんで!おっとと!帰さねーよ!」

「うるさい!僕だって真と帰らないし!」

「なんだよ?俺しか帰る人いないだろ?」

扉を塞ぐ真に少しのイラつきを覚える。
真はなにも悪くない。
この気持ちに悪も正義も関係ない。
この気持ちを解く数式もなければ、紡ぐ言葉もない。
それは僕らが友達だからなのか。親友だからなのか。
それとも男という同じ壁の中にいる存在だからなのか。

「僕だって真以外に帰る人いるし!」

「は…?」

簡単な話しだったのかもしれない。
さっさと気持ちを捨てれば良かったのかもしれない。
他に過ごす人を作れば…真みたいに忘れるための恋をすれば簡単だったのかもしれない。
そしたらいつも通りの世界になる。
簡単でシンプルで。数式でも解けるし言葉も簡単に紡ぐことが出来る。

「真…手を離して」

誠を押し退けて扉を出ようとしたが、真の手によって足を進めることが出来なくなる。

「だれ?だれなんだ?同じクラスのやつではない事は確かだ。だれなんだ?お前と仲良くなれる命知らずなやつって?」

「いたっ…ま、真…手が痛いって。離せって…」

「離さない。なぁ、だれなんだよ?それとも他高か?」

「そ、そんなこと真に関係ないだろ!」

「関係ないわけないだろ!お前が……他の奴と帰るなんて俺…」

真の言葉は徐々に小さくなっていき僕にも聞こえない。
俯いているため真が何を考えているのか僕は読めずにいた。

「痛いから手離して」

「離したら…お前は他の奴と帰るんだろ。そいつと付き合ってるのか?」

「だから、僕が誰と帰ろうと誰と付き合おうと勝手じゃんか!なんで真が介入してくるんだよ!」

「当たり前だろ!お前が俺以外と帰るの許せる訳ないじゃん!!それに付き合うとか……俺を差し置いて……俺のほうがずっと好きだったのに」

ズルズルと床に落ちていく誠を見て僕は頭が真っ白になった。
好き?すき?寿司?
いやいや、寿司だったら簡単な話しだったのに。

「新……お前にとって俺の存在って?」
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世界はきっとシンプルなんだ。
そうじゃなきゃ…おかしい。
悪は悪。正義は正義。黒は黒。白は白。
男も女も性別という壁に隔てられ真っ二つにされている。

「なぁ、今度練習試合あるからさ新の作ったお弁当食べたいなぁって」

「なんで僕が試合を見に行く前提なんだよ」

「そんな事言っても健気で可愛い可愛い新くんは来てくれるのでした」

「健気で真面目で優等生な新くんは練習試合を観に来ないのでした。次の日の英語の小テストに向けて家で勉強をするのでした」

僕らのこの親友という関係性も。
僕らの存在理由も。

「ちょっと…ええっ?!小テストあるの嘘だろ!!英語って同じ先生が教えてたよな!?新〜今日…頼むよ」

「嫌だね。練習試合の方が大切なんだろ?」

「えっ!教えてくれていいじゃんか…俺の存在って新にとってなんなのさぁ〜」


「そうだなぁ………特別な存在…かな」

「ちょっ!お前そんな恥ずかしいこと急に言うなよ!」


そう、きっと世界は僕が考えるよりもずっとシンプルなんだ。

3/23/2024, 2:10:42 PM