ありす。

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「間宮…お前は本当に才能があるなぁ!」

「ありがとうございます」

興味もなかった。
ただ、部員が足りないと言われて友達を助けるために入った部活の顧問に言われた一言。

「本当にうちの美術部を救うエースだぞ!お前は!」

「あー…そうですか…」

目の前に広がるなャンバスに目線を落とした。
今、描いているのは特段興味もない、変哲のない校庭。
ただの水彩画。描くものなんてなんでもいい。
ただ描いて提出すればそれで終わるだけだから。

「本当に入ってくれてありがとう〜。うちの学校って運動部に力入れてるじゃんか…だから文化部が生き残るの難しいんだよね〜。でも、あんたが入ってくれて大賞取ってくれたからうちの部活は安泰だよ!」

「なら、よかった」

「あんた…やっぱり大学は美術系に行くの?」

「いや、別に絵描くの嫌いじゃないけど…好きでもない」

「もったいないよ!!そんなに上手いのに!あたしだったら迷わず行くんだけどなぁ。あっ!今度オープンキャンパスでも行ってみる!?あんたなら…」

友人の声が遠のいていく。
いや、私が聞きたくないだけなのだ。
なんで絵を描いただけなのに、誰が決めたのかも知らない賞をもらっただけなのに、私の将来が決められているのか。
私は別に絵が上手くなりたいなんて望んだわけじゃない。
将来それで食っていこうなんて思っていない。
ただの周りの評価なだけなのに。
私の将来はもう決められているみたいだ。
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将来の夢というものは本当に厄介なものだと思う。
幼稚園の頃は将来の夢を言うだけで良かったのに、大人になればそれを叶えるために追わないといけない。
追ったとして叶う確率は1万分の1以下。
1万人いても誰一人叶わずに終わる。

だから本当に厄介なものだと思う。

「咲良…イラストレーターになりたいって言ってもな…お前どうやって生活していくんだ?」

「バイトで働きながら…イラストレーターの専門学校に…」

「咲良…お前現実を見ろ。お前の親御さんは就職して欲しいって言ってただろう?大学、専門学校に出せる費用もないって…」

「だから、バイトで働きながら夜間でも…なんでもいいからあたしはイラストレーターの専門学校に…」

「現実は甘くない。そもそもお前…イラストレーターって言っても美術部にも入ってないだろう?実績もないんだ…、あっ、そうだ!お前…専門学校や大学考えているなら音楽系はどうだ!ここらだとあの有名な音楽大学から推薦…」

先生の声が遠のいていく。
いや、本当は自分自身がよくわかっている。
だから聞きたくないだけ。知りたくないだけなんだ。
少し周りより遅く夢を見てしまっただけなのに。
将来それで食っていこうなんて大それた事は思っていない。
ただの周りの評価なのに。
あたしの将来はもう決められている。
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クラスメイトに咲良さんという女の子がいた。
初めてその子を意識したのは音楽の授業。
近々ある学年音楽集会に向けて、みんなが歌うパートを決めようとなった時だった。
先生が1人で歌うのはみんな緊張するからと3人1つのグループになり先生の前で歌わされた。

私は咲良さんとは同じグループになった。
咲良さんは人目を引く容姿をしている。
アニメとかドラマとかでよく見る黒髪美人。
所謂、美少女だった。
隣には同じ部活の友達。気まずかったと思う。
私も友達も咲良さんと話をしたことがない。
当の本人は楽譜をただ見ているだけ。

「歌か……私はあまり好きじゃないんだよね」

「そうなの?私は歌好きだけどな」

「えっ!?あんた…絵だけじゃなくて歌までいけるわけ?天は二物も三物も与え好ぎ!」

「いける…ってわけじゃないけど。歌うことは好きだよ」

ただの真っ白な紙に絵を描くより何百倍も好きだけど。
口が裂けても言えない言葉を私は呑み込んだ。

「あっ、私たちの番だ!いこう!」

友達に急かされて私も立ち上がる。
咲良さんも後ろをてくてくと着いてきていた。

「じゃ、この音程で歌ってね」

先生がピアノで音程を短く鳴らしてくれる。
それに続き私達も歌い始める。


「さ、咲良さん…あなた音楽部だった?」

歌い終わると先生の焦った声が咲良さんに集中した。

「いえ。違います」

「あなたなら音楽大学の推薦もらえるわよ!そんなに歌上手なら音楽部に入ってくれれば良かったのに!!」

「音楽は興味無いです」

「もったいないわよ!そんなに上手なのに!」

咲良さんは困った顔をして先生との話に丁寧に答えている。
心底、羨ましいと思った。
私が歌っても周りは何も言わない。私は歌を歌いたい。
同じ芸術でも違う。なんで私は絵なんだろう。
これが歌だったら…何度も考えては辞めてしまう。

「咲良さんめっちゃ歌上手いね。びっくりしちゃったよ」

「あ……そ、そうだね」

「私もあんたもなかなか上手かったよ!でも咲良さんがレベチ過ぎたね〜」

「あ、ははーそうだね」

将来の夢ってなんで叶わないんだろう。
本当に厄介だ。
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「あなたは…なんで美術系の大学に行かないの?」

「えっ……あぁ…咲良さん。急にどうしたの?」

放課後。
先生との面談が終わり教室を出ようとした時だった。
咲良さんに呼び止められた。
綺麗な黒髪に二重の大きな瞳は日本人じゃ珍しい茶色。
カラコンも入れていない天然ものだ。

「単刀直入に言うとあたしはあなたが心底、羨ましいです。そんなに絵が上手いのに。あなたの作品を見ました。大賞を取ったあの作品。あたしもこれだけ書けたらと思いました。だから疑問なのです。あなたがなぜ大学に行かないのか」

「ええっと…私は別に絵を描きたいとか思ってないと言いますか…」

「宝の持ち腐れと言うものですか?」

「いやいや、それを言うなら私は咲良さんの方が羨ましいよ!歌上手いし…芸能人になれるぐらい可愛いし…」

「歌うことに価値はないですし、人間みんな衰えていくものです。容姿も変わっていくのです。あたしはイラストレーターになりたかった」

「そんな事言われても…私だって歌手になりたいよ!でも…人並みだから…」

教室のど真ん中で私と咲良さん。
絶対に普段なら関わらない私たちがこうして話をしている。
内容は、お互いの将来の夢。

「あたしは絶対に諦めたくない」

「私も!まぁ、今さっき先生から美術大学進められちゃったけど…私の家は費用出してくれないだろうしって…」

「あたしは音楽大学を勧められましたけど丁重にお断りしました」

「ふっ…なんだろう。初めて咲良さんと話したけどかっこいいね。私には無いものを全部持っていて…やっぱり羨ましいよ」

「あたしもあなたは羨ましいです。あなたが描く世界はあたしの目標ですもの」

「私たちって…お互いが持っているものを欲しがっていたんだね。どっかで共有出来ればいいのに」

「共有……それです!!!」

咲良さんは私の机をドンッ!!と叩くと1人で楽しそうに笑いだした。

「さ、咲良さん…?」

「間宮さん…あなたは音楽の大学に行きたんですよね?」

「うん、まぁ…行けたらだけどね」

「私はイラストレーターの専門学校に行きたい。でもそれにはお金が必要で間宮さんもお金が必要。ここは2人で協力しません?」

「ええっ!あ、危ないことはナシで!!」

「危ないことはないです。動画配信なんてどうですか?コンテンツは歌。あたしずっと考えていたの。歌を歌ってお金を稼いでそのお金で専門学校を」

咲良さんはスマホで人気の動画配信アプリを開く。
アカウントはもう作ってある。
急上昇には、歌やゲーム実況など様々なジャンルの動画があがっている。

「ええっ!!でもそしたら咲良さんにおんぶにだっこだけど大丈夫?」

「いえ、間宮さんにはイラストレを描いてもらいます。私が歌って間宮さんはイラスト。それで稼いで2人で大学、専門学校に行ったらいいのです。私たちは才能があります。お互い、ないものねだりな才能ですが。さぁ、どうします?」

咲良さんが私に手を差し出してきた。
この手を取れば私は音楽の大学に行ける。
でも、動画配信サイトで売れればの話だ。
大きな賭けになる。まだ、卒業まで時間は確かにある。
でも、それでも夢物語な賭けになる。

「夢を追いかけて叶う人は1万人いて1人もいない。そんな確率なのだから…どうせならやってみる価値はありますよ?」

「わ、私は…」


本当に夢というものは厄介なものだ。
でも、ないものねだりな才能を持つ私たちも同じくらい厄介なんだろう。

3/27/2024, 5:59:26 AM