ありす。

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「明日、雨降ると思うよ」

人気のない錆び付いた遊具が、並ぶ小さな公園のベンチに座っていると急に鈴の音のような声が聞こえた。
その声を辿ると目の前に見慣れない制服を着た私より年上だろうか…凛とした顔で空を見ている女性がいた。

「えっ……と…」

「雨降ると思うよ。だから帰った方がいいかも」

綺麗な瞳の中に無機質な表情が見える女性を私は3度見してしまった。

「あっ…私に言ってるんですね…」

「……」

不気味すぎる。
この一言に尽きた。
知らない女性に話しかけられているだけでも、頭の中にクエスチョンマークが浮かぶのに、それ以上女性が喋ることはなかった。
気まずくてなり何か会話を…と思ったが話のネタなど持ち合わせていない。

「えっと…私…帰ります。ありがとうございました」

そそくさと荷物を持ち公演を出ていく。
今日は、1人になりたくて公園に来たのに変な人に会ってしまった。

その後の天気は曇りのままだった。
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教室は今日も騒がしい。
1つの机を囲んでカースト上位…所謂派手目な子達は、メイクに自分磨きにと忙しそうにしている。

教室の隅の方では、静かに本や勉強をする子もいれば、好きなんテレビの話に花を咲かせている子もいる。

どこに属さない…いや属せないのが私だ。
教室の後ろの隅で小さく息を潜めて今日も過ごしている。
昔から苦手だった。人付き合いというものが。

楽しそうに話す事に強く憧れを持ってはいるが、行動に移せない。

「一言、勇気を出すだけで世界は変わる」らしいが現実はそうじゃない。
一言を発するだけがどれだけ難しいかを世界はわかってくれないみたいだ。

「今日も…一人になりたいなぁ」

教室は私、一人置いて今日も騒がしい。


「あっ…」

放課後、また一人になりたくて来た昨日の公園に先客がいた。
私を見るなりその人は興味無し。…といった風にそっぽを向いた。
昨日の人だ。瞬時に脳が判断する。
頭の中でぐるぐると闇鍋のように色々な感情が混ざっていく。
この公園が悪い。ベンチがここだけにしかないことが悪い。

「座れば…いいのに…」

「へっ…!あ、ありがとうございます…」

久しぶりに誰かに言った感謝の言葉は薄く消えていった。
この人の隣に座るとふわっ…といい香りが漂った。
美人は、香りまでいいのか。と変態じみた考えを消すように私は地面を見続ける。

「あ……雨が降る…」

「えっ…雨ですか…」

彼女は雨が降ると昨日も言っていたが曇りのままだった。
小学校や中学の時にいた「私、幽霊が見えるの…霊感があるの」と言っていた胡散臭い同級生を思い出してしまった。
もしかしてこの人もその類なのでは?と考えてしまう。

「昨日…雨降ってないですよ?天気予報の勘違いですよ」

「天気予報は見てないよ。私は雨の音がわかるの」

にわかには信じ難いその発言に私は、どう返答をすればいいか迷ってしまう。

「何も言わなくていいよ。私は人と違うってわかってるから。みんなと同じになれないってわかってる。だから気付けば一人を選んでる」

「あっ……そ、その気持ち私も何となくわかります!クラスにいる時に特に…。私もメイクの話ししてみたいし、ドラマとかアニメの話しをして盛り上がりたいなって思ってて…でもやっぱりひとりがいいなぁって思っちゃって1人を選んで…」

「そう。あなたもそうなのね」

私の顔など一切見ずにその人はただ空を見ているだけだった。

「あの…よければ…またここで会いませんか?」

隣を見れば、驚いたように見開く綺麗な瞳と目が合った。
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「今日の天気はまた曇りか……」

下校途中、スマホの天気予報アプリが知らせるのは朝から変わらずの曇り。

「今日も先輩は「雨が…降る…」って言うのかな〜」

錆び付いた遊具が並ぶ小さな公園で出会ったあの人はどうやら2つ上の3年生だった。
あの日から先輩に会うのが恒例行事になりつつある。
いつもじっと空を眺めては「雨が…降る…」という発言をするものの雨が降る気配は微塵もない。

でも、その台詞を聞かないと一日が始まり終わったと実感しなくなってきた。
なんだかんだ私は先輩と会うのを楽しみにしている。
友達と言われればなんだが違う気がして否定したくなるが、私と先輩はそもそも友達ですらないのかもしれない。

「あ…先輩!」

公園の入口から見えるいつものベンチに先輩は座っていた。
相変わらず見た事のないセーラー服を見に纏い、長く綺麗な黒髪の毛先を指に絡めては解いてを繰り返している。

こんなに綺麗な人は私の学校にもいない。
綺麗な人をみた反射なのか胸が少しざわめいた。

「今日もいたんですね」

「家には帰りたくないから…」

「えっ!?何かあったんですか?」

「多分…もう私はここに来ることは出来ない」

「えっ……」

「だから…最後に会えてよかった」

まだ出会って1週間ほどしか経っていないのに。
この瞬間、私は先輩の綺麗な笑顔見た。
この笑顔が最後なんて…。

「嫌です!!私はまだ色々話したいことがあるのでっ!だってまだ…まだ…」

気付けば目から涙が零れていた。
何を喋っているのか自分でもわからなくなるが、先輩に伝えないといけない…そんな気持ちが先走っていく。

「まだ…出会ったばかりですよ?もうさよなら…なんて…」

「はい…」

「えっ…か…さ…?」

「じゃ…ね。これから雨降るから」

先輩は泣きじゃくる私を置いて行ってしまう。
その後ろを姿が頭から焼き付いて離れなかった。
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教室は今日も騒がしい。
私、一人残して。
あれから先輩とは会っていない。
あの公園にいない。
毎日毎日、あの公園に足を運ぶが先輩はいない。

本当に世界から外されみたいだ。

「あー!ここの制服可愛いよね」

「隣町の南高でしょ?セーラー服いいなぁ」

「えっ!?ごめん!ちょっと見せて!」

いつもならBGMのようなクラスメイトの声も今日は鮮明に聞こえた。

「えっ!あなたも興味あるの?可愛いよね!ここの制服」

「隣町の南高よ!私の従兄弟が通いたいって」

クラスメイトの子がみていた学校の紹介雑誌を見てみれば、先輩の制服が見える。
セーラー服。やっぱり先輩が来ていた制服だ。

「あの…ここに行きたいんだけど…」
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バスから降りてみれば、南高校と書かれたバス停とでかでかと立派な校舎が見えた。
ここに先輩がいるはず。

他校な事もあり中までは入れないが…外から校舎を見てみる。傍から見れば怪しさ満点だがそんな事言ってる場合じゃない。

「先輩に会わなきゃ…」


「なんで……ここにいるの…?」

「せ、先輩…」

セーラー服を見に纏いこちらを見つめる先輩がいた。

「先輩!私、その先輩に会いたくて…その…!」

私が声をあげると先輩はなぜか俯いている。

「あの…これ返します。あのあと…とんでもなく雨が降ってその…」

「雨が降るって音がしたから」

「あれ…でも天気予報は曇りって」

「今日も…雨…降るから」

いつものように天気予報アプリを開けば、曇り…ところにより雨だった。

「ところにより雨?」

「降るから」

そう先輩が言った瞬間雨がポツポツと降り出した。
先輩は静かに私が返した傘をさした。
その姿すらも綺麗だ。

「入らないの?」

「えっ!?あ、ハイリマス」

いつもより近い距離にいるせいか胸がドキドキする。
先輩の息遣いや香りが近い。

「なにか…言いたいことあったんでしょ?」

「えっあ!?そう…でしたね。これからも…その…会って欲しいです!…って事を伝えたくて」

「どうして…?」

「いや!それはやっぱり…先輩とはなんか気が合うと言うか…ほら先輩の天気予報当たるし」

「また明日降るから」

「えっ!?明日は晴れですよ?」

「ううん。降るから。また明日も聞いてね」

そう言って先輩はいつもと同じように空を見上げた。
私も同じように天気予報のアプリを見てみた。

「明日は晴れで……ところにより雨」

先輩の天気予報は最初から当たっていたのか。

3/25/2024, 9:23:29 AM