いろ

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12/22/2023, 8:08:09 AM

【大空】

 どこまでも遠く広がる大空を眺める。この空はきっと、君の元まで繋がっている。
 旅立ちの前日に君から贈られたストールに、口元を埋めた。別に君のことが嫌いだったわけじゃない。それでもあの狭苦しい村では、私は思うように息ができなかった。夫を立てる良き妻となれと強要してくる両親も、閉鎖的で古臭い慣習ばかりに縛られた村の空気も、何もかもに耐えられなくて、真冬の寝台列車に一人で飛び乗った。
 君は今でも、雪に覆われたあの村にいるのだろうか。親の決めた許嫁として、私を大切にしてくれていた君は今ごろ、誰か好きな人を見つけて添い遂げているのだろうか。そうであってくれれば良いと願う。こんな跳ねっ返りな娘のことなんて忘れて、幸せになっていてくれれば良いと。
 吐き出した真っ白い息が、遥か高い大空へと吸い込まれていった。

12/20/2023, 9:50:10 PM

【ベルの音】

 朝焼けに染まる空を眺めながら、白い息を吐き出した。目の前のプラットホームには、時間調整のために電車が停まっている。これに乗れば、もう。私はこの町には帰ってこられない。
 生まれ育ったこの町も、両親も、友人たちも、決して嫌いなわけじゃない。だけどそれでも、全ての道を決められた選択肢のカケラもない人生なんてごめんだ。自分の足で、自由に、私は歩いていきたい。
 ジリジリと鳴り響く発車ベルの音。それに促されるように、私は電車へと乗り込む。ゆっくりと電車は発車した。やがて速度を上げ、私の生まれ故郷を遥か彼方へと置き去りにしていく。
 ほんの少しの寂しさと、それ以上の清々しさを感じながら。私は電車の揺れに身を預けた。

12/19/2023, 9:51:08 PM

【寂しさ】

 深夜に帰ってきた同居人からは、アルコールの匂いがした。香りだけで酔いそうになる濃厚さからは、そうとうな深酒をしたのだろうと容易に予測できる。案の定、真っ赤な顔でニコニコと笑っていた同居人は、俺の姿を見たとたんに表情の一切を消し去った。
「おかえり」
「……うん、ただいま」
 廊下に座り込んだだぼんやりとした横顔は、俺ではないどこか虚空を眺めている。立ち上がらせてやろうと手を差し伸べれば、何を思ったかするりと熱い頬を寄せられた。
 大勢の人間に囲まれて、アルコールを煽って、馬鹿みたいに騒いだところで、おまえの抱える寂しさが埋まるわけがないのに。
 それでもほんのひとときの享楽に耽らずにはいられないおまえの愚かさが、愛おしくてたまらなかった。

12/18/2023, 9:55:50 PM

【冬は一緒に】

 春も夏も秋もおまえとは顔を合わせるけれど、冬は格別だ。ほとんど毎日のように訪ねてきては、かなりの頻度で泊まっていく。仕事帰りのおまえが黒くて重いコートに身を包み、来ちゃったと笑う頻度が重なってくると、ああ今年も冬になったのだなと実感するのがもはや風物詩だった。
 互いに口には出さないけれど、木枯らしが冷たい空気を運ぶ季節になるとおまえが俺のもとを訪れるのは、きっとおまえが寂しいからで、俺が寂しいとおまえが思っているからだ。俺の姉でありおまえの恋人だった彼女が死んだ、あのどうしようもなく寒い雪の日を思い出さずにはいられないから。
「今日は鍋にしようよ。具材は買ってきたからさ」
「量がおかしい。そんなに食べ切れるか」
「余ったら明日も食べればいいじゃん」
 なるほど、今日は泊まっていく気だな。小さくため息を吐きながらキャベツを手に取った。
 ぽっかりと開いた心の穴を補い合うように、慰め合うように、冬になると二人きりで身を寄せ合う俺たちを、天国へと旅立っていった姉はどんな風に思っているのだろう。その答えは俺にはわからない。わかるのはただ、こうして身を寄せ合わなければ俺たちは生きてはいられないということだけだ。
 冬は一緒に、寂しさを分け合って。そうして俺たちはいつか訪れる春を、二人で待ち望むのだ。

12/18/2023, 12:39:48 AM

【とりとめもない話】

 放課後の教室でぺらぺらと、毎日のようにくだらない会話を交わす。去年までは考えられなかったことだ。内容なんてほとんど知っている無意味な学校の授業を義務的に終えた後は、すぐに自宅に帰って書庫の本読みふける……それがずっと日常だったのに。
 窓から差し込む夕日が、君の頬を橙色に染める。首を傾げた拍子にさらりと揺れる黒髪が美しい。無駄なものが大嫌いだった僕がこんな無駄な時間を愛していることを知ったなら、幼い頃の僕はどんな顔をするのだろう。だけど僕は今のこの無駄ばかりの僕のことが、意外と嫌いじゃないんだ。
 君と交わすとりとめもない話に全身を浸している、その瞬間だけは。いつのまにか忘れてしまっていた本心からの笑顔を、浮かべていられる気がするから。

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