【ブランコ】
ギコギコと音を立てて君がブランコが揺らす。幼い頃はいつも、競い合うようにブランコを漕いでいたっけ。大人になってからはもう、随分と長いこと乗っていなかったけれど。
「それ、大人の体重支えられるの?」
「さあ? でも壊れてないし大丈夫なんじゃない?」
僕と問いかけに君はあっけらかんと応じる。それでも僕は君の隣のブランコに腰掛けられない。ポールに背を預けて、大人ぶった顔で君のことを見守るだけだ。
取り繕うことばかりを覚えてしまった僕は、もう無邪気に君の隣にはいられない。夢を追ってこの町を飛び出していく君の背中を追いかけていけるほど、無鉄砲な子供ではいられなくなってしまった。
「じゃあ、気をつけてね」
「うん、行ってきます!」
軽やかに笑って、君はブランコから飛び降りた。キラキラと輝く君へと重たい手を振る。無人になったブランコが、君の名残を残してあてもなく揺れていた。
【あなたに届けたい】
慣れた急坂の階段を一段飛ばしに上がっていく。このあたりは坂ばかりで、自転車もロクに使えない。仕事を始めた頃は息が切れていたけれど、いつのまにか丘の一番上にあるお屋敷まで駆け上がったって問題ないだけの体力が身についていた。
それなりに良い大学は出たし、それなりに才能にも環境にも恵まれたほうだったと思う。この仕事を選んだときには周囲にたいそう驚かれた。もっと大企業に就職しなさいと遠回しに薦められもした。だけどそれでも。
「お届け物です!」
配達先のお宅のドアノックを鳴らし、渡すべき小包みを手にドアが開く時を待つ。この瞬間が僕は大好きだ。
誰かの贈る『想い』をあなたに届けたい――だから僕は、配達人(この仕事)をしている。
【I LOVE…】
忘れられない言葉がある。かつて私は兄の仕事を手伝って、敵国の捕虜に食事を届ける役目を果たしていた。その中の一人、人形みたいに綺麗な金の髪と青い目をした異人さんは、私が食事を運んでいくと優しい眼差しで私を見つめ、辿々しく「ありがとう」とお礼を言ってくれた。敵国の人間なんて怖くて仕方がなかったけれど、彼のことだけは嫌いじゃなかった。
停戦を迎え、捕虜を解放する日の前日。初めてその人は自分から私へと手を伸ばした。私の手を握り込んで、いつも食事の時に彼らの神へと祈る時のように、私へと跪いた。
「I love……」
それは彼らの国の言語で、私には上手く聞き取れなかった。そうして彼もきっと、私にその言葉の意味が伝わらないことをわかっていた。満足そうに、それでいて寂しそうに微笑んで、彼は私から手を離す。それが私が彼を見た最後だった。
しばらくして辞書を使い、聞き取れた部分の彼の言葉を調べてみた。
I LOVE……私は愛しています。彼が何を、誰を、愛していたのか。彼は私に何を伝えたかったのか、今となっては私にはわからない。それでも私はあの日の彼の真摯な声を、慈しむような眼差しを、今でも忘れられずにいる。
【街へ】
ガタガタと音を立てて電車が進んでいく。車窓を流れる景色が、見慣れた水田の緑から色とりどりの住宅へ、そして秩序だった窓ガラスの並ぶビルの群れへと変わっていく様をぼんやりと眺めていた。
近代的なホームに滑り込んだ電車のドアが、ブザー音と共に開く。荷物をまとめて降り立てば、混み合っているホームに見慣れた長身が覗いていた。
年に一度だけ、君に会うために街へと訪れる。人混みは大の苦手だけれど、君のためならばなんのそのだ。
「久しぶり!」
人並みを縫うように君へと駆け寄り、君の身体をギュッと抱きしめた。
【優しさ】
無言で骨壷の前に佇む君の横に、僕もただ黙って腰を下ろす。障子の向こうでは雨音が粛々と鳴り響いていた。
妹を亡くした君が泣かないのに、幼馴染の一人を亡くしただけの僕がみっともなく泣き叫ぶわけにはいかない。じわりと滲んだ視界を、目頭に力を込めて必死に耐えた。
慰めの言葉も、励ますような温もりも、僕たちの間には必要ない。きっと周囲から見れば冷めきった関係に見えるのだろう。だけどそれでもただ無言で寄り添うこの時間だけが、生きるのが下手くそな僕たちが互いへと向けられる最大限の優しさだった。