いろ

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10/17/2023, 11:14:26 AM

【忘れたくても忘れられない】

 腕を濡らす生ぬるい温度。幸せそうに笑う君の吐息。君の心臓を貫いたその感触を、僕は今でも忘れられずにいる。
 何度生まれ変わっても、君の姿も声も何もかも忘れてしまっても、脳裏にこじりついたあの血に塗れた鮮烈な景色だけが永遠に忘れられないんだ。どうして最初の世界で僕が君を殺したのか、その理由すら今となっては僕にはわからないのに。
「さあ、何でだったんだろうね?」
 情けなく君の身体に縋りつく僕の背中を優しく撫でながら、君は残酷に首を傾げた。幾度も繰り返し続けた人生で初めて再会した君は、果たして本当にその答えを覚えていないのか、或いは知っていてとぼけてみせているだけなのか。根拠も何もないただの勘ではあるけれど、後者のような気がしてならなかった。
 こんな記憶忘れてしまいたかった。しゃくり上げながら吐き捨てれば、君は嘲るように口角を持ち上げる。
「相変わらずバカだね、あなたは。本当に忘れたかったのなら、私を見つけても声なんてかけずに無視してしまえば良かったのに」
 そんなの無理だ。無理に決まってる。だってずっと探していたんだ。君にもう一度会える日を、待ち望み続けていたんだ。
「忘れたかったと言うくせに、あなたは本当は忘れたがってないんだよ。だからいつまでも忘れられないんだ」
 君の手が僕の涙をそっと掬う。呆れたような笑顔なのに、その眼差しはひどく哀しげに細められていた。
「全部忘れて、幸せになってしまって良かったのにね」
 慈愛に満ちた君の息を聞きながら、あの日この手で終わらせた君の命を両腕に抱きしめた。

10/16/2023, 10:09:53 PM

【やわらかな光】

 血に塗れた人生だった。人の命を奪い、幾度となく両手を汚してきた。この罪の報いは受けねばならない。自分の死はきっと惨たらしいものとなる。そう覚悟していたというのに。
「お疲れ様」
 あなたの声が降り注ぐ。ああ、やめてくれ。俺なんかに触れれば、あなたの手が汚れてしまう。そんな俺の願いを見透かしたようにあなたは薄く微笑んだ。
「おまえのそれが罪だと言うなら、その罪に支えられ命を救われてきた私も同罪だ」
 高潔にして寛大なる俺の王。あなたの腕の中で死ねるなんて、俺のような者にとっては身に余るほどの光栄だ。
「おまえのような臣を得て、私は幸福だったよ」
 やわらかな光が俺を包み込む。あなたの温もりが、優しく意識を溶かしていく。
(おれも、あなたにおつかえできて、しあわせでした)
 最期に囁いた感謝は、もはや声にはならなかったけれど。

10/15/2023, 9:52:04 PM

【鋭い眼差し】

 資料を見つめる君の鋭い眼差し。声をかけるにかけられず困り果てていた侍女たちの姿を思い、私は小さくため息を吐いた。まったく、配下を無駄に怯えさせないでほしいものだ。ただでさえ怜悧な顔立ちをした君が眉を寄せて目を細めていると、近づいただけで周囲の全てを切り裂く抜き身の刃のような恐ろしい印象を受ける者も多いのだから。
「ねえ、そろそろ夕飯の時間みたいだけど。いったん休憩にしたら?」
 君の横から手を差し入れて、眼前でひらひらと手のひらを振る。ぱちりと一度瞳を瞬かせたあと、ゆっくりと君は私の顔を見上げた。
 鋭利だった瞳の色が、柔らかくほどけていく。甘やかで優しい、いつもの君のものへ。深い夜が刹那にして明けるようなこの瞬間が、私はいっとう好きだった。
「あれ? もうそんな時間?」
「そうだよ。集中すると本当に周りが見えなくなるんだから」
 朗らかな軽口を叩き合いながら、君の背を叩いて立ち上がるように促した。

10/14/2023, 11:42:31 PM

【高く高く】

 目にも眩しい蒼穹を、君が翼を広げて飛んでいる。出会った頃には羽の動かし方も魔術の使い方も何一つ知らなかった幼い子供。路地裏で野垂れ死ぬ幼子なんて珍しいものでも何でもなくて、目に見える範囲だけでも助けたいなんて殊勝なことを考えるほど善人でもないつもりだったのに、何故か手を差し伸べていた。
 痩せ細った君の身体を抱き上げたは良いけれど、子供の世話なんてしたことがなかったから何をどうするべきなのかもわからず、君が熱を出すたびにお人好しの友人のところに駆け込んでは、慌てすぎだよと大爆笑された日々が懐かしい。
 地上から君を見上げる私の視線に気がついたらしい君が、大きく手を振る。無邪気で朗らかな笑顔を君が浮かべられるようになったこと、それが私にはこの世の何よりも尊いことのように思えるんだ。
(高く高く、どこまでも自由に飛んでいきなさい)
 神の怒りを買い、雷霆により翼を断たれた私と違い、君にはその手段があるのだから。
 手の中の杖を、天上で遊ぶ君へと向ける。人間の親が自分の子供の幸福な未来を願うように、ありったけの祝福の魔法を愛しい君へと捧げた。

10/13/2023, 10:16:59 PM

【子供のように】

 日の落ちた薄暗い生徒会室を覗き込めば、各部活からの予算申請書類をテキパキとチェックしている君の横顔が目に飛び込んできた。真剣そのものな表情は、普通の者であれば話しかけることすら憚られるほどに怜悧で鋭い。誰しもが認める文武両道の優等生さまは、家柄も良ければ顔立ちも整っていて、欠点のない完璧な生徒会長なんてクラスの子たちが噂するのもわからなくはなかった。だけど。
「ねえ、他の生徒会の子はどうしたの?」
「用事があるって言うから。僕が一人でやった方が早いし」
 いかんせん付き合いの長い身だ、今さら集中モードの彼へと話しかけることに躊躇など感じない。問いかければ視線を私へと向けることもなく、君は淡々と応じた。放たれたセリフに思わず眉を顰めて、君の手の中の書類を奪い取る。
「あのね、人を上手く使うのも君の仕事でしょ。すぐ楽なほうにサボろうとするんだから」
 やれやれとため息を吐きながら苦言を呈すれば、君はようやく私へと顔を上げた。その唇が不満げに尖っている。まったく、これのどこが完璧な生徒会長なのか、誰か私に教えてほしいくらいだ。
「うるさいなぁ。君は僕の指導役か何かなわけ?」
「はいはい、文句は歩きながら聞くからとっとと帰るよ」
 促せば不機嫌そうな表情を隠そうともせず、君は立ち上がる。まるで子供のように拗ねてみせる君のこんな姿、きっと私しか知らないんだろう。頭をもたげた仄暗い優越感を心の奥へと封じ込めて、私は君の背を押した。

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