【忘れたくても忘れられない】
腕を濡らす生ぬるい温度。幸せそうに笑う君の吐息。君の心臓を貫いたその感触を、僕は今でも忘れられずにいる。
何度生まれ変わっても、君の姿も声も何もかも忘れてしまっても、脳裏にこじりついたあの血に塗れた鮮烈な景色だけが永遠に忘れられないんだ。どうして最初の世界で僕が君を殺したのか、その理由すら今となっては僕にはわからないのに。
「さあ、何でだったんだろうね?」
情けなく君の身体に縋りつく僕の背中を優しく撫でながら、君は残酷に首を傾げた。幾度も繰り返し続けた人生で初めて再会した君は、果たして本当にその答えを覚えていないのか、或いは知っていてとぼけてみせているだけなのか。根拠も何もないただの勘ではあるけれど、後者のような気がしてならなかった。
こんな記憶忘れてしまいたかった。しゃくり上げながら吐き捨てれば、君は嘲るように口角を持ち上げる。
「相変わらずバカだね、あなたは。本当に忘れたかったのなら、私を見つけても声なんてかけずに無視してしまえば良かったのに」
そんなの無理だ。無理に決まってる。だってずっと探していたんだ。君にもう一度会える日を、待ち望み続けていたんだ。
「忘れたかったと言うくせに、あなたは本当は忘れたがってないんだよ。だからいつまでも忘れられないんだ」
君の手が僕の涙をそっと掬う。呆れたような笑顔なのに、その眼差しはひどく哀しげに細められていた。
「全部忘れて、幸せになってしまって良かったのにね」
慈愛に満ちた君の息を聞きながら、あの日この手で終わらせた君の命を両腕に抱きしめた。
10/17/2023, 11:14:26 AM