いろ

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4/25/2023, 12:13:38 PM

【流れ星に願いを】

 濃藍の空から、白銀の星が次々に降り注ぐ。まるで絵物語にでも描かれたかのような幻想的な光景を眺める君の横顔は、流星群の瞬きにチカチカと照らされていた。
「願いことでもするの?」
 あまりにも熱心に星々を見つめているものだから、思わずそう尋ねていた。と、そこでようやく君の瞳が俺を映し出す。振り向いた君の動きに合わせて揺れた艶やかな黒髪が、星の光に染まって青みがかった銀色に輝いて見えた。
「まさか! だいたい、星が流れるこの短い時間で三回も願いごとを唱えろって、それもう叶えるつもりの全くないひとの要求の仕方じゃない」
「まあそのくらい制限をかけないと、世界中からの願いでパンクしちゃうんじゃないの」
「だって神社の神様は、同じ環境でも頑張ってるよね? それをできないって言うなら、流れ星の怠慢だよ」
 フォローは一応してみたけれど、ばっさりと切り捨てられた。相変わらず遠慮も容赦もない子だ。
 一歩、君の足が俺へと踏み出される。少しだけ近くなった距離。すぐ下にある君の顔が、真っ直ぐに俺を見上げる。星々の光を反射する大きな瞳が、まるで夜空そのもののようだった。

「それに、本当に叶えたい願いは。誰かに頼ったりせず、自分の手で叶えるものでしょう?」

 ――ああ、やっぱり君は誇り高く美しい。その在り方に、どうしようもなく惹きつけられる。君の辿る物語の終着点を見届けたいと、そう望んでしまう。
 神の末席に名を連ねるこの俺が、たった一人の特定の人間に心を動かされるなんて、仲間たちに知られればどれほど笑われることか。
「俺の前でそれを言う度胸は、素直に褒めておくよ」
 君の頭に手を置いて、くしゃりとその髪を混ぜ返した。そうすれば君は、髪が乱れるんだけどと不機嫌そうに唇を尖らせる。
 出会った時からずっと、俺の正体を知りながらも決して俺に縋らない君の強さが、俺には眩しくて仕方がないんだ。捧げられる願いを叶えて、叶えて、叶え続けて、心も身体も疲弊しきった俺の前に突如として現れた、星のように美しい人の子の額へと、友愛のキスをそっと落とした。

4/24/2023, 12:15:17 PM

【ルール】

 シェアハウスをするにあたり、僕たちが決めたルールはたったひとつ。――互いの自由を制限しないこと、それだけだ。

(そのはずだったんだけどなぁ……)
 リビングのテレビの上、壁の一番目立つ場所には、引っ越してきた初日に僕が書いたルールが堂々と貼られている。だけど今となってはグシャグシャと、紙の隙間を埋め尽くすかのように、追加のルールが書き加えられていた。いったいどれだけ増殖したのか、もはや数えたくもない。
 最初のキッカケはアイツが僕に確認も取らずに、女の子を家に招いたこと。確かに自由を制限しないとは言ったけど、それはさすがに一声かけろよと僕が怒って、「誰かを招く場合には事前確認すべし」というルールを追加した。そのあと僕がアイツの買ってきたプリンを勝手に食べて、アイツが眉を吊り上げながら「自分で買ってきたもの以外は許可なく食べるな」というルールを付け足したんだっけ。そうやってどんどんとルールの数が膨れ上がり、今に至るというわけだ。
 誰かと一緒に暮らすというのは、こんなにも面倒なのかと初めて理解した。ある程度気心が知れてるヤツとでもこうなるんだ。両親からはせっつかれているけれど、結婚とかちょっと考える気にもならなかった。
「で、どーすんの? 部屋の契約更新」
 片耳に行儀悪くイヤホンをはめて、手の中のスマホの画面から目線を逸らさぬまま、問いかけだけをこちらへと向けたソイツへと、僕は軽く肩をすくめてみせた。
「僕はもうしばらくこのままでも良いけど」
 互いの自由を制限しない。そのルールは、ルームシェアを解消する自由をも認めている。それは互いの暗黙の了解だった。この日常に疲れたら、或いは飽きたら、すぐに部屋を解約する。その前提で始めた共同生活だった。
「んじゃ継続で。オレも特に困ってないし」
「こんなにルールが増えたのに?」
 もともと束縛をより嫌うのはコイツのほうだ。ルールが増えたことによる煩わしさは、僕なんかよりよほど深刻だろうに。
「……まあ、いーよ。家賃は節約できるし、下手なヤツと暮らすよりは楽だろうし」
 ちらりと僕を見上げた君は、けれどすぐに視線を逸らし、さして興味もなさそうな口ぶりで告げる。だから僕は無言でペンを手にし、契約更新の書類にサインを書き込んだ。
 たぶんこの距離感が、互いにこのうえもなく居心地が良いんだ。ルールがいくら増えてもまあ良いかと流せるのは、きっと相手がコイツだから。なんて、絶対に口に出してやるつもりはないけれど。

 増えに増えたルールの一覧を眺めながら、僕はそっと口の端に笑みを浮かべた。

4/23/2023, 12:07:47 PM

【今日の心模様】

 物心ついた時には、感情の色が見えていた。嬉しい時にはオレンジ色、悲しい時には青色、怒っている時は赤色で、リラックスしている時には緑色。俺の視界はいつだって鮮やかで、溢れんばかりの色に溢れていた。
 あまりにも的確に相手の感情を汲み取るものだから、「まるで心が見えてるみたいだね」なんて、周りからはよく言われたものだった。だけど。
「君の意見を教えてほしいな」
 くるりとペンを回しながら俺を促した君の感情だけは、何故だか全く見えない。君の心はいつも無色透明で、まるで流れていく水のように静謐だ。今の発言が苛立ちから出たものなのか、それともただ純粋に俺の意見を知りたがっているだけなのか、それすらも俺には分からなかった。
 君の心を知りたいなんて思うのは、人生で初めてだ。嫌われてはいないかと不安になって、俺のことを好ましく感じてくれていれば良いと願う。自分の感情がグシャグシャに乱される毎日が、怖いけれど面白くて仕方がない。
 はたして君の今日の心模様は、どんな色をしているんだろう。透き通った君の心臓を見つめながら、そんなことを夢想した。

4/23/2023, 12:55:40 AM

【たとえ間違いだったとしても】

 大雨が降りしきっている。夕暮れ時の薄暗い景色の中を、衛兵たちの掲げるトーチの橙色の光が忙しなく横切っていた。
 狭い洞穴の中に君と二人で身を寄せ合い、必死に息を殺す。ドクンドクンと煩い心音は、僕のものなのか君のものなのか。それすらももはや分からなかった。
 やがて、トーチの灯火が遠ざかっていく。どうやら離れていったらしい。ホッと息を吐いた君が、それでも警戒心を残したまま洞穴から身を乗り出した。打ちつける雨が、君の全身をしとどに濡らす。
「大丈夫そうだよ。早く国境を越えよう」
 君は軽やかに僕へと手を差し出す。けれど僕は、動けなかった。
 手入れの行き届いた庭園で薔薇の花を愛でながら、シンプルだけど良い生地で仕立てられたドレスを纏い、穏やかにティーカップを傾ける君の微笑みを思い出す。……髪も服もびしゃびしゃにして、腕に擦り傷をつくり、泥に汚れたこんな姿、君には似合わない。君はもっと、幸福でいられた人のはずなのに。
「……何で、僕を助けたの」
 両親をこの手で殺した。衛兵たちに追われるだけの罪を、僕は確かに犯した。炎に包まれた僕の屋敷で、タイミング悪くマドレーヌを届けに訪れた君も、それは目にしている。それなのに、どうして。
「助けてほしく、なかったの?」
「当たり前だろっ……! 僕は別に、死罪で良かったのに!」
 全身で叫んだ声が、雨音にかき消される。そうだ、それで良かった。両親の統治のせいで酷い目に遭っていた領民たちは、これで救われる。僕が黙って死ねば、両親の所業は公にはならず、弟は問題なく家を継げる。これで全て上手くいくはず、だったのに。
 なのに君が僕を、助けてしまった。衛兵たちに剣を向けてまで、僕を連れて逃げてしまった。もう、僕は捕まるわけにはいかない。捕まれば幇助罪を問われて、君までギロチンで首を落とされてしまう。
 君は真っ直ぐに、僕を見つめていた。アイスブルーの瞳に、ちっぽけな僕の姿が反射している。肩を震わせるばかりの僕の手を強引に引いて、君は僕を雨空の下へと連れ出した。

「貴方が嫌だって言っても。たとえこの選択が、間違いだったとしても。それでも私は何度でも、貴方を助けるよ」
 
 力強く誇り高い声だった。雨が体温を奪っていく。ああ、早く行かなければ。国境を越えて、安全な場所に辿り着かなければ。一ヶ所に留まるのが危険な以上、この国では雨宿りすら満足にできやしない。こんな環境、僕はともかく君の身体には害でしかないのだから。
 羽織っていたボロボロの外套を、君の頭に被せた。こんなのでも、ないよりはマシなはずだ。
「ありがとう」
 外套をそっと手で抑えてはにかんだ君の笑顔を、消させるわけには絶対にいかない。僕なんかどうなったって良いから、君のことだけは守ってみせる。だって君を巻き込んでしまったのは、全部僕の責任なんだから。

 君と二人、手を取り合って。僕らは音を立てて降る豪雨の中を、国境へと向けて再び歩き始めた。

4/22/2023, 12:40:51 AM

【雫】

 晴れた空から雨粒がこぼれ落ちる。田舎道の片隅で、僕は思わず足を止めた。
 すれ違ったランドセルを背負った女の子たちが、「お天気雨だね」ともの珍しそうに話している。ああ、そうか。普通の人はそう感じるのか。
 森の木々の向こうに、ちらちらと覗く影。狐たちの花嫁行列。青空から降り注ぐ雨に太陽の光が反射してキラキラと輝くのが、まるで嫁に行く狐を世界が祝福しているかのようだった。
 遠目に映る、白無垢に身を包んだ美しい狐の横顔をただじっと見送る。……忘れるはずがない。森で迷子になった僕を助けてくれた、優しい狐。それをきっかけに、何度も共に遊んだ。たくさんのことを話した。君と過ごす時間は穏やかで、幸福で、永遠にこんな日々が続けば良いなんて本気で願った。
 だけどそんな夢、叶うはずもない。君は何処かへ嫁いでいき、僕も来月には進学でこの村を離れる。僕たちの人生は、もう二度と交わることはない。
 ふと、君の視線がこちらに向いたような気がした。目と目が合う。そう認識した瞬間、僕は咄嗟に踵を返した。
 僕のことなんて忘れて、どうか幸せになってね。晴天から降る雨が、僕の頬を湿らせる。こぼれ落ちた雫を、手の甲で乱暴に拭った。

 ――さようなら、僕の初恋のひと。

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