【雫】
晴れた空から雨粒がこぼれ落ちる。田舎道の片隅で、僕は思わず足を止めた。
すれ違ったランドセルを背負った女の子たちが、「お天気雨だね」ともの珍しそうに話している。ああ、そうか。普通の人はそう感じるのか。
森の木々の向こうに、ちらちらと覗く影。狐たちの花嫁行列。青空から降り注ぐ雨に太陽の光が反射してキラキラと輝くのが、まるで嫁に行く狐を世界が祝福しているかのようだった。
遠目に映る、白無垢に身を包んだ美しい狐の横顔をただじっと見送る。……忘れるはずがない。森で迷子になった僕を助けてくれた、優しい狐。それをきっかけに、何度も共に遊んだ。たくさんのことを話した。君と過ごす時間は穏やかで、幸福で、永遠にこんな日々が続けば良いなんて本気で願った。
だけどそんな夢、叶うはずもない。君は何処かへ嫁いでいき、僕も来月には進学でこの村を離れる。僕たちの人生は、もう二度と交わることはない。
ふと、君の視線がこちらに向いたような気がした。目と目が合う。そう認識した瞬間、僕は咄嗟に踵を返した。
僕のことなんて忘れて、どうか幸せになってね。晴天から降る雨が、僕の頬を湿らせる。こぼれ落ちた雫を、手の甲で乱暴に拭った。
――さようなら、僕の初恋のひと。
4/22/2023, 12:40:51 AM