いろ

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【ルール】

 シェアハウスをするにあたり、僕たちが決めたルールはたったひとつ。――互いの自由を制限しないこと、それだけだ。

(そのはずだったんだけどなぁ……)
 リビングのテレビの上、壁の一番目立つ場所には、引っ越してきた初日に僕が書いたルールが堂々と貼られている。だけど今となってはグシャグシャと、紙の隙間を埋め尽くすかのように、追加のルールが書き加えられていた。いったいどれだけ増殖したのか、もはや数えたくもない。
 最初のキッカケはアイツが僕に確認も取らずに、女の子を家に招いたこと。確かに自由を制限しないとは言ったけど、それはさすがに一声かけろよと僕が怒って、「誰かを招く場合には事前確認すべし」というルールを追加した。そのあと僕がアイツの買ってきたプリンを勝手に食べて、アイツが眉を吊り上げながら「自分で買ってきたもの以外は許可なく食べるな」というルールを付け足したんだっけ。そうやってどんどんとルールの数が膨れ上がり、今に至るというわけだ。
 誰かと一緒に暮らすというのは、こんなにも面倒なのかと初めて理解した。ある程度気心が知れてるヤツとでもこうなるんだ。両親からはせっつかれているけれど、結婚とかちょっと考える気にもならなかった。
「で、どーすんの? 部屋の契約更新」
 片耳に行儀悪くイヤホンをはめて、手の中のスマホの画面から目線を逸らさぬまま、問いかけだけをこちらへと向けたソイツへと、僕は軽く肩をすくめてみせた。
「僕はもうしばらくこのままでも良いけど」
 互いの自由を制限しない。そのルールは、ルームシェアを解消する自由をも認めている。それは互いの暗黙の了解だった。この日常に疲れたら、或いは飽きたら、すぐに部屋を解約する。その前提で始めた共同生活だった。
「んじゃ継続で。オレも特に困ってないし」
「こんなにルールが増えたのに?」
 もともと束縛をより嫌うのはコイツのほうだ。ルールが増えたことによる煩わしさは、僕なんかよりよほど深刻だろうに。
「……まあ、いーよ。家賃は節約できるし、下手なヤツと暮らすよりは楽だろうし」
 ちらりと僕を見上げた君は、けれどすぐに視線を逸らし、さして興味もなさそうな口ぶりで告げる。だから僕は無言でペンを手にし、契約更新の書類にサインを書き込んだ。
 たぶんこの距離感が、互いにこのうえもなく居心地が良いんだ。ルールがいくら増えてもまあ良いかと流せるのは、きっと相手がコイツだから。なんて、絶対に口に出してやるつもりはないけれど。

 増えに増えたルールの一覧を眺めながら、僕はそっと口の端に笑みを浮かべた。

4/24/2023, 12:15:17 PM