何も上手くいかず、やり場のないイライラを抱えていた私はただ放っておいて欲しい気持ちだった。しかし、その気持ちも冷めていない時に彼は励まそうと色々してきた。
「そんな時もありますよ。次こそは…」
「そんな時しかないの!なんでも出来るあなたにはわからないでしょうけどね!」
彼が励ましの言葉をかけてくれても、上辺だけのものに思えた私は、途中で彼にきつく当たってしまった。すると彼はそうですか、と言いながら悲しそうな顔をして、私の部屋から出ていった。一人になって冷静になってから、私は最低なことをしてしまったことに気がついた。
慌てて彼に謝ろうとして後を追いかけたが、家のどこにもいなかった。本当に嫌われたのかもしれない、と絶望していた時に、闇の中に差し込む一筋の光のような希望が見えた。
「あの公園なら…!」
もしかしたら、私たちが初めて出会った公園にいるかもしれない、とひらめいたのだ。自分が読んでいた小説の影響なのか、思い出の場所は何かのヒントがあるものだと私は思い込んでいた。いてくれればいいな、と思いながら玄関を飛び出して公園へ向かった。公園に入ってすぐに、ベンチに彼が一人で俯きながら座っているのを見つけた。
急いで近くまで駆け寄ると、彼は泣いていたことがわかった。さらに近くまでゆっくりと歩み寄ると、こちらに気づいた彼が顔を上げた。
「ごめんね」
彼を見つけられたことに安堵し、頬を涙が伝う中で私が絞り出すようにして出したのは、謝罪の言葉だった。許されなくてもいい、ただ自分の思いを伝えられたらそれでいいと思っていた。
「よかった…俺、嫌われてなかったんですね」
「嫌いになるわけないよ!だから、そんな顔しないで?」
「貴方だって、顔が涙でぐしゃぐしゃですよ?」
お互いに泣いてた事に気づいた私たちは、ギュッと抱きしめ合い、温もりを感じながら微笑んだ。
「俺の方こそ、貴方の気持ちが分かってあげられなくてすみませんでした」
そうして、お互いに仲直りした私たちは二人で家に帰った。
テーマ「ごめんね」
私はかなり暑がりなので、他人より早めに半袖のシャツを着始める。寒くないの?とよく聞かれるが、私からしたら長袖の人の方が暑そうに見えるくらいだ。
それでも、半袖で行かなきゃ良かったと思うことがあった。昼間まで晴れていて暖かかったのに、帰りに急な土砂降りに見舞われてしまったことがあったのだ。
「そんな、雨降るとか聞いてないよ〜!天気予報外れじゃん…」
傘を持っていなかった私はそう呟きながら走って家に向かった。玄関のドアを開ける頃にはずぶ濡れになってしまい、体が冷えていた。寒さに震えながらただいま、と言うと、彼は驚いた表情で慌ててタオルを持ってきた。
「ずぶ濡れじゃないですか。連絡入れてくれれば傘を持って迎えに行ったのに…」
呆れたようにそう言いながらも、彼は私の体を拭いてくれた。走って帰れば大丈夫だと思った、と伝えると彼は血相を変えて怒った。
「そういう問題じゃありません!風邪でも引いたらどうするんですか!それに、貴方は半袖だから余計に体が冷えてしまっているんですよ?」
彼は心配だからこそ、こうして説教してくれているのは分かっているが、普段怒らない彼がここまで怒っていることに私は驚いてしまった。何も言えずにいると、彼はハッと我に返り謝った。
「すみません、言いすぎました。でも、これからは折りたたみ傘を持っていくか、上着を着ていくかちゃんと対策してくださいね?」
優しく微笑み、諭すようにそう言うと彼はお風呂湧いているので、温まってきてください、と続けた。何だかんだ私に優しいんだよなぁ、と思いながら私はお風呂場に向かった。
テーマ「半袖」
「あなたって、天国と地獄があると思う?」
大した意味はないが、ふと気になって彼に聞いてみた。すると彼はキョトンとしながらも、すぐに答えてくれた。
「俺は信じていますよ。どちらかと言えば天国があることを信じていますけど」
普段理知的な彼からは思いつかないほど、意外な答えだった。てっきり信じていないかと思っていたから、私はすぐにその後の言葉が出てこなかった。
「俺は貴方と共に過ごして、天寿を全うして共に天国に行きたいと思っています」
何も言えずにいると、彼は続けてこう話した。私は申し訳ない気持ちになりながらも、自分の考えを打ち明けた。
「私は…死後の世界は何も無いと思ってる。だから…生きているうちにあなたとたくさん思い出を作りたい」
少し悲しい気持ちになりながら私がそう言うと、彼はそれを否定することは無かった。それどころか、私を安心させるようにギュッと抱きしめてくれた。
「そうですね。先のことを考えるより、今を楽しみましょう。信じるものは人それぞれですから、自分の考えを信じればいいと思いますよ」
「ありがとう」
こんなに優しい彼が傍に居てくれるのだから、私も少しだけ、天国というものを信じてみようと思った。
テーマ「天国と地獄」
今日は満月が綺麗な夜だ。太陽より優しい、青い光が私たちを照らしている。私の大好きな曲のように、不思議な事が起こって欲しいな、と思いながら彼の方を見た。月を見上げる彼の横顔は月明かりに照らされて美しく見え、思わず見とれてしまった。それに気づいた彼がこちらを見ると、首を傾げて私に問いかけた。
「おや、俺の顔に何かついていますか?」
「ううん、あなたの横顔が美しくて見とれてた…」
「ふふ、嬉しいですね。貴方もとても綺麗ですよ」
月の光を反射して輝く彼の瞳が、私を真っ直ぐに見つめるものだから、思わず私は赤面してしまった。太陽の光だったら全て照らされてしまうけれど、月の光はちょうどそんな表情を隠してくれる明るさだったのが救いだった。
「私がダンスを踊れたらなぁ…」
再び月を見上げていたら、思っていたことが無意識に口から出てしまった。はっ、と我に返ったときには既に遅く、彼にも聞こえていたようでこちらに微笑んでいた。
「それなら、俺と踊ってくれませんか?」
「えっ、でも…」
「大丈夫です。貴方は俺の手を取ってくれるだけで良いんです」
そう言って、彼は跪いて手を差し伸べた。ドキドキしながら彼の手を取ると、そのまま引き寄せられた。すると不思議なことに、ワルツなんか踊ったことないのにも関わらず、私の足はステップを踏んでいた。彼のリードに身を任せながら、くるくると回るように踊る姿を、月明かりが優しく照らしている。
あぁ、どうか時を止めて。このまま彼と踊っていたいと、私たちは心の中で月に願いをかけた。
テーマ「月に願いを」
せっかくの休日なのに、今日の予報は雨だ。それも、一日中降り止まない雨なので、外へ出かける気も起きない。気だるい体を起こしてベッドから出ると、既に彼は起きていた。
「おはようございます、もう朝ごはんできますよ」
「おはよう…」
彼はいつもと同じく、優しく微笑みながらキッチンから出てきた。それに対して私はいつもより元気なく返した。浮かない顔をしながら椅子に座ると彼は心配そうな顔をして朝食を持ってきてくれた。
「おや、そんな顔をして…眠れなかったのですか?」
「ううん、今日はずっと雨だからどこにも出かけられないな〜って…」
「確かに、それは残念ですね…」
どこか体が悪いわけではないことにホッとした彼は、その後同情するように眉を八の字にした。とりあえずご飯食べないと、と思った私は出された料理を見ると、それは私の大好物で、彼の得意料理であるオムレツだった。
「わぁ〜!美味しそう」
「少しでも気分が上がるように、貴方の大好物を作っておりました」
「ありがとう、いただきます!」
先ほどまでの様子はどこへやら、私は目を輝かせて食べ始めた。出来たての温かいオムレツは、少し甘みがあり、卵も柔らかくてとても美味しかった。美味しそうに平らげていく様子を彼は嬉しそうに眺めていた。
「大丈夫ですよ。特別なことをしなくても、俺は貴方と居られればそれで充分ですから」
「うん、そうだよね」
そうして私たちは一緒に朝ごはんを食べ、その後は雨音を聴きながら二人で過ごすのであった。
テーマ「降り止まない雨」