うたた寝から目を覚ますと、かすかに彼女の声が聞こえた。耳を澄ますと、何か歌を歌っている様子だった。もっと近くで聴きたくなった俺は、その声を頼りに彼女の元へ向かった。
彼女の部屋の扉をそっと開けると、歌うことに夢中になっている彼女の姿があった。美しい声が優しい旋律を奏でていて、思わず目を細めて聴き入っていた。しばらくすると、こちらの存在に気づいたのか彼女は歌うのを止めた。
「あら、起こしちゃった?」
彼女が心配そうな顔で俺を見てそう聞いてきた。起きてから彼女の歌に気づいたし、もっと聴きたいと思ったので、俺は微笑みを浮かべて伝えた。
「いいえ、大丈夫ですよ。それより、もっと貴方の美しい歌声を聴かせてくださいな?」
「仕方ないなぁ、特別だよ?」
彼女は照れくさそうな表情でそう言ったが、すぐに落ち着いた表情になって続きを歌い始めた。俺は熱心に耳を傾けてその美しい歌声を聴いていた。
テーマ「耳を澄ますと」
「貴方は可愛いですね」
「え〜、そんなことないよ」
彼はよく私のことを可愛いと言ってくれる。しかし、顔立ちは普通で特に目立つものもなく、愛想が良い方かというと別にそうでもない。
「あなたは私のどこが可愛いと思うの?」
「全て、と言いたいところですが、具体的に言うならば貴方の瞳ですね」
「私の瞳…?色は特別なものではないと思うけれど」
瞳を褒められたことは、今までなかった。私の瞳はありふれた色だし、むしろ珍しい色をしているのは彼の方だ。それでも、彼は私の顔を熱心に覗き込みながら褒めてくれる。
「いいえ、俺にとっては特別です。宝石のように綺麗で、その瞳に俺を映してくれていると思うと愛しくて…」
「そんな風に思ってくれているんだ…」
そう語ってくれる彼の表情は柔らかく、その瞳は星のように輝いていた。きっと、彼だからこそ気づいてくれたのだろう。
「私も、あなたの瞳は星のように綺麗で好きだよ」
「ふふっ、ありがとうございます」
私と彼だけが知っている、お互いの魅力。それこそが、私たち二人だけの秘密だ。
テーマ「二人だけの秘密」
とてつもない失敗をしてしまった私は落ち込んで蹲っていた。他人からしたら些細なことなのかもしれないけれど、自分にとって許すことの出来ないものだった。もう消えてしまいたい、誰にも肯定されたくない…と悪い考えが頭を巡るばかりで、目からとめどなく涙が溢れる。
「おや、どうしたのですか…」
聞き覚えのある声に顔を上げると、心配そうな顔をした彼が目の前に立っていた。私が泣いていることが分かると、彼は頭を撫でようと手を伸ばした。いつもなら嬉しいはずなのに、この時の私はそれに苛立って手を振り払ってしまった。
「何でもないから!放っておいてよ!」
驚いた様子の彼にお構いなく、私は声を荒らげて言った。何も言えなくなっている彼に気づいて私はハッと我に返った。私は何て最低なんだろう、これで彼に嫌われてしまう、と心の中で慌てる。いっそ、一人にして欲しいとまで願った私の意に反して、彼は私の隣に座った。
「無理に話せとは言いません。貴方の方から話したくなったら話してください。俺は貴方の味方ですから」
そう言って彼はただ隣で静かに見守る。なんで、どうして…?こんな私に優しくしないで…。色んな感情が私の心の中に流れ込み、どうしたらいいか分からなくなって再び泣き出してしまう。それを見た彼は私を抱きしめて頭を撫でる。私はそれを拒むことができず、彼の胸元に顔を埋めてただ泣きじゃくる。
「よしよし、泣きたい時は思う存分泣いていいですからね…」
「なんで…何でそんなに優しくしてくれるの?」
優しく接してくれる彼に、私は涙声で問いかける。すると彼は優しく微笑みながら、
「愛しい人に優しくすることに理由なんて要りますか?」
と返した。彼のおかげで少しずつ落ち着きを取り戻してきた私は、失敗して落ち込んでいたことを話すために口を開いた。
テーマ「優しくしないで」
買い物帰りに、私はある店の前で立ち止まった。そこは現実世界の雰囲気とはかけ離れた、ファンシーな外装のお店だった。私はその雰囲気に惹かれて店の中に入った。ショーケースにはカラフルなお菓子が並べられており、それらはまるで宝石や星のカケラのように輝いていた。幻想的なものをボトルに詰め込んだようなそれらを私は夢中で眺めていた。
その中でも私の目についたのは、淡い桃色のキャンディが入ったボトルだった。それを手に取って付いていたタグを読むと、
[甘酸っぱい恋の味]
と書かれていた。どんな味なんだろう、と興味を持った私は様々な想像をした。思いを寄せる人に片想いした時の気持ちなのか、あるいは無事に恋が実って愛し合っている時の幸せな気持ちなのか…。夢見がちなのは分かってはいるが、こういうものにトキメキを覚えやすい私は確かめたくてそれを買って帰った。
テーマ「カラフル」
私が彼と長い付き合いになり、共に暮らすようになっても、お互いの気持ちは変わることなく愛し合っていた。二人きりの時にはくっついて過ごしていることがほとんどで、この時間を私は尊いものだと思っている。
「あなたのこと大好きだよ」
「俺も大好きです。ずっとこうしていたいですね」
お互いに抱きしめ合いながら、こうして愛を囁き続ける。愛し合う私たち二人を妨げるものは何もない。まるで楽園にいるような、幸せでたまらない空間にずっと居たいと願いさえする。
「ほんと、ずっとこうして居られたらいいのに…」
しかし、時間とは有限なもので、仕事とか用事となるとそのために動かないといけない。ずっとこうしていられないのは分かっているが、一時的にでも離れるのは少し寂しく感じる。そのせいなのか、私の口からそんな言葉が出てしまった。
「大丈夫ですよ。いつでもこうしてあげられますから。それに、この時くらいはつらい事は忘れていいと思いますよ?」
彼は優しく微笑みながら、私の頭を撫でて言った。私の心を見透かしたような言葉に、私は驚きつつも安心した。嬉しい時には共に喜んでくれて、つらい時や悲しい時は慰めてくれる彼の存在こそ、私にとって楽園の一部なのかもしれない。
テーマ「楽園」