僕にはこれまでずっと、みんなに隠してきたことがある。それは、僕が20代の頃に犯した犯罪のことだ。
僕はまだ若く、人を傷付けるということがどういうものか、分かっていなかった。感情のままに動くことが、どういう結果をもたらすのかについても…
あの夜、僕は真っ暗な闇の中を、パトカーの後部座席に乗って走った。手には冷たい手錠がはまり、両側には屈強な警官がいた。
拘置所のことはよく覚えていない。次の記憶は、裁判所で衝立を隔てて、被害者の証言を聞いている場面だ。
僕の顔も見たくないのだろう。それは、そうだ。僕が犯した犯罪に、自分ながら反吐が出るような嫌悪感を覚えている。
【これまでずっと】
その一件のLINEは、今も私のスマホの中にある。彼がもう、この世にいない者たちの仲間になったとしても。
プロフィール写真が消えた今になっても、私が存在する限り、彼は存在する。
彼の肌の温もり、汗ばむ肌、声、軽やかな足さばき…私はいつでも目の前に彼を再生できる。
そして、今夜も永久に既読がつくことのないメッセージを眺めている。
【一件のLINE】
目が覚めると、そこは小高い丘の上の草原だった。色とりどりの花が咲き乱れ、大気には白い霧がかかっている。
草原の間を、柔らかな曲線を描いて小川が流れる。眼前にはまぶしく白い光の存在がふたつ、輝いている。
光の存在にいざなわれ、私はいつしか大樹の下にいる。私は確信した。彼らは、天使だ…
「生涯にわたって、私はあなたを支える。」右の光が言う。
「あなたが望むとき、いつでも私はそばにいる。」左の光がささやく。
そのとき、背後にもう一人光の存在がいることに気づく。
「あなたはすべて許されている。」
私は至福の感覚に包まれる。
しかし別れの時は訪れ、気がつくと私は、草原の上で白い薔薇の輪の中に横たわっていた。
あれは夢か?しかし夢ではない証拠に、手のひらには握りしめた手の感触が残っている。
【目が覚めると】
そのとき、私の当たり前だった日常が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
夫が失明したら、今の仕事は続けさせてもらえないだろう。かといって、私の稼ぎだけで子どもを進学させられるとは思えない。
実家に援助を申し出るか、さもなくば息子に大学進学を諦めてもらうしかない。
当たり前の日常が、いかに有難いものだったのか。そのことを痛切に感じずにはいられなかった。
「ちょっと銀行行ってくるわ。」
夫は相変わらず飄々としている。彼は昔からこうなのだ。
「だって片眼は大丈夫なんでしょ?そんなに深刻になることないよ。」
「いや、まあ、そうなんだけど…。」
片眼だけだから良かったと考えられるのが夫で、残った眼まで失明したらどうしようと深刻になってしまうのが私だ。
一人で最悪のパターンをシミュレーションして、勝手に落ち込んでしまうのは、昔からの私の癖だ。
だが、それが効を奏することだってある。楽観的な人間ばかりなら、世の中は進歩していないはずだ。
世の中を進化させてきたのは、いつだって悲観的な人間だ。
「パパが大丈夫だっていうんだから、大丈夫なんでしょ?」
高校生の息子は、あくまで楽観的だ。息子はまだ、この世界の残酷さを知らない。
【私の当たり前】
真っ暗な山並みの麓で、ぼんやりとした街灯りがまたたいている。私はぬるくなりかけたビールを飲みながら、今日起きた出来事を反芻してみる。
あの洞窟はいったいどこに続いているのか。遮光式土器に似たあの宇宙人は、どこから来たのか。UFOに拉致されたあの男性は、無事なのか。
自分はいま、こうして穏やかな時間を過ごしているが、彼にとっての今は、恐怖と苦痛に満ちた時間なのかもしれない。
かすかな罪悪感に胸が疼くが、今の自分の力ではどうにもできない。もやもやした気分で、缶の底に申し訳程度に残っていたビールを飲み干した。
何かヒントはないか…視線をさまよわせていると、目の端に振動するスマホが目に飛び込んできた。
電話の主は、友達のスミレだ。愚痴じゃなければいいな、と思いながら私は通話ボタンを押した。
「ねえ、聞いて!わたしUFOを見たよ!」
スミレはいきなり、驚くような事実を告げてきた。
【街灯り】