空を見上げた。夏の光が眩しくて、私は空に手を伸ばした。
「……」
堤防の上に座り直して、私は海を見やる。聞こえてくるのは潮騒と、海鳥と蝉の混声合唱だけ。
「……夏だね」
誰にともなく私は独りごちる。時刻は午後二時十八分、七月三十一日。うん、完全に夏の盛りだ。
見つめる先に広がる海、その向こうの青空。どこまでも、青く広がる世界はあまりにも大きくて。
私は、一言すらの言葉も失くしていた。
虹のはじまりを探して、私たちは走り出す。
きっかけは、他愛もない一言だった。それは、見上げた空に、虹の架かった午後三時。
「虹って、どこから始まってるんだろうね」
その言葉に、私たちはふと黙り込んだ。それはそうだ、知っているはずのことでも、それを本当に見たことはないのだから。
「じゃあ、探してみようか」
そして、私たちは虹を追いかけた。道路の向こう、路地を抜け、高台の公園を過ぎて、隣の街まで。やがていつしか陽は落ちて、虹も姿を消していた。そこに残ったのは、私たちの笑い声だけ。
虹のはじまりは、どこにも見つけられなかったけれど、きっと、私はこの冒険を忘れることはないだろう。
海を見ていた。静かに暮れてゆく、青い海を。
「……はぁ」
堤防に腰掛けて、私は大きくため息を吐く。うん、思い出したらまた泣けてきそうだ。
「なんであそこで失敗するかなぁ……」
今日は高校最後のコンクール、その中で、ソロを賜っていたんだけれども。
「はぁ……」
一番のハイノートを、思いっきり外してしまった。そして結果は銀賞。皆からは「まあいいんじゃない?」という声も聞こえてきたけれど、それでも私が足を引っ張ったという事実は変わらない。あ、また涙出てきた。
ひとしきり泣いて、涙の跡も乾いた頃。夕日に赤く染まる海に背を向けて、私は家路を辿り始めた。
ハンガーにぶら下がった半袖のシャツが、風に揺れる。その向こうには、青く広がる夏の空。
「……楽しかったけどさ」
水遊びなんて、いつぶりだろう。何も考えずに遊ぶのはそれはとても楽しい。楽しかったんだけれども。
「ちょっと、やり過ぎたね……」
濡れたシャツは、ちょっとやそっとじゃあ到底乾かない程度にびしょびしょになっていた。
庭にはビニールプール、蝉の混声合唱はいつの間にかヒグラシの合唱に変わって。そして、私の隣で疲れ切って、けれども楽しそうに、幼い「彼女」は眠っていた。
遠く、遠く。いつか夢見た、空の彼方まで。
「……よし」
薄いフィルムで隔てられたキャノピーの中、私は頷いて親指を上げる。さあ、行くよ。
モーターの回転数が上がって行くにつれて、プロペラの音も高く鳴り響いていく。
「……飛べ……」
ゆっくりと、機体が進み始める。
「……飛べ」
風を捕まえた翼が、機体を、私を押し上げていく。
「……飛べ!」
そして、幼い頃に夢見た青く輝く空へと、翼は、機体は、私は飛び立つ。気付けば、私の頬を涙が一筋伝っていた。
そうだ、やっと私はここに来れたんだ。