美坂イリス

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 いつからだろう、何の変哲もない『普通の人生』に憧れ始めたのは。

 思えば、私の人生は例えて言うならば荒波を越えるようなものだった。具体的に言うと古傷を抉るようなものだから、言うつもりもないけども。だからこそ、私は普通の人生を希っていた。
「……ねえ」
「何?」
 時刻は午後二時十三分。夏空の下、屋上で。私は隣に座ってグラウンドを眺めている彼女――確か、保育園の頃からの付き合いだったか――に声をかける。
「例えば、普通の人生、ってどんなものだと思う?」
 その言葉に、彼女は間髪を入れずに返す。
「今の生活そのものじゃない? あたしも、あんたも」
 そんな。その言葉が、夢であればいいのに。けれど、それは夢じゃない。
 こんなに退屈で、こんなにくだらなくて、こんなに無意味な、そんなものが。

 今まで、私がずっと願っていたものは、そんな最低のものだったんだ。

8/8/2025, 1:32:40 PM