鶴上修樹

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11/11/2024, 1:57:18 PM

『飛べない翼』

 僕には、翼がある。白くて、汚れのない、綺麗な翼。この美しい翼で、青空を羽ばたきたい。それが、僕の夢だ。でも、僕の翼は、まだ飛べない。どんなにバサバサしても、出来るのはジャンプのみ。そんな僕は――。
「よう。少し近くで休ませてくれ」
 飛び越えられない木の柵の隙間から声が聞こえて、覗くと、黒い翼が見える。白い翼になったばかりの僕にとっては、未知の存在だった。
「君は……誰?」
「ん? お前、俺を知らないのか? ……ははぁ。お前、大人になりたてか」
「……どうして分かるの」
「そりゃ、俺は歳を重ねてんだ。見りゃあ分かる」
 黒い翼の彼は座り、隙間から鋭い瞳で僕を覗いてきた。一方の僕は、そんな鋭さから程遠い丸み。
「……君、かっこいいね」
「ほう? お前、社交辞令ってもんが言えるのか」
「シャコージレイ? ……よく分からないけど、僕は本当にかっこいいって思ってるよ?」
「……あぁ、そうかい」
 黒い翼の彼は、そっと木の柵に近づく。僕も、同じように近づいた。
「ねぇ。君は、空を飛べる?」
 僕が尋ねると、黒い翼の彼は「飛べる」と即答した。僕は、嬉しくなった。
「ねぇ、ねぇ。空ってどんな感じなの?」
「空? いたって普通だ」
「普通ってどんなの? 僕に分かりやすく教えてよ」
「分かりやすくと言われても、本当にそうでしかねぇ。お前がそこにいても感じる通り。空は青い、風は気持ちいい。それだけだ」
 少し面倒そうに、黒い翼の彼は言う。――もしかして、僕が思っているより、空ってつまらないもの?
「……お前は、空を飛びたいのか?」
 今度は、黒い翼の彼が僕に尋ねてきた。僕の答えは、「飛びたい」の即答だ。
「……君は、僕が空を飛べると思う?」
「……さぁな」
「ちょっと、何その曖昧な返答」
「そうとしか言えねぇよ、俺は」
 黒い翼の彼はそう言った後、僕から少し離れて、翼を羽ばたかせた。僕が急いで待ってと声をかけるが、彼はやめない。そんな中で、黒い翼の彼が口を開いた。
「……お前に教えてやる。翼は、飛ぶ為だけにあるんじゃねぇぞ」
「へっ? ど、どういう事?」
「それだけ覚えておけ。じゃあな、若者!」
 黒い翼の彼は、そのまま飛び立った。彼がいた場所には、黒い羽根がはらりと落ちていた。

 いつみても綺麗な青空。そんな空間を見つめるのは、白い翼が綺麗な、いつもの僕。でも、僕の翼は、飛ぶ為のものではない。『守る』為の翼なのだ。飛べない翼――僕は、そんな翼を持つ、白いにわとりである。

11/10/2024, 2:00:56 PM

『ススキ』

 俺が久々に実家に帰ると、いたのは親父一人だけだった。やかんでお湯を沸かしながら、テーブルに並んだ和菓子達をのんきそうに見ている。
「……お前か。全く、ただいまの一言くらい言わないか」
「言ったよ。てか、お袋はどうしたの」
「近所の奥様連中とお買い物。お留守番の俺は、一人でおやつの時間だ。お前もどうだ」
「断っても出すだろ。いただくよ」
 俺がそう言うと、親父は「そこで待ってろ」と、縁側の方を指した。縁側から見える庭はススキがたくさん生えており、風でそよそよと揺らいでいる。
「庭、ススキだらけになってるじゃん。手入れとかしないの?」
「俺も母さんも年だ、腰が痛くなる。あと、ススキだけが生えている庭も悪くないだろう」
「その感性は分からないけど……まぁ、いいか」
 二枚の座布団を敷いてから縁側に座り、ススキを眺める。俺に見られていても、ススキは細い身体を揺らしたまま、何もしてこない。どうぞご覧くださいと言わんばかりの様子である。
「……待たせたな」
 親父が持ってきたのは、湯のみに入った熱い緑茶二つと、皿に置かれた醤油団子八本だった。
「団子、ずいぶん多くない?」
「四本じゃ、すぐに終わるだろ。だから二パック開けた」
 親父は俺が用意した座布団に座った後、醤油団子を一口食べて、緑茶を飲んだ。俺も醤油団子を手に取り、ぱくりと頬張る。甘辛い醤油のたれが美味である。
「……ススキを見ながら息子と縁側で団子と茶を嗜むの、悪くないな」
「ススキ、関係ある?」
「風情があるだろう」
「ある、のか……?」
「お前も歳を重ねれば分かる。ほら、お茶が冷めるぞ」
 親父に促されたので、緑茶を口に含ませた。舌に刺すくらい熱いが、香りは良い。
「親父、お茶が熱い」
「その熱さも良いだろ」
 親父は、口元をゆるませた。

 今日も俺は縁側に座り、熱い緑茶と醤油団子を嗜みながら、風に揺れるススキを眺める。
 ――親父。俺はようやっと、分かった気がするよ。
 緑茶をすすり、ほぅとひと息。親父の写真が、老けた俺の隣で微笑んでいるのだった。

11/9/2024, 1:02:02 PM

『脳裏』

「ねぇ。いつになったら、僕のものになるの?」
 ――これは、夢だ。なぜ、そう確信するのか。だって、目の前にいる高身長の男性は、私の最推しだから。
「僕、結構本気なんだよ」
 最推しが、私の頭を撫でてくる。めちゃくちゃ嬉しい。嬉しいけど。夢とはいえ、彼を推しているファンに、あまりに申し訳ない。
「……今から、虜にするから」
 距離が近くなり、最推しの色気が漂ってくる。最推しは、私よりも年上である。
 ――チュッ。
 最推しが、私に一つ、キスをしてきた。夢なのは分かってるのに、唇に感覚がある。
「……っ、はぁ。唇、やわらか……」
 吐息混じりに言うから、夢なのに、身体が熱くなってくる。夢の中の最推しは、大人の色気で溢れている。
「顔、めっちゃ真っ赤。……興奮してきた?」
 おでこをくっつけて、大きな手で私の頬を優しく触り、小さい声で尋ねる最推し。あの、やめて。これ以上は、ダメ。このままだと、狂わされてしまう。
「……可愛い」
 最推しは一言言うと、私をゆっくり押し倒してきた。最推しの目は獣のようにギラついていて、男の顔だった。
「もう、我慢できない」
 最推しの身体が、私にぴたりと密着してきた。あぁ、私、抱かれ、る――。

 ――チュンチュン。
「……っ! やっ、ぱり……」
 朝を知らせるすずめの声がして、目を開けたら、自分の部屋のベッドの上。当然ながら、最推しはいない。つまりは、現実世界に帰ってきたのだ。
「分かってたけど、これが夢ってのはやばいなぁ……」
 夢の最推しを思い出して、ボワッと身体が熱くなる。お色気ムンムンな最推しが、脳裏にがっつりと焼きついてしまっているのだ。
「……ずるい」
 夢って、反則。しばらく、最推しをまともに見れそうにない。

11/9/2024, 6:16:03 AM

『意味がないこと』

 私が毎日やる行動。からっぽの湯のみを朝に十秒だけ、両手で持つ事。これを私は、子どもの頃からずっとやっている。それを見て、両親が、友達が、彼氏が、口を揃えて言うのだ。
「それ、何か意味があるの?」
 その質問、答えましょう。この行動――ガチで全く意味がない! 子どもの頃からやっているが、湯のみを十秒持つだけで何かしらのおまじないとか気分転換とかになるわけではない。事実、湯のみを持っても、悪い事は普通に起きるのだ。飼い猫に手をかまれたり、風でスカートがめくれて見えたダサい下着を友達に見られたり、前の彼氏に大金を取られそうになったり。思い出すだけで、私は悲しい人生を送っている気がする。それでも、私は変わらず、目的とかなく、湯のみを持つのだ。
「君にとって、湯のみって何だろう」
 湯のみを持つ私を見て、彼氏が言う。私にとって、湯のみは何か。そんなの、考えた事がないな。
「それが見つかったら、湯のみを十秒持つ事に意味が出るかもだよ」
 彼氏がそう言うので、考えてみる。そういえば、子どもの頃、大好きなおばあちゃんがたい焼きを買ってくれて、それと一緒に、緑茶があって。おばあちゃんが持ってた湯のみに羨ましさを感じて、小さいおててで熱い湯のみに触れて、あちってなって――。
「……おばあちゃんの事、思い出しちゃった」
 懐かしい記憶が脳内に流れ込む。湯のみで一緒にお茶を飲み、ほっこりした思い出。どうして私は、おばあちゃんとの思い出を忘れていたのだろう。おばあちゃんと過ごす時間は、とても楽しかったのに。
「おばあちゃん……」
「……湯のみは、思い出だね」
 昔の記憶が流れている私の肩を抱き寄せ、頭を撫でてくれる彼氏。私の瞳からは、ぽろぽろと涙がこぼれてきたのだった。

 ――次の日も、私はからっぽの湯のみを十秒持つ。意味がない事でも、私はやりたい。思い出を繋ぐ、大切なアイテムだから。

11/8/2024, 12:28:42 AM

『あなたとわたし』

 あなたと私は、双子。髪型、服装、好きなもの、何でも同じ。あなたと私は、ずっと一緒なの。
「あれ? あの人、さっき通った気がするんだけど」
「えっ、もしかして、双子とか? やだぁ、そっくり!」
「そっくりどころじゃないよ。コピーでしょ、あれは」
 通る人達が、私を見てコソコソ話。という事は、あの子はここを通ったのね。つまり、今いる場所は――。
「……えっ? 家で待っててって言ったのに」
 私の前に現れたのは、穏やかそうな黒髪の若い男性。私を見て、目を丸くしている。
「あら、ごめんなさい。ちょっと用事を思い出しちゃって。すぐに終わると思って出てきちゃったの」
「用事? 用事って、何の?」
「……知りたい?」
 私が腰をくねらせながら聞くと、男性は喉をごくりと鳴らし、私の腰を優しく抱えてきた。
「……用事、もうどうでもいいわ。それよりも、あなたと一緒にいたい」
 私はそう言って男性の腕を引き、ホテルまで引っ張っていった。驚く男性に、「我慢ができないの」と、私は吐息混じりで話すのだった。

「……いい加減にしてよ」
 ――あら、何が?
「とぼけないで。また私の彼氏を誘惑したでしょ! いつまで経っても帰ってこないから連絡したら、もう君とは付き合えないって、一言。あんたの仕業でしょ!」
 ――あんな彼氏、あなたに必要ないわ。
「勝手に決めないでよ! あと少しで、彼と良いムードになれるってとこだったのに……! 双子の【片割れのフリ】をして人の彼氏を誘惑して食って、楽しいの?」
 ――食ってないわ。
「はぁ?」
 ――あなたの今までの彼氏達、私の身体を見ると、すぐに逃げ出すのよ。まぁ、さすがに【身体は同じじゃない】から、仕方ないんだけどね。
「ちょっと、何を言って……」
 ――『まだ』、なんでしょう? よかった。あなたを狙うチャンス、ずっと探してたの。あなたから「家に来なさい」って連絡が来て、すっごく嬉しかったんだから。
「いや、何するの……やめて……!」
 ――ふふふ、大丈夫よ。何も怖くないわ。これであなたと私は、一つになるの。さぁ、繋がりましょ?
「い、いやぁ……! 誰か、助け、て……!」

 あなたと私は、双子。【凹凸】を合わせた、シアワセの双子なのよ。

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