『飛べない翼』
僕には、翼がある。白くて、汚れのない、綺麗な翼。この美しい翼で、青空を羽ばたきたい。それが、僕の夢だ。でも、僕の翼は、まだ飛べない。どんなにバサバサしても、出来るのはジャンプのみ。そんな僕は――。
「よう。少し近くで休ませてくれ」
飛び越えられない木の柵の隙間から声が聞こえて、覗くと、黒い翼が見える。白い翼になったばかりの僕にとっては、未知の存在だった。
「君は……誰?」
「ん? お前、俺を知らないのか? ……ははぁ。お前、大人になりたてか」
「……どうして分かるの」
「そりゃ、俺は歳を重ねてんだ。見りゃあ分かる」
黒い翼の彼は座り、隙間から鋭い瞳で僕を覗いてきた。一方の僕は、そんな鋭さから程遠い丸み。
「……君、かっこいいね」
「ほう? お前、社交辞令ってもんが言えるのか」
「シャコージレイ? ……よく分からないけど、僕は本当にかっこいいって思ってるよ?」
「……あぁ、そうかい」
黒い翼の彼は、そっと木の柵に近づく。僕も、同じように近づいた。
「ねぇ。君は、空を飛べる?」
僕が尋ねると、黒い翼の彼は「飛べる」と即答した。僕は、嬉しくなった。
「ねぇ、ねぇ。空ってどんな感じなの?」
「空? いたって普通だ」
「普通ってどんなの? 僕に分かりやすく教えてよ」
「分かりやすくと言われても、本当にそうでしかねぇ。お前がそこにいても感じる通り。空は青い、風は気持ちいい。それだけだ」
少し面倒そうに、黒い翼の彼は言う。――もしかして、僕が思っているより、空ってつまらないもの?
「……お前は、空を飛びたいのか?」
今度は、黒い翼の彼が僕に尋ねてきた。僕の答えは、「飛びたい」の即答だ。
「……君は、僕が空を飛べると思う?」
「……さぁな」
「ちょっと、何その曖昧な返答」
「そうとしか言えねぇよ、俺は」
黒い翼の彼はそう言った後、僕から少し離れて、翼を羽ばたかせた。僕が急いで待ってと声をかけるが、彼はやめない。そんな中で、黒い翼の彼が口を開いた。
「……お前に教えてやる。翼は、飛ぶ為だけにあるんじゃねぇぞ」
「へっ? ど、どういう事?」
「それだけ覚えておけ。じゃあな、若者!」
黒い翼の彼は、そのまま飛び立った。彼がいた場所には、黒い羽根がはらりと落ちていた。
いつみても綺麗な青空。そんな空間を見つめるのは、白い翼が綺麗な、いつもの僕。でも、僕の翼は、飛ぶ為のものではない。『守る』為の翼なのだ。飛べない翼――僕は、そんな翼を持つ、白いにわとりである。
11/11/2024, 1:57:18 PM