『どうすればいいの?』
私には、男子の幼なじみが二人いる。元気で明るいタイプと、静かで大人しいタイプ。正反対な二人の仲はとても良くて、おまけにイケメンときたもんだ。地味な私にとっては、自慢の幼なじみだ。
『なぁなぁなぁ! ちょっと俺の相談を聞いてくれよー!』
『相談いいか』
夜、二人の幼なじみがそれぞれの個人チャットに私にメッセージを送ってきた。何があったのかと二人に聞くと、すぐに既読がついて、返信がきた。
『我らが幼なじみの恋の為に、一つ協力してくれー!』
『いつもうるさいあいつの恋の成就に協力してほしい』
「えっ……こ、恋っ!」
なんと、幼なじみ二人から恋の相談。しかも、お互いの恋を実らせようとしている。こんなときめき溢れる二つの物語を、私が頑張ってハッピーエンドにしようじゃないか!
『あいつさぁ、大人しいからなかなか自分から動かないじゃん。どーしたら行動すっかなぁー』
『うるさ過ぎて怒られてるから、俺は心配なんだ。大人しくさせるにはどうしたらいい』
「別に悪くはないんだけどなぁ」
お互いが心配しているところは、私から見れば立派な長所だと思う。でも、正反対な二人にとっては、お互いの性格が困った短所に見えているのだろう。
『真面目な人は誠実に見えるから、そのままでもありだと思うよ』
『そうなのかぁ? 俺には難しいかもしれねぇけど、めっちゃありがてぇ話を聞いたわ〜。サンキュー!』
『積極的なアプローチも大切だし、大人しくさせると相手に好きな気持ちが届かないよ』
『なるほど。俺も少し勉強になった。ありがとう』
好きな人がいるから、お役立ち情報に感謝を述べる二人。これは、良い事をした気分だ。
『また相談を聞いてくれよ〜!』
『今度、相談させてくれ』
「んふふ、もちろん〜」
幼なじみの恋バナに美味しさを感じながら、二人に返事を送る。これからの恋バナが楽しみだ。
「あー……くっそぉ。むずむずする……」
部屋の中、俺はもやもやしていた。幼なじみの男に好きな人がいると嘘をついて、昔から好きな幼なじみの女に恋の相談をしたのだ。好きなタイプとか聞けばいいのに、俺はバカな男だ。
「ったくよぉ。どうしたらいいんだよぉ……」
「……やってしまった」
俺は部屋で一人、初めてついた嘘に頭を悩ませた。俺には男女の幼なじみがいるのだが、俺はずっと前から、幼なじみの彼女に想いを寄せている。それで俺は何を考えたのか、幼なじみの男性の事を利用して、恋の相談をしてしまったのだ。好みの男性を聞かない俺は、なんて愚かなのか。
「……俺は、どうすればいいんだ」
『宝物』
小さい頃に友達がくれた、赤いリボンのシュシュ。大人になった今も、私の大切な宝物である。
「そんなシュシュ、いつまで持ってんのよ」
「うわ、やばい。そのシュシュ、捨てた方がいいよ」
「そのシュシュ、つけちゃダメ」
でも、周りは宝物を酷評する。私の大切なものを、冷たく侮辱するのだ。宝物なのに。大事なのに。皆だって、大切なものをバカにされたら、嫌なはずでしょ? どうして、平気な顔で私のシュシュに冷たい態度を取るの?
「……そのシュシュ、やめた方がいいよ」
今日は、腕に赤いシュシュをつけてデート。それで待ち合わせ場所の駅前に着いたら、待ってた恋人に言われた。ナイフのような、鋭い台詞である。
「どうして。これは、私の宝物なのよ」
「いや、宝物だろうけど……捨てるべきというか……」
「はぁ? ねぇ、聞こえてなかった? これは、私の宝物なの。捨てるわけがないでしょ!」
赤いシュシュを守るように、私は言った。恋人まで、私の宝物を侮辱するなんて――そんな人だとは思わなかった!
「お願いだよ。そのシュシュを……」
「うるさい! もう帰る! さよなら!」
気分が悪くなり、私はすぐに家へ帰る。全く、どいつもこいつも、私の宝物をバカにして。皆、最低だわ。
「……とても可愛いのに」
赤いシュシュを指先で撫でて、呟く。宝物を素敵と言ってくれる人を、私はずっと待っている。
――ダメだ、聞いてくれない。
「うがあああぁ……」
――聞こえてくる。後ろから、怨霊の恨みの声が。
「殺す……お前、殺してやる……」
――このままじゃ、彼女が呪い殺されてしまう。だから、赤いシュシュを捨ててほしいのに。
「うるさい! もう帰る! さよなら!」
――あぁ、もうダメだ。彼女に、声が届かない。彼女のご家族と友達が言っても、全く聞かなかったそうだ。
「殺す……殺す殺す殺す……」
――周りにははっきりと見えているのに、鈍感な彼女には見えていない。あぁ、苦しい。守れないのがつらい。
「一体、どうしたらいいんだよ……」
神様。どうか、彼女を救う方法を教えてください――。
『キャンドル』
黒くて広々とした部屋の中にある、無数のキャンドル達。ぼんやりと灯る人々の寿命が、キャンドルの長さで明確にされている。そんな部屋で、黒いローブを身につけた男性が、笑顔でキャンドル達を見つめていた。そんな彼は、死神である。
「やっぱり、ここにいた」
キャンドルを見つめる男性の後ろから、同じ黒いローブを着た別の男性が声をかけてきた。そんな彼も、死神だ。
「その声は……んふふ、やっぱり先輩だー」
「んふふ、じゃないだろう。そろそろ仕事じゃないのか?」
「ひとっ飛びすれば間に合いますよー」
そう言って、後輩となる死神はキャンドルから目を離さなかった。先輩の死神は、ため息をついた。
「お前という奴は、本当にマイペースだな……」
「えへへー。ありがとうございますー」
「褒めてねぇんだよ、おい」
「あっ。先輩、見てください。このキャンドル、今、僕が担当している方のなんですー」
後輩が指をさしたキャンドルに先輩が目を向けると、それはキャンドルと言うにはあまりにも短過ぎるもので。ミリ単位のキャンドルに、赤い火がゆらりゆらりと弱く灯っている。
「そろそろなのか」
「はいー。もうすぐなんですよー」
「……お前、本当に間に合うのか」
「なるよーになりますー」
のんきなのか、ポジティブなのか――後輩は眩しい笑顔で言った。先輩の呆れが表情からうっすらと見える。
「……先輩。人間の寿命って、儚いですよね。もし、今ここで僕がこの火を消しちゃえば、すぐにすーっと死んじゃいますもんね」
さっきまで明るく話していたのが嘘のように、急に後輩は静かで真面目なトーンで言った。それに応え、先輩も真面目になる。
「……あぁ。だから、この部屋のキャンドルの火を消す事はご法度。もしやったのが分かれば、お前も消されるぞ」
「んふふ。先輩、安心してください。消しませんよー。だって、人間含め、どんなものでも、命は尊い存在ですからー」
手を広げ、教祖のように話す後輩。その姿を見て、先輩は微笑んだ。
「……お前が連れてくる人間、誰もが晴れやかな笑顔で天界に行くんだよな。その秘訣、聞きたいもんだ」
「へっ? やだなぁ、先輩。僕はなーんにもしてないですよー。普段通り、仕事をしてるだけですからー」
「その普段が知りたいんだ、皆は。死にたくなくて暴れ狂う奴だっているのに、お前がやるとそれがない」
「えへへー。先輩から褒められちゃったー。その褒め言葉を胸に、僕はそろそろ行きますねー」
ふにゃりと笑いながら、後輩は部屋を出ていく。その様子を見守ってからも、先輩は部屋でキャンドルを見ていた。
「……あんな言葉も眩しい死神を見たら、そりゃ晴れやかだよな」
先輩はそう呟いて、後輩が担当している人間のキャンドルを見る。ミリ単位のキャンドルはゆっくりと溶けて、全てが液になり――弱かった灯火も、泡沫のようにフッと消えたのだった。
『たくさんの想い出』
――私には、たくさんの想い出がある。小さな頃から、私は両親から愛されていた。可愛い服を買ってもらったり、旅行に連れて行ってくれたり、外食をしてくれたり。両親のあたたかい愛を、私はたーくさん貰った。
「……いーち」
――次の愛は、恋人から。恋人は、私の頭の中をふわふわにさせるくらい、甘やかした。遊園地デートに行ったり、キスをしたり、朝まで過ごしたり。恋人のまっすぐな愛を、私はたぁーくさん貰った。
「……にーぃ」
――最後の愛は、子どもから。子どもがくれるのは、無邪気な心から溢れる、優しい気持ち。私の似顔絵を書いてくれたり、抱きしめてくれたり、褒めてくれたり。子どものやわらかい愛を、私はたぁーっくさん貰った。
「……さぁーん」
私ね、たくさん愛を貰ったの。両親から、恋人から、子どもから。だからね、私は幸せなの。ずっとずーっと、幸せなのよ。
「うふふふふ。あはははは。んふふふふ……」
「あの。この人のご家族の方って」
「あぁ……その人、いないのよ。ご両親から全く愛されなかったうえ、交際していた恋人からは無理やりの行為をされ、生まれた子どもにも嫌われたって。それで精神が狂ってしまって……結果、自分は幸せな生活をしていると、大人になった今でも妄想しているのよ」
「そんな……助けてくれる人とかいなかったんですか?」
「残念ながら。彼女の頭の中には、今もずっと、【架空】の想い出しかないのよ」
「あはははは……うふふふふ……」
『冬になったら』
「冬になったら、何をしよう」
恋人と二人暮らしの寒い家の中、私は独り言を呟く。今は秋真っ只中だが、だいぶ肌寒くなってきているし、冬が近づいているのは間違いない。
「クリスマス、お正月、バレンタイン。冬もイベントが多いよ」
私の独り言を恋人が拾い、冬のイベントを口に出す。クリスマスとバレンタインは恋人とイチャイチャして過ごせるし、お正月はまったり出来るし。寒い空気がほんわかあったまる幸せがあるかもしれない。
「他にも何があるかな」
「そうだなぁ。あったかい食べ物を食べるのはどう? 鍋とか、おでんとか、肉まんとか……」
「……お腹すいてる?」
食いしん坊モードになった恋人が流暢に食べ物の話をしており、私は笑ってしまう。そこが可愛いのだけれど。
「あとは、こたつに入って、おみかんを食べるとかね」
「こたつにみかんは良いねぇ。あっ、でも。家にこたつ無いや」
「僕、買うよ。僕もあったかいこたつに入りたいし」
「……あなた、こたつよりもみかんを食べたいだけでしょ」
私が言えば、恋人は「あ、バレた?」と、舌を出して笑っている。全く――そういう可愛いところが、本当にずるい。
「あなたって人は、何でも食べ過ぎなんだよ」
「んふふ。冬になったら、美味しいもので溢れるよね〜」
「……私と食べ物、どっちが良いの」
意地悪な質問を恋人にぶつけてみる。すると、恋人は私の後ろから優しくギュッと抱きしめて、頬に触れるだけの口づけをした。
「そーゆー事を言うと、君を食べちゃうよ?」
雄みたいな顔をチラつかせた恋人が囁く。思わず胸がキュッと鳴っちゃって、苦しくなる。
「……冬になったら、こういう人肌の温度が幸せに感じるね」
「……ばかぁ」
くっつく恋人がそう言うもんだから、身体が余計に熱くなる。この感じ、冬になったら、恋人のあったかさで甘やかされそうだ――。