『キャンドル』
黒くて広々とした部屋の中にある、無数のキャンドル達。ぼんやりと灯る人々の寿命が、キャンドルの長さで明確にされている。そんな部屋で、黒いローブを身につけた男性が、笑顔でキャンドル達を見つめていた。そんな彼は、死神である。
「やっぱり、ここにいた」
キャンドルを見つめる男性の後ろから、同じ黒いローブを着た別の男性が声をかけてきた。そんな彼も、死神だ。
「その声は……んふふ、やっぱり先輩だー」
「んふふ、じゃないだろう。そろそろ仕事じゃないのか?」
「ひとっ飛びすれば間に合いますよー」
そう言って、後輩となる死神はキャンドルから目を離さなかった。先輩の死神は、ため息をついた。
「お前という奴は、本当にマイペースだな……」
「えへへー。ありがとうございますー」
「褒めてねぇんだよ、おい」
「あっ。先輩、見てください。このキャンドル、今、僕が担当している方のなんですー」
後輩が指をさしたキャンドルに先輩が目を向けると、それはキャンドルと言うにはあまりにも短過ぎるもので。ミリ単位のキャンドルに、赤い火がゆらりゆらりと弱く灯っている。
「そろそろなのか」
「はいー。もうすぐなんですよー」
「……お前、本当に間に合うのか」
「なるよーになりますー」
のんきなのか、ポジティブなのか――後輩は眩しい笑顔で言った。先輩の呆れが表情からうっすらと見える。
「……先輩。人間の寿命って、儚いですよね。もし、今ここで僕がこの火を消しちゃえば、すぐにすーっと死んじゃいますもんね」
さっきまで明るく話していたのが嘘のように、急に後輩は静かで真面目なトーンで言った。それに応え、先輩も真面目になる。
「……あぁ。だから、この部屋のキャンドルの火を消す事はご法度。もしやったのが分かれば、お前も消されるぞ」
「んふふ。先輩、安心してください。消しませんよー。だって、人間含め、どんなものでも、命は尊い存在ですからー」
手を広げ、教祖のように話す後輩。その姿を見て、先輩は微笑んだ。
「……お前が連れてくる人間、誰もが晴れやかな笑顔で天界に行くんだよな。その秘訣、聞きたいもんだ」
「へっ? やだなぁ、先輩。僕はなーんにもしてないですよー。普段通り、仕事をしてるだけですからー」
「その普段が知りたいんだ、皆は。死にたくなくて暴れ狂う奴だっているのに、お前がやるとそれがない」
「えへへー。先輩から褒められちゃったー。その褒め言葉を胸に、僕はそろそろ行きますねー」
ふにゃりと笑いながら、後輩は部屋を出ていく。その様子を見守ってからも、先輩は部屋でキャンドルを見ていた。
「……あんな言葉も眩しい死神を見たら、そりゃ晴れやかだよな」
先輩はそう呟いて、後輩が担当している人間のキャンドルを見る。ミリ単位のキャンドルはゆっくりと溶けて、全てが液になり――弱かった灯火も、泡沫のようにフッと消えたのだった。
11/20/2024, 2:21:06 AM