鶴上修樹

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『意味がないこと』

 私が毎日やる行動。からっぽの湯のみを朝に十秒だけ、両手で持つ事。これを私は、子どもの頃からずっとやっている。それを見て、両親が、友達が、彼氏が、口を揃えて言うのだ。
「それ、何か意味があるの?」
 その質問、答えましょう。この行動――ガチで全く意味がない! 子どもの頃からやっているが、湯のみを十秒持つだけで何かしらのおまじないとか気分転換とかになるわけではない。事実、湯のみを持っても、悪い事は普通に起きるのだ。飼い猫に手をかまれたり、風でスカートがめくれて見えたダサい下着を友達に見られたり、前の彼氏に大金を取られそうになったり。思い出すだけで、私は悲しい人生を送っている気がする。それでも、私は変わらず、目的とかなく、湯のみを持つのだ。
「君にとって、湯のみって何だろう」
 湯のみを持つ私を見て、彼氏が言う。私にとって、湯のみは何か。そんなの、考えた事がないな。
「それが見つかったら、湯のみを十秒持つ事に意味が出るかもだよ」
 彼氏がそう言うので、考えてみる。そういえば、子どもの頃、大好きなおばあちゃんがたい焼きを買ってくれて、それと一緒に、緑茶があって。おばあちゃんが持ってた湯のみに羨ましさを感じて、小さいおててで熱い湯のみに触れて、あちってなって――。
「……おばあちゃんの事、思い出しちゃった」
 懐かしい記憶が脳内に流れ込む。湯のみで一緒にお茶を飲み、ほっこりした思い出。どうして私は、おばあちゃんとの思い出を忘れていたのだろう。おばあちゃんと過ごす時間は、とても楽しかったのに。
「おばあちゃん……」
「……湯のみは、思い出だね」
 昔の記憶が流れている私の肩を抱き寄せ、頭を撫でてくれる彼氏。私の瞳からは、ぽろぽろと涙がこぼれてきたのだった。

 ――次の日も、私はからっぽの湯のみを十秒持つ。意味がない事でも、私はやりたい。思い出を繋ぐ、大切なアイテムだから。

11/9/2024, 6:16:03 AM