遠くの声
「…聞こえる?こっちだよ…」
夜中の2時、サトルは毎晩のように聞こえるその声に悩まされていた。耳元でささやくような、でもどこか懐かしいような声。
最初は夢かと思った。でも、録音機を枕元に置いて寝ると、確かに声が入っていた。
「さとる…ここにいる…」
怖い、でも気になって眠れない。彼は声の正体を突き止めようと決めた。
録音を分析してみると、音の周波数に不思議なゆらぎがある。機械では説明できないようなパターン。そして、その中に微かな「座標情報」が含まれていた。
導かれるようにその場所へ向かうと、古びた公衆電話が一台だけぽつんと立っていた。
恐る恐る受話器を取ると、声がした。
「やっと来たね、サトル。ずっと、話したかった。」
それは未来の自分だった。
「今、お前がやろうとしていることをやめなきゃ、全部が終わる。」
唐突にノイズが走り、通話が切れる。サトルは呆然とした。
彼は帰宅後、録音データを確認する。
だが、そこに声はなかった。代わりに、冷たい電子音声で一言だけ。
「テスト完了。記憶の上書き、成功。」
サトルは目を覚ました。白い天井。見知らぬ部屋。自分の名前も思い出せない。
ドアの外から、誰かが言う。
「次の被験者、準備できました。」
あなたとわたし
今何をしていますか?
これを読む頃、きっとあなたは大人になっていると思います。
もしかしたらこんなものを書いていたことすら覚えていないのかも。
でも今これを読んでいるあなたに伝えたいんです。
今のわたしはとても楽しく部活動をしています。
毎日練習に明け暮れて、めっちゃ青春って感じです。
大会は惜しくも全国は逃しましたが、また来年に向けて頑張っています。
話は変わりますが、クラスの座席の隣には仲のいい友達がいます。
誰でしょう?
小学校の頃からの友達で、毎日家に入り浸っていた子です。
家も近くてちょっとドジっ子な感じ。もうわかりましたよね。
今もその子と連絡はとっていますか?
お仕事はなんですか?
わたし友達は多いけどみんなにいい顔してるからあなたが数年後かに痛い目みるかも。ごめんねー!
回り道だとしても、自分のやりたいことをやるべきだと思います。
誰に反対されたとしても、わたしだけは味方です!笑
人生まだまだ楽しんでくださいね!!応援してるよ!
部屋の物置から出てきた手紙は今のわたしへの当てつけかのようにポジティブな言葉の羅列だった。
現在、わたしはあの頃の期待を裏切って、毎日をぼんやりと生きている。人間関係に疲れて家と職場の往復しかしないような人間になってしまった。
わたしの言う通り、たぶん現在進行形で痛い目をみているのだろう。自業自得だ。
手紙を読んで、近所のあの子は今何をしているのか気になった。
小学1年生の時に同じ通学路だったこともあり、一緒に帰るようになって、毎日のように家で遊んだ。
彼女は誰とでも話すタイプだったが、好き嫌いははっきりしているところが付き合いやすくて楽しかったのを覚えている。
疎遠になってしまったかつての友達を数えたらキリがないだろうが、惜しいことをしたと思った。
もう何年も連絡をとっていない。
正直この手紙がなければ、話題が見つからないほど疎遠になってしまっていた。10代の自分に見透かされたのがなんだか悔しくて、思い切って行動に出ることにした。
気のいい奴だったからきっと突然の連絡にも快く返事してくれるだろう。数十年前のわたしを見返すべく、淡い期待を込めてチャットアプリを開く。
『久しぶり!この間こんな手紙を見つけてさ…わたし覚えてる?』
ひなまつり
数十年前は誕生日でもないのにお祝いされるのが嬉しくて歌を歌う女の子がいた。おっきな声で楽しそうに歌っている声を聞いていると年に1回数日の役目でも幸せな気持ちになった。この子の健康と成長を祈るのが私たちの役目だ。
それなのにここ数年は出番もなくて、ずっとじめっとした屋根裏部屋の奥に押しやられている。この家が建った時からいる古参だというのにもう忘れられてしまったのだろうか。
昨年あたりから着物の端を虫に食べられてしまってところどころに穴が空いてきている。
もうここには私たちを必要としている子はいないのだろう。
そろそろこの家にもいられなくなってしまった。出番がなければ私たちはただの人形になってしまう。昨年はこの湿った屋根裏の段ボール箱が再び開かれることを願って眠りについた。
今年はどうだろうか。もう一度外の空気が吸いたい。
3月3日
声がする。視界が明るい。
小さい女の子の歌声が部屋に広がっている。
どうやらもうしばらくはこの家にとどまれそうだ。
微かな桃の花の香りとともに私たちは目を覚ました。
ブランコ
活発そうな大きな目に栗色の髪の小さい男の子が僕を連れ去った。
いつも一緒だったあの子はきっと心配していたと思う。もしかしたら僕がいなくなってからあの子はきっと街中を探し回ったのかもしれない、なんて自惚れなのかな。
なんでも話してくれたからたぶん1番あの子のことを理解していたのは僕だろう。隣の席のゆりちゃんが好きとか、けんたくんと喧嘩したとか。お母さんに言えないことも話してくれた。もう何十年か前のことだと思うけど今でも君の記憶に残っていたら嬉しいな。
僕を突然連れ去った男の子は僕のことを女の子だと思っていたのだろう。まあ別に気にしないけど外で遊ぶ方が僕は好きだからどこかへ連れて行って欲しいなんて考えながら、その遊びに付き合っていた。外に出ればあの子に見つけてもらえるかもと思ったのは心にしまっている。
年月が経つにつれてほとんどおうちで留守番することが増えていった。男の子の成長を見守っているのは退屈ではなかったし、何よりずっと大事にしてくれていることが誇らしかった。
そのまた何十年後男の子だったこの子は大人になって、また遊び相手が小さい男の子になった。この子は僕を食べ物だと思っているのか涎だらけにする。くすぐったいなと思いながらも可愛くて仕方がなかった。この子のお父さんは週末、近所の公園へこの子を連れて遊びに行く。僕も一緒に連れて行ってくれるから今のところ退屈はしていない。
いつものように夕暮れ時もう帰る時間だよとお父さんが呼ぶ。でも夢中で遊んでいたこの子は僕を置いて走っていってしまった。
まって!!!
僕は大声で呼んだけどもう遠くに行ってしまって聞こえない。
また誰かのところに行くのかな
憂鬱な気分でブランコに座っていると下から勢いよく持ち上げられた。
「ねー!わすれてるよーー!」
少し高めの女の子の声がした後、こちらへ走ってくる足音が聞こえる。後ろ向きで持たれているから前は確認できないけどたぶんあの男の子がお父さんと戻ってきたんだと思う。
「ありがとう!」
嬉しそうな声で抱きしめられる。
正面を向いて僕は驚いた。
女の子のお父さんが僕を見て懐かしそうに笑っている。
いつも恥ずかしそうに僕に秘密を打ち明けてくれた時の面影を残して、少し寂しいような嬉しいような、そんな目をしていた。
確信ではないからこれは僕だけの秘密。
なんだか隠し事は悪いことのように思えるけど僕は幸せだ。
こんなに大事にされてまたあの子に会えたんだから。
特別な夜
今日は数十年に一度の特別な日だ。
空が明るくなり、電気をつけずに生活できる時間が訪れる。
この惑星には昔、朝と夜という区別があったと以前何かの資料に記録されていたのを思い出した。今は昔で言うところの「夜」が1日の全てを支配していて、その概念はもうとっくに消滅している。
僕の家族は祖父母も含めて明るい日を迎えるのは初めてだからか、今日起きてからはソワソワとどこか落ち着きがない。
街中もお祭り騒ぎでビルの大きなビジョンも朝の訪れを報道するニュース番組を流している。
僕も授業が頭に入らず、いつ空が明るくなるのかと窓の外ばかり盗み見ていた。
時刻は12時。結局、今日一日空が明るくなることはなく、もう就寝の時間がきてしまった。
予測が外れることもあるだろう。
また明日来るかもしれない。
そうがっかりしながら布団に潜ろうとした時だった。
空がわずかに明るくなっている。
カーテンの隙間から漏れ出す光が潜り込んだ布団を照らしているのをもう一度見て、急いでカーテンと窓を開け放つ。
徐々に照らされていく街が光輝いて見えた。
その眩しさに目を瞬かせ、大きく息を吸うと
「あさだよ!!!」
家中に響く声で家族を叩き起こした。
寝ぼけ眼のみんなはなんのことかわからなかったのかもしれないけれど、僕はこの光景を家族で見れたことがとても嬉しい。
一生に一度見れるかどうかの光景だ。
街に出ると寝てしまうのが勿体無いほどに非日常に包まれている。まるで別世界に来たかのようで、本当は寝る時間だったのに興奮してそのまま一睡もせずに次の日を迎えた。僕はこんなことが初めてで、今日一日中あくびが止まらなかったが、思い出に残る素晴らしいひとときだった。
こんな日が毎日続けばいいのになんて思ってしまうけれど、きっとたまにあるから特別なんだろう。
そう言い聞かせながら僕は次の 特別な夜 に期待を込めて眠りについた。