海の底
「海底にはお宝が眠ってるんだって」
そういえば、と話を振ると隣の彼は興味津々といった様子で僕の方を見てニヤッと笑った。
土曜の夕方、テレビの特番を見ながら行ったことのない場所についてあれこれと考える時間が僕の楽しみのひとつだ。
最近はその楽しみを共有する相手ができて、この時間が充実したものになっている気がする。
この噂も何気なく聞いた程度の話で、僕も詳しくは知らない。
でも暇つぶしに色々と議論するにはちょうど良い話題だった。
画面には 不思議な海の生物たち と題されて深海の生き物などが紹介されている。美しい形の魚や、とても大きな魚もいてどんな世界が広がっているのかと密かに胸を躍らせた。
「じゃあそのお宝は、きっと竜宮城みたいなお城に大事に管理されていて、認められた人にしか与えられないんだ」
「ふーん。じゃあ竜宮城ってどんなとこだと思う?」
「そりゃあ庭は大きな美しい珊瑚礁が広がっていてお城は太陽の光が反射してキラキラしているんだよ!それでね…」
興奮した様子で熱心に語る彼は先月から隣に越してきた隣人だ。出会ったのはつい最近だが、なんだか昔からの友人だったかのように気が合って、休みの日はほぼ僕の家でテレビを見ながらこういうくだらない話で盛り上がった。
時間はあっという間に過ぎ去って、テレビが消える。
そろそろお開きにしようかと家を出る。
じゃあまた明日ね!
隣人はそう言い残して僕の家を後にした。
翌日、目が覚めると僕は海底にいた。
まさに昨日隣人が言っていた、光り輝く竜宮城が聳え立っている。珊瑚が潮の流れに揺れ、空気の泡が至る所から溢れて幻想的な美しさだ。
ああこれが竜宮城か。ここについてやけに詳しかった隣人はきっとこの海底から来たんだろう。もしかして竜宮城の遣いだったのかもしれない。気にも留めなかったが、たしかに美しい紅色のひらひらと舞うような衣纏っていたし、白銀の体をしていた。
よく見るとこの大きな城には似たような容姿の従者が忙しく働いている。城の周りは黒い鎧を纏っている強そうな護衛が固めていた。
この城の中にお宝がある。そう確信して僕は城の門を開ける。
「一緒に暮らすことになりました金魚です!これからよろしくお願いします」
この広い海の底にはまだ知らない世界が広がっている。
手始めに噂の宝を探し出そう。
見つけ出したら家に帰って彼に見せてやるんだ。
そしたら目が飛び出るくらい驚くだろうな。
そんな隣人の姿を想像して荘厳な竜宮城の門をくぐった。
君に会いたくて
君と転んで泥を被った公園に、一緒に滑った滑り台。
どこにいくにも一緒で毎日のように遊んでいた日々が懐かしい。何も語らずとも何がしたいか分かったし、一緒にいて楽だった。喧嘩だってしたけど結局は僕が折れてまたいつも通りに遊んでいたよね。
僕が小学生になった頃、君は突然どこかに行っちゃった。
一緒に公園で遊んで、僕がトイレに行っている間に。急にいなくなったからお母さんに聞いたけどわからないって言われて大泣きしたんだ。
それから町中を探してみたけど君はいなかった。
僕は今でも後悔する。
今何をしてるの?寒い思いをしていない?
あの日僕が目を離さなければ君がいなくなることなんてなかったはずなのにって。
あれから僕は幼い頃からの夢を叶えて人形作家になった。明日、君と過ごしたこの部屋を出ていく。
いつも君が座っていたタンスの上は君の代わりに僕の大好きな人の写真と貰ったぬいぐるみが飾られていた。
十数年経って、僕はもう君がいなくても寂しくないけど、ときどき空想するんだ。
もしもう一度君に会えたら僕の成長を喜んでくれるかな、
なんて。