Amane

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3/14/2024, 11:33:05 AM

安らかな瞳

 曇りガラスのような瞳は、曖昧で冷たい。僕を溶かすように咀嚼しているのだろうか、それとも遠くへ突き放しているのだろうか。答えはたぶん……
 
 彼女が視力を失ったのは大学生になったばかりの夏。徐々に見えなくなる中、彼女は殆ど変わらなかった。相変わらずその辺の学生よりも真面目に大学に通っていたし、毎日派手に着飾ってスラリと背筋を伸ばして歩くのだ。あの日、転んだ彼女を助けた日、その笑顔に僕は惚れてしまった。今も惚れている。ずっと、永遠に君から目が離せない。こうしてどれだけ老いても。彼女は目を開いたまま逝った。その瞳は少女のように純粋で、はっきりと僕を映していた。少なくとも僕にはそう見えた。
 
あの子はきっと、死ぬその時にすべてを見たのだ。
   残酷で、曖昧で、不完全で、寂しくて、
 鮮やかで、あまりにも綺麗なこの世のすべてを。

3/13/2024, 8:04:32 AM

もっと知りたい

朝食はパン派。家賃6万円のマンションでサボテンと暮らしてる。甘い香りが苦手で、柑橘系の柔軟剤を使ってる。コスメが大好きで、最寄り駅でつい眺めてしまって帰るのが遅くなる。歌うのが下手くそだけど好きだから、よく一人カラオケに行く。それから……
これは全部君のこと。大好きな君のこと。
君が今これを読んでいるってことは私はもうそこにいないのかな。もっと、もっと知りたかった。私と同じように君も、私を知りたいと思っていたらいいな。最後まで直接言うことはできなかったけど、私は君のことが、大好きでした。もちろん、恋愛的にね。


ブーブー。スマートフォンが揺れた。
『手術、成功したので今から向かいます。』


「……久しぶり。」
よく耳に馴染む声。手紙から顔を上げ、転びそうな勢いで玄関へ向かう。
「なんだよこれ!!!」
手紙をそいつの顔面に突きつけた。彼女は、困ったように眉尻を下げて笑った。
「ばれちゃったかぁ。あーあ、生きてるうちは言わないつもりだったのになぁ。」
「なんでよ。」
「だってゆきちゃん、私のことそうゆうふうに見れないでしょ?」
「なんで決めつけるの!いつもいつも!そういうところがやだ!……私も、好きなのに。」
「え……?」
彼女を強く抱きしめた。それからはもう涙が枯れるまで二人でわんわん泣いた。生きててよかった。ほんとに。
「これから人生かけて、アンタもしらないアンタを見つけてやるから覚悟しろよ!」

3/11/2024, 3:22:42 PM

平穏な日常

 今朝も寝坊して、おにぎりを頬張りながら家を出た。幼馴染の海は、呆れたような顔をしていたけれど、それでも待っていてくれた。電車にはギリギリ間に合った。1つ逃すとしばらく来ないので良かったと思いながら空いている席に座った。私達の学校は少し遅く始まるのであまり人はいない。何もない日常。幸せだけど、どこか退屈な日常。電車に揺られていると、不自然に呼吸が乱れている人がいた。私は、彼に話しかけることにした。

彼が振り返った瞬間、数秒前の自分を悔やんだ。
どこかで非日常を求めたこと。それを、彼に期待したこと。非日常なんていらなかった。

お腹の辺りが熱くなって、わけがわからなくなって、立てなくなって、意識が遠のいて、やっと、死ぬんだって、私、死ぬんだって理解した。

海は、どうすることもできず、涙目で肩を震わせている。拳が強く握られていた。

平穏な日常が崩れ去る音がした。

3/9/2024, 4:43:34 PM

過ぎ去った日々

過ぎ去りし日々は日を増すごとに輝き、同時に輪郭を失っていく。
ちょうど、今日訪ねた印象派展みたいに。
ぼんやりとした淡い作品たちは、誰かの遠い記憶を辿っているようで心地よかった。

この先、同じように過去になるであろう時間が、どうしようもなく恐ろしいのはなぜだろうか。
長く生きるほど、捨てなければいけない思い出がある。間違って捨ててしまった綺麗な思い出を、まだ探している。

3/7/2024, 12:04:30 PM

月夜

ある月夜のことだった。
悪夢に起こされ、君の寝顔を覗くことにした。
ピンクのルームプレートが微かに揺れ、音を立てた。ドアノブをひねる。
君は、いなかった。
窓が開いていた。
満月が不自然なほど大きく見えた。
肌を柔らかく撫でる風はまだ少し冷たかった。
僕は、回らない頭を殴るようにして無理やり動かした。そのうち、赤いランプとサイレンが僕の意識を占領した。

君が死んだのは満月の夜だけど、僕は月から迎えが来たなんて思わない。
君はたまたま今日死んだだけ。あるのは、昨日までそこにいたという事実だけ。

ただ、月を見ると君が思い出されてしまう。

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