自分より一回り小さい手を繋いで波打ち際を歩く。
まだ日中は日差しが暑いのに夏休みを終えた海は殆ど人がいなかった。
陽の光を受けてキラキラと輝くどこまでも続く波を見ていると、ほんの少し現実を忘れられる。
このままこの世界に2人だけ、いつまでもずっと一緒にいれたら良いのに。
そんな非現実的なことを思いながら歩いていると「あっ」と彼女が声を上げて白い砂浜から何かを拾い上げた。指で摘まれた小さいそれを大事そうにハンカチに包んで鞄に入れた。
自分より一回りも二回りも小さい小さい手を繋いで波打ち際を歩く。
何かを見つけてしゃがみ込む。
「きれいだねぇ」
「君はママ似だね。ママも好きだったんだよ」
砂浜に座って私たちを笑顔で見ている彼女の首には、あの時拾った貝殻のネックレスが輝いていた。
#貝殻
段々と意識が浮上して、目が覚めた。
背中が暖かい....頭の下と腰に回された逞しい腕にも彼を感じる。
夜勤を終えて朝方に帰ってきた彼が寝ている私を抱き枕の様に抱きしめて寝たのかなと思うと一層愛しさが増す。
このまま彼に抱きしめられたまま二度寝したい。
しかし社畜の私は今日もしっかりと労働しなければ...
くるりと寝返りを打てば愛しい恋人のすやすやと眠る寝顔が目に入る。
カーテンから覗く朝日が彼の金色の髪をキラキラと輝かせていた。
ああ、何て綺麗なの。
恋をすると何でも光って見えるのかしら...
彼の煌めく金糸みたいに、私の世界は信じられないぐらい鮮やかに光っていた。
#きらめき
「先輩、どうしましたか?」
何となく元気がない恋人に声をかける。
「ううん、何ともないよ」
にっこりと笑ってそう答える彼女。いつもならすぐ食べ終えるはずのアイスが残っている。いつもなら食い入る様にみる彼女の好きなお笑いのテレビも上の空だ。
「何ともないはずないでしょう?」
追いかける様に、もう一度尋ねてみる。彼女は私のそばへやって来て隣に座った。
「本当に大した事じゃないの」
「はい。何ともないことでも、どんな事でも、貴方のことならなんでも知っていたい。教えてください」
「ただ...」
そう言うと、私の耳にその形のいい唇を寄せた。
「クシャミしたいの我慢してるだけ」
#些細なことでも
半年前、彼が怪我をした。大怪我だ。現場に着いた時、彼はもう意識がなかった。次から次へと溢れてくる血に、だんだんと無くなっていく頬の色と体温に、握り返してくれない手に、私の心は鷲掴みにされてぶちぶちと千切れるような惨痛で、そして乞うた。
──お願い、起きて、死なないで、息をして、大好き、お願い、お願い...!大好きなの、目を開けて、私を置いていかないで、連れていかないで、お願い、私の命をあげるから、神様…!お願いします…死なないで…──
彼は生き延びた。辛うじて、ベットの上で管に繋がれてまだ目を開けない彼を見て、あの時命の火がゆらゆらと、次第に萎んでいく様子を思い出した。
彼が仕事に復帰した。あんな大怪我を負ったのに以前と変わらずに働く彼を見て、あの時命の火がゆらゆらと、次第に萎んでいく様子を思い出した。
彼を見る度に、瞼の裏に鮮明に残っているあの映像が私の心臓を震わせる。あの光景がありありと思い出され、私の体は強張る。そして就業時刻になって彼からの連絡を受けて、やっと私の心が休まるのだ。
#心の灯火
『好きです』
なんて、送らなければよかった。
通知の音が鳴るたびに心臓が跳ねて、肩が飛び上がって、恐る恐るタップして、あなたからの返信じゃ無かったと安堵して、落胆して。
ピコン
ああ、ほらまた。きっとさっきお母さんに送ったLINEの返事が返ってきたんだろうと躊躇なく開いて指が止まった。
あなたの名前に通知を知らせる①のマーク。
不安と期待の混じったこの気持ちをなんと表せば良いのだろうか。
#開けないLINE