千明@低浮上

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12/31/2022, 2:37:20 AM

「もう今年も終わりだね」
「ええ、早いですね」

彼と2人、神社への道を歩く。
コロナウイルスが世界に蔓延って3年目。今年も密を避けて、との政府からのお達しを律儀に守って年末詣をすることにした。最近では幸先詣、ともいうらしいけれど。

「ねぇ、ありがとうね」
「はい?」
「今年、私と付き合ってくれて。こうして今も、一緒にいてくれて」

パチクリ、と開いた彼の目がふっと撓って弧を描いた。

「それはこちらのセリフです」

握られた手のひらにぎゅっと力が籠った。

「今年、貴方に恋をして嫉妬を知りました。それから貴方が私のものになった時は心からの幸福を。そして貴方が私のものになっていると知った時のライバルの顔を見た時は優越感を」
「ふふ、私も一緒だよ」
「来年も、ずっと一緒にいてください。軒並みな言葉ですみませんが、本心です」
「うん、もちろん」
「絶対ですよ」
「絶対絶対だよ」

今年を振り返って、そして来年に思いを馳せながらクスクスと笑って、2人で歩く。
こんなに幸せな一年の終わり方は他にないと思った。

#1年間を振り返る

12/29/2022, 11:39:10 AM

風呂上がりの濡れた髪の毛を、節くれだった彼の指がすり抜けていく。
ドライヤーを左右に揺らしながら私の頭皮を揉むように優しく髪の毛を乾かしてくれている。

6畳一間の狭いワンルームに180センチを超える彼が転がり込んできたのは今年の夏のことだ。
この部屋より何倍も広くて、部屋数の多いマンションを持っているくせに、ある日から何故かそこに帰らず私の住むこのアパートに帰ってくる様になったのだ。

冬が本格的になり、昨日私は炬燵を出した。
布団、テレビ、本棚、そこに炬燵を出すのだから部屋は当たり前に狭くなるのだけれど、そこに今年の冬は彼がいる。控えめに言ってもかなり狭い。

私の髪の毛を乾かし終わったらしい彼は、漸く自らの髪の毛を乾かし出した。
私は彼の足の間から出て、炬燵に入った。スイッチを入れていないのに何となく暖かい気がする不思議。脳みそが勘違いをしているのか、なんてぼんやり考えていると彼に名前を呼ばれた。

「ほら、あーん」
「ん、」

口に放り込まれた一粒を条件反射に噛むと、プチンと薄皮が弾けて酸味の効いた果汁が口に広がった。風呂上がりの熱った体に染み渡る水々しさに思わず声が漏れた。

「わっ、美味しい!どうしたのコレ」
「んー?炬燵と言えばコレだろ?」

私の横に座った彼がテーブルの上に一枚ティッシュを広げてそこに剥いた皮を置いていく。一粒千切って自分の口に入れて、また一粒千切って今度は私の口に。
そうやって交互に口に運ばれて4つも食べてしまった。

「見てコレ」

私の目の前に出されてた彼の親指はみかんの汁で黄色くなっていた。私の為にいくつものみかんをむいてくれたからだ。
その親指をあむ、と口に含んで感謝を込めて丁寧に舐めた。舌を這わせて、時々吸って。

「みかんの味した?」
「ううん。指の味」
「はは」
「また買ってきてね」
「またお掃除、してくれるならな」


#みかん

12/28/2022, 9:45:43 PM

「世間は冬休みなんだね」

街中ですれ違う子供たちを見ながら彼女が言った。

「私冬休みとか、夏休みとか、そう言うの好きじゃなかったな」
「どうして」
「だって、好きな人に会えないじゃない」

彼女とは3年間、同じ高校に通っていたが長期休みが嫌いだなんて初めて知った。それから思い人がいた事も、初耳だ。
動揺を隠すようにして彼女から視線をずらせば向こうから手を繋いで歩いてくる高校生のカップルがいた。
すれ違う時にぶつからない様彼女の肩を抱いて少し横に避けると、高校生のカップルの方では、男の子が繋ぐ女の子の手を引っ張って自らの方へ引き寄せていた。すれちがいざまにペコリと下げられた頭にいい彼氏持ったな、と女の子に念を送る。
やはり年齢関係なく、男は好きな女を守るものなんだなとぼーっと考えていると抱き寄せていた彼女から小さく声が漏れた。

「ね、ねぇっ、いつまでコレ...」
「あ、ああ。悪い」

パッと彼女の肩から手を離すと下を向いた彼女の、顔か赤く染まっていた。

「俺は冬休みとか好きだったけどね」
「なんで?」
「会えない間に愛が募るから、かな」

ようやく顔を持ち上げた彼女の目がまんまるに開かれていた。

「好きな人、いたんだ...」

悲しげに伏せられた瞼に、彼女の思い人が自分であると確信してしまった。
そうと分かれば話は早い。

「あのねぇ、高校卒業してから短大、就職先、ずっと一緒なのになーんでわかんないかなぁ」
「え?」
「好きだからに決まってるでしょ。俺はお前が好きなの」
「...え?」
「お前が幸せになれるなら相手は俺じゃなくてもいいと思ってたけど、やーめた」

彼女の方を見下ろせば彼女は耳だけでなく、首まで真っ赤に染め上げていた。

「やっと俺のものにできた。もう離さないよ」



#冬休み

12/27/2022, 10:10:40 PM

「はい、これ」
「なんです?」
「ほら、この間片方無くしたって言ってたし、私の買うついでに買ったの」
「.....ついでにこんな良いもの貰えませんよ」
「いーのいーの。仕事忙しくてお金使う暇も無いんだから。それにいつも残業手伝ってくれるお礼だよ」

そう言うと彼は何か言いたそうにしていたが渋々受け取った。
ついで、だなんて我ながら無理のある理由。
ついでなんかじゃない。ネットで調べて、販売店には足を運んで、手触りを確認したり暖かさや付け心地を店員に聞いて、悩みに悩んで彼のために買った。


彼が貰ってくれた事で緊張に固まっていた体が漸くほぐれて力が抜けた。ヘナヘナとソファーに腰掛けると、私の腰支えるようにしながら彼も隣に座った。
ん。

「おっと、大丈夫ですか?」
「あ、うん、ごめん。あは、少し力が抜けて。昨日寝不足だったからかな..」

恥ずかしくて両手で顔を覆った私の背中をポンポンとあやすように彼が叩き出した。そしてふふッと笑った。

「ついでだなんて嘘ついて、手渡すのにもこんなになるぐらい緊張して」
「え?」
「あんまり可愛い事しないで下さい」

な、なんでバレたんだ...
顔を覆った指の間から彼を覗き見ると彼はへラリと笑った。

「手袋をプレゼントする意味は『私を捕まえて』ですよね」
「.....っ、」

そう言うと私の両腕を取って手を開かせた。彼の綺麗な双眼が私を射抜く。

「捕まえていいですか?」



#手ぶくろ

12/26/2022, 12:51:29 PM


クリスマスが終わり、残すイベントは年末年始だけとなった。
あと数日で会社も仕事納めを迎えて、彼と会えなくなってしまう。

チラチラと雪が落ちる窓の外を眺めながら今日も彼はこの寒い中外回りをしているのだろうか、と思いを馳せる事しかできない。

同期の彼とは、入社してもう何年も経つと言うのに一向に距離が縮まらなかった。
どうにかして話しかけたいと意を決して足を彼の元へ進めてみても、目の前に立つと物おじしてしまうのだ。自分よりも頭一つも二つも高いところからあの薄い茶色の双眸で見つめられると、途端に頬に熱が集まり、たちまちやる気はシュルシュルと縮んでしまって、意と反して足はくるりと踵を返してしまうのだった。
(何年も、声をかけることすらできないなんて。情けない...)
はぁ、と深い深いため息をついて、少し休憩しようと社内にある自販機へ歩いて行くとそこには先客がいた。咄嗟に物陰に隠れてしまった。
(あぁもう、またやってしまった!)
見知った後ろ姿にトキン、と胸が鳴る。
(お疲れ様、ぐらい言えないの?私のバカ..!)

恐る恐る彼を覗くと自販機の前に立ち尽くしている。彼が見つめる先、握られた手の中にはカフェオレの缶。どうやら間違えてしまったらしい。彼は確かブラックコーヒーしか飲まないはずだ。
(好機だぞ、私!)
震える手をギュッと強く握りしめて、コツ、とヒールを鳴らし一歩前に出した。
彼の横に立ってチャリチャリと小銭を投入し、ブラックコーヒーのボタンを押すとガコンという音が響いた。それを握って彼に向き直る。
ドッドッと心臓はペースを早め、全身に血が巡るのを感じる。
(頑張れ、私!)

「あの、コレ!よかったら、交換しませんか...!」
「....いいんですか」
「え、ええ!勿論!」

ありがとうございます、と彼が私の缶コーヒーを受け取ってくれてホッと胸を撫で下ろした。やっと、やっと話しかけることができた...!下を向いてグッと湧き上がる喜びを噛み締めていると視界に彼の靴先が入ってきた。
ハッとして顔を上げるととても近い位置に彼が居た。

「わっ!」
「やっと、話しかけてくれましたね。待ちくたびれましたよ」
「えっ!?」
「あんなに毎日熱い視線を向けられれば誰でも分かります」
「え、あ...、す、すみません..」
「いえ、怒っているわけではありません。やっと、貴方との関係を変えられる、と喜んでいるんですよ」

そう言った彼は私の頬に手を添えた。

「まずは友達から、始めませんか」





#変わらないものはない

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