「ねぇ、勝てると思う?」
最終決戦前夜。
各々が準備をしている。
「さぁ、ね。でも負けるとは思ってないよ」
静かに話す彼はもう覚悟が決まっているようだ。
「そうだね。悟が負けてるところ見たことない」
「当たり前だろ」
でも、心が騒つく。
もし、イレギュラーがあったら、もし誰かが…
良くないことばかり考えていたら両頬を摘まれて否応なしに綺麗な青い目がこちらを見つめる。
「いたい」
「そんな顔すんなって、明日できっと全部終わる。そんで皆ボロボロで明後日を迎えるんだ」
「あさって」
「そう、綺麗事は言えない。きっと無傷なやつはいない。でも明後日を迎えられればいいって事にしようぜ」
自信満々の笑みは私の中にあるモヤモヤを払ってくれる。
「うん。そしたらさ、皆クリスマスパーティーしようね」
「いいね。お前にも、とっておきのプレゼント用意するよ」
「絶対…約束だよ」
未来の事はまだ誰も分からない。
-神様だけが知っている-
「待って、無理、やっぱり会えない」
「折角あいつが日本にいるんだから会っておけって」
「だって付き合ってたのに突然アルゼンチンに行くのに捨てられた女だよ?!今更会ったって…自分が惨めになるだけだもん」
岩ちゃんに腕を引かれてスタッフオンリーの道をズルズル引きずられていくそう、私は何も言わずに捨てられた遊びの女だったんだ。
「それだったなら尚のこと一発殴ったほうがいいだろ」
「それは、そうだけど」
徹はもう私の事なんて覚えてないかもしれない。
考えれば考える程悲しい気持ちになる。
私は何年経ってもあの別れから先に進めてないのだ。
「兎に角」
突き当たりまで引きずられて岩ちゃんが漸く止まった。
「…岩ちゃん?」
「この先に及川が待ってる」
「…え?」
待ってる?何故?
今更、どうすればいいのかも分からない。
私は今、徹に会ったら泣いてしまう。
面倒な女だった。ではなく良い女手放したって後悔してほしくてがむしゃらに生きて来たのに。
「あいつも言葉が足りないんだよ」
背中をトンッと押される。
「お前らはもう少しちゃんと話した方がいい」
んじゃ、と言って日本エリアに戻って行ってしまった岩ちゃん。
1人残され、ポツンと廊下に独りぼっちだ。
この道を進めば、徹がいる。
会いたい、会いたくない。
色んな感情が私の中で交差する。
悩んでいると先の方が騒がしい。どうしたのだろうかと声の方を向けば人の群れの中からよく知った顔を見つけてしまった。
「と、おる」
聞こえる距離では無かったはず、でも何かに気づいたかの様にこちらの方を向いた彼と目が合ってしまった。
気持ちの整理がついていない私は咄嗟に徹が居る方とは逆向きに走り出す。
「え!ちょっと待って!」
逃げたところできっとすぐ捕まってしまうだろう。
それでも、もう少しだけ始めに伝える言葉を考えさせてほしい。
-この道の先に-
ジリジリ、肌が焼けている気がする。
ビーチパラソルの下にいても日差しが強いのが分かる。
今日は任務で一般人に混じって対象の観察をしているため目の前に海はあるが入る事は叶わない。
トロピカルジュースを可愛らしいストローで飲んでみれば涼しくはなるがそれは一瞬。
いっそなにか事を起こしてくれればこちら側が動けるのに、なんて物騒な事を考えていたらパラソルの中に赤い髪の男が入って来た。
「今、物騒な事考えてるだろ」
耳元で話すその姿は周りから見たら恋人同士戯れているようにしか見えないだろう。
「仕方ないじゃない。暑くてどうにかなりそう」
「あと、1.2時間ってところだな」
「無理」
テーブルに項垂れてると隣から視線を感じたのでそのままレノの方に顔を向ける。
「俺はお前とこうしていられるから悪くないぞ、と」
頬をムニっと摘まれながら任務の時とは違う表情で微笑まれてしまい、もう文句が言えなくなってしまった。
今、体が熱いのはきっと日差しだけのせいじゃない。
-日差し-
お昼後の授業、眠気と戦っているとグラウンドから元気な声が聞こえる。外を見るとサッカーをしているクラスがある。
お昼の後にあんな動ける男子達は凄いなと感心しているとその中に色素の薄い髪色の彼を見つけた。
“夜久のクラスか”
一見小柄だが私よりは背が高いしバレーとなればその存在感はほかの誰よりもある気がする。ボールを追い掛けるその姿はサッカーでも変わらず楽しそうで、眩しい。
休憩になったのか人が散り散りになったと思っていたら不意にバチっと目が合ってしまった。この距離から目が合うわけがないと思っていたのに向こうも少し驚いている様子。
そのまま目を逸らすのも気まずいので周りにバレないよう小さく手を振ると向こうも少し照れくさそうに手を上げて合図を送ってくれた。
その後は、お互い授業に戻ったけれど目が合った瞬間の胸高鳴りが暫く治らなかった。
-窓越しに見えるのは-
任務の帰り道、レノが運転するバイクの後ろに跨り帰路につく。
通り過ぎる景色の中、陽の光に合わさって彼の赤い髪がキラキラ輝く。
「綺麗」
正面から見ると短そうに見えるけど後ろは私より長い髪。
大して手入れをしていないという割には指通りも良くサラサラと指からすり抜けていく。
「おい、しっかり捕まってないと落ちるぞ、と」
運転中に自分から離れたのを気にしてエンジン音に負けない声が降ってくる。
「はーい」
腰に腕を絡めて落ちないよう、力を入れる。
彼の髪が自分の指にかかった時、なんだかそれが赤い糸の様に見えて心がくすぐったかった。
-赤い糸-