NoName

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5/31/2025, 12:17:47 AM

まだ続く物語

 俺が生まれたとき、姓名判断に訪れた神社で
「この子には大きな使命がある」
と言われたらしい。
その後の人生でもずっと俺は、僧侶やら神父やら占い師やらに出会うたび
「あなたには使命がある」
と言われてきた。
 あまりにも言われるので、そうか俺には使命があるのか、いつかそれに出合うのか…と覚悟して生きてきたが、思いに反して俺の人生はとてつもなく平凡だった。
子供時代、学生時代、社会人になり結婚し、親となり祖父となってもずっと平凡なまま、変わったことは何もなかった。

 そしてついに俺は平凡に死んだのだが、特に思い残すこともないので大人しく霊界の受付に立っていたところ、役人が驚いたように言った。
「おや、あなたには使命があったのですね!」
「はぁ…そんな風に言われてましたが、別に何もなかったです」
「うーむ…」
役人は渋い顔で考え込んだ。
「まずい…非常にまずいです。使命を果たすべき人間がそのままここへ来るのは」
「そう言われても…」
「申し訳ありませんが、一からやり直してもらえますか?」
「ええっ」

 そんな訳で俺は再び俺に生まれ変わり、母親に抱かれて姓名判断の神社にいる。
 「この子には大きな使命がある…」
それはもう分かったから、どんな使命なのか今度はちゃんと教えて欲しい。

5/29/2025, 2:26:16 AM

さらさら

 ドームの天井まで届くような巨大な砂時計の前で、男が顔をしかめている。
砂時計からは金色の砂が細く細く、さらさらと流れ落ちている。
 男は妻に尋ねる。
なあこれ、もう少し早くならないか?いっそ壊しちまっても…。
 ダメよ、と妻はにべもなく言う。
誓いを立てたでしょ?砂が落ちきるまでは、このままにしておくって。

 しょんぼり肩を落とす彼を、妻は優しく抱きしめる。
 さあさあ向こうで瞑想を教えてちょうだい。その前にバター茶を淹れましょうか?それとも香油を塗りましょうか?
 魅惑的な妻の誘いに、男は気を取り直して目を輝かせる。

 男は破壊と再生を繰り返すシヴァ神、妻はパールヴァティー。
巨大な砂時計はこの世の時間で、さらさら流れ落ちるのは時の砂だ。
 飽き性の彼が妻に宥められている間、どうにか世界は安泰のようだ。

5/27/2025, 4:03:38 AM

君の名前を呼んだ日

 インターネットの黎明期に、マイナーなオープンチャットルームのホストをしていた。
きっかけはよく覚えていないが、別のチャットルームで仲良くなった二人と、もっといっぱい話したいよね…となって、私が代表して開いたのだと思う。
 まったり雑談するだけの部屋にポツポツ常連さんが出来て、三ヶ月くらいするとオフ会しようという話になった。
参加者は男女合わせて二十人程で、学生と社会人と主婦。予約した店で初めて顔を合わせ、順に自己紹介してゆく。
「“しら玉餡こ”です。今日はよろしくお願いします」

 実際口に出してみると、ハンドルネームというのはとっても恥ずかしい。
SNSが当たり前の今の人たちならそうでもないのだろうが、当時は皆が同じ気持ちだったらしく、呼ぶ方も呼ばれる方も苦笑い照れ笑いだった。
 そのうちの一人とは今でも繋がっていて、世界でたった一人、私を「餡こちゃん」と呼んでくれる。

5/23/2025, 12:51:03 AM

昨日と違う私

 朝起きたら家に見知らぬ猫がいた。
母曰く、昨日私が連れ帰って来たそうだ。
スマホを見ると、バイト先の後輩から「昨日はありがとうございました。猫よろしくお願いします!」
とメッセージがきている。
 さっぱり訳が分からない。
確かに昨日後輩から、友達が猫を保護したけれどずいぶん弱っていて、譲渡先を探しているうちに死んでしまった、という話を聞いた。
可哀想に生きてたら家で引き取ったのに、とも言った。
そしてそれきりだったはずなのだ。

 「何なに?ボケたの?」
と弟が笑い、父は呻き、母は心配そうな顔をする。
皆が一斉にからかっているのでなければ、私だけが昨日とは違う世界線にいる。
そう、猫が生きていた世界線だ。
 呆然とする私の前で、猫は黒い身体をぬぅぅぅんと伸ばし、図々しくも膝に乗ってきた。
そして、いいからもう黙ってなさい…とでも言いたげに、澄んだ黄色い目で私を見つめた。

5/22/2025, 4:48:30 AM

Sunrise

 明け方ふと目覚めたら、雨が降っていた。
夜明けの雨はミルク色…
で始まる、荒井由実さんの古い曲「雨の街を」を思い出した。
 高校時代にユーミンばかり聴いていた時期があったが、その頃あまり刺さらなかった曲ほどこの歳になると好きになる。
「雨の街を」もその一つで、十代の少女の繊細さ、瑞々しさ、無邪気さ、危うさが美しい旋律と歌詞で見事に描かれていると思う。

♪誰かやさしくわたしの肩を抱いてくれたら
どこまでも遠いところへ歩いてゆけそう…
 何度も繰り返されるフレーズは、夢のような朝焼けの街で、ふわりと連れ去られてしまう少女を想像させる。
とても幻想的なイメージだけれど、現実では言葉巧みに騙された少女たちの、悲惨なニュースをよく目にする。

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